2019年01月31日

印象に残った

 大学に進み、実家のある福岡県を離れた青年の元に、母親から毎日、地元紙の北九州版のページが送られてきました。青年は、故郷の様子を知らせてあげたいという親心と受け止めました。“青年”は後年、大手ビール会社の社長も務めた福地茂雄さんです。
 数ある思い出の中から、これを選んで書籍『母を語る』(NHKサービスセンター)で紹介しています。よほど強く印象に残ったのでしょうだろう。経営の一線から退いた福地さんが、文化活動に力を入れたのも、常に庶民の暮らしに目を向けさせた、母のおかげかもしれませんね。  

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2019年01月30日

一通の手紙

 「自分が文学をやるのも、そう長くはないだろう」。ロシアの文豪チェーホフは若い頃、自分を卑下し、無力感に沈んでいたそうです。
 そんな彼を変えたのは、一通の手紙だった。差出人は、かつて一度会っただけの著名な文学者。「(あなたの作品は)残らず読みました」「あなたには真の才能がある、新しい世代の文学者の中でも、群をぬいたものをもっている」――思いもしない言葉に、チェーホフは感動で胸を震わせ、何度も読み返して再起を誓った(アンリ・トロワイヤ著、村上香住子訳『チェーホフ伝』中央公論社)  

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2019年01月29日

まず自分が変わることでしょう

 親なら誰しも、わが子に「こうなってほしい」と願望を抱くものです。だが理想と現実の違いに焦り、目に見える〝変化〟を求めてばかりいると、期待に応えようと「自分らしさ」をのみ込んでしまう子どもも少なくないですね。
 民音主催「親子のための手作り楽器の体験学習・音楽会」の講師を務める池田邦太郎氏は「子どもたちの素直な心を尊敬し、大人が彼らより『下に(アンダー)立った(スタンド)』時、初めてその心が『understand』=理解できる」と語っています。
 英語で「education」は「教育」と訳されますが、福沢諭吉はこの訳に異を唱えました。『文明教育論』で「学校は(中略)天資の発達を妨げずしてよくこれを発育するための具」とあり、「教育」ではなく「発育」と訳すべきであるとしています。
 価値観を上から押しつけるのでなく、相手に本来そなわっている可能性を見いだそう、引き出そうと真摯に努力する――その姿勢を敏感に感じて子どもは伸びていくのです。
 人を教育しようと思うなら、まず自分を教育する。相手に変わってほしいなら、まず自分が変わることでしょう。  

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2019年01月28日

道は一つではない

 少年剣士が思わぬことで大けがを負い、二度と剣を振れなくなってしまう。強い武士に憧れた少年にとって、人生を失うにも等しい挫折だった――この少年は昨年、放映されたNHK大河ドラマで描かれた西郷隆盛です。
 作中、痛嘆する西郷少年に、生涯の師となる島津斉彬は語りかけました。「弱き者の声を聞き、民のために尽くせる者こそが真の侍となる。お前はそういう侍となればよい」。西郷少年は武術ではなく、学問で身を立てることを志したのです。
 人生、思い通りにいかないことは多い。だが、道は一つではない。周囲の関わりや励ましで、かえって大きな使命の道が開けることもあるのです。  

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2019年01月27日

徳のある人物

 中国のことわざに「桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す」とあります。これは司馬遷が、前漢時代の武将・李広を評して使った言葉です。
 桃や李は何も言わないが、その花の美しさや果実に引かれて人が集まり、自然と木の下に道ができる、との意味です。李広は口下手だったそうです。だが人柄は勇敢で無私無欲。温かく、部下思い。皆が李広を愛し、喜んで共に戦ったといわれています。多くを語らずとも、徳のある人物のもとに自然と人が集まることは、古今に変わらぬ真理ですね。  

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2019年01月26日

釈尊の化導

 「西遊記」はご存じの通り、猿の化身・孫悟空が三蔵法師と出会い、仏の教えを求め、インドへ向かう物語です。
 ある少年が「西遊記」の本を読み、母に尋ねました。「孫悟空は、いっぱい戦って、遊んでなんていないのに、どうして『西遊記』なの?」。母はほほ笑み、漢字辞典を一緒に開いたそうです。「『遊』には『よそに出掛ける』という意味があるんだね」と少年は納得しました。「遊説」「遊学」などは、こちらの意味に近いのです。
 釈尊の化導は「遊行」といわれました。全インドを歩きに歩き、民衆の中で仏法を説き、弟子にも〝四方のどこにでも赴き、苦難に耐え、全てに打ち勝って歩め〟と呼び掛けたのです。  

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2019年01月25日

手袋

 作家の向田邦子さんが、片方の手袋をなくした時のことをエッセーにつづっています(『父の詫び状』文春文庫)。
 気に入っているため、もう片方を捨てるに忍びない。そんなある日、偶然、同じ手袋の片方だけを拾ったそうです。届け出ますが、持ち主は現れず、結局、向田さんが譲り受けました。ただ喜びもつかの間。その手袋は残しておいたのと同じ左手用だったのです。
 手袋は左と右がそろってこそ役に立ちます。相対する存在が互いを意味あるものにする――それは人生においても一つの真理でしょう。  

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2019年01月24日

具体的な相手

 「あなたのアイデアは?」。決まった答えではなく、意見や考えを問う教育への転換が叫ばれて久しいですね。目標のモデルが存在せず、激変する世界に対応しながら幸福社会を創造するには、「新しい発想」が不可欠だからです。
 では、発想力をどう磨くか。明治大学の齋藤孝教授は『考え方の教室』(岩波新書)で、目の前で困っている人に「どうしてあげたらいいんだろう?」と考えることだと指摘しています。条件が曖昧だと、考えもまとまりにくい。具体的な相手を思い浮かべることで、発想しやすくなるからです。  

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2019年01月23日

基本を示す言葉

 「カメラは足し算、写真は引き算」といわれます。これひ、写真をうまく撮るための基本を示す言葉です。
 「カメラは足し算」とは、レンズやストロボ等の付属品も含めたカメラの機能のこと。足せば足すほど、さまざまな状況の変化に対応でき、思い通りの撮影が可能になります。片や、「写真は引き算」とは、シャッターを切る際、不要なものがフレームに入らないようにすることです。余計なものを引いたぶん、残った〝本当に写したいもの〟が際立ちます。
 写真に限らず、これは物事全般に通じます。足し算とは「事前の準備」にあたり、引き算とは「実践の現場」にあたるといえるでしょう。事に臨んでは、十分に準備を重ね、実際の行動では、その準備の中から、必要なものを適切に選択することが大切になるのです。  

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2019年01月22日

人生の転換期

 東京・日野市の佐藤彦五郎新選組資料館に、土方歳三の愛刀「康継」が所蔵されています。
 司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』(文藝春秋)に、こんな場面があります。新選組の行く末を案じて「この先、どうなるのでしょう」と尋ねる沖田総司に土方歳三が、からからと笑って答える。「どうなる、とは漢の思案ではない」「おとことは、どうする、ということ以外に思案はないぞ」と。
 人生の転換期にあって、未来は「どうなるか」と思いあぐね、試練の激流に翻弄されるか。それとも厳しい現実を直視しつつ、未来を「こうする」と目標を定め、実現のために行動を起こすか。自分の人生という劇の主役は自分しかいないと腹を決めて、真正面から立ち向かうしかないのです。  

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2019年01月21日

会話は、話す方が満足感が高い

 企業・団体などでは、管理職が部下との面談を定期的に行うことが多いですね。その際、管理職が陥りがちな落とし穴として、臨床心理士の宮城まり子さんは“アドバイスのし過ぎ”を指摘しています。
 その理由は「会話は、話す方が満足感が高い」から。部下を指導するうちに、自分だけ“満足”してしまう上司が少なくないといっています。宮城さんは、大事なのは相手の話を最後まで聞く「傾聴」であり、「“言葉のプレゼント”をあげようとする必要はない」と語っています。
 確かに、悩みを打ち明けられた時、具体的な解決策など示さなくても、ただ聞いてあげるだけで「気持ちが楽になった」「すっきりした」と言われることがあります。親身に、最後まで話を聞いてもらった時に、人は“分かってくれる人がいる”と前向きな一歩を踏み出せるのです。
 しかし、ただ“話を聞く”といっても、実は容易ではありません。「傾聴」は受け身ではなく、能動的な行為だからです。相手に向き合い、話に全神経を集中させる。途中で話を遮ったり、こちらの考えを押し付けたりしない。沈黙が訪れても待つなど、粘り強さが欠かせないのです。
 話し上手は聞き上手。話を聞くとは、相手を一人の人間として受け入れ、尊重する心の表れ。ここに実り多き、励ましの第一歩があるのですね。
  

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2019年01月20日

自分がやるしかない

 自動車学校の教官からの話です。入校者の中には、乗り物酔いをするという人もいるそうです。ところが、そんな人でも、ハンドルを握らせると酔わないのです。
 それは「車に乗せられているという受け身ではなく、自分がやるしかないという緊張感、責任感によるものでしょう」と。これは万般に通じる心理でしょう。  

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2019年01月19日

どんな相手とも

 テレビやラジオの進行役として活躍する吉田照美氏。軽妙なトークが印象的ですが、実は高校時代まで人と話すのが大の苦手だったそうです。
 自分が周囲にどう思われるかが気になり、人前では言葉が出てこない。そんな自分を変えようと、大学でアナウンス研究会に入ったことが人生の転機になったと、述懐しています。
 新人アナウンサー時代には大相撲の支度部屋のリポートを担当。だが「きょうの一番はどうでしたか」などと聞いても寡黙な力士たちから答えはない。何とか話を引き出そうと相手の生い立ちを調べたり、付け人から情報収集したりすることで質問力や観察力が磨かれたという。氏は、苦手と感じる人こそ「『自分を成長させてくれる存在なんだ』と思って接することが大切」と語っています(『「コミュ障」だった僕が学んだ話し方』集英社新書)
 気の置けない友人との語らいは楽しいかもしれないが、苦手な人を避けてばかりでは進歩がありません。どんな相手とも気後れせず対話に挑む人が、成長できる人ともいえるのです。  

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2019年01月18日

雪道を歩くポイント

 「積雪対策」にあるように、積雪時の事故は「屋根雪」に関する割合が高く、山形では7割以上だそうです。屋根やはしごから転落したり、屋根の雪が一気に落ちたりすれば、大けがにつながります。雪下ろしの際にはヘルメットを着用し、2人以上で行うなど細心の注意を払いたいものです。
 都心をはじめ雪に慣れない地域では、いっそうの注意が必要です。歩道に雪が積もると、車道との段差や側溝が見えにくなります。バス停やタクシーの乗降場所も、雪が踏み固められ、滑りやすくなります。雪道を歩くポイントは、地面に垂直に足を踏み出し、重心をやや前へ。靴の裏全体を路面に付け、歩幅を狭くすることだそうです。
 何より“自分は大丈夫”という油断が事故の温床になります。普段から危機意識を高めることが事故を防ぐ最善の方法でしょう。  

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2019年01月17日

 日々、生まれ変わった息吹で行動しよう!

 82歳の生涯を閉じるまで活発に行動した文豪ゲーテの言葉。「年をとるということ自体、新しい仕事をはじめることなのである。状況は一新し、行動することをすっかりやめてしまうか、あるいは、新しい役柄を意志と自覚をもって引き受けるか、どちらかである」(木原武一訳)
 さあ、新しい仕事を始めよう! 日々、生まれ変わった息吹で行動しよう!   

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2019年01月16日

共に歩む

 吉野弘さんは「言葉」を真摯に見つめる詩人でした。「『歩』は『止』と『少』から出来ています。/歩く動作の中に/『止まる』動作が/ほんの『少し』含まれています。」(『吉野弘詩集』ハルキ文庫)
 慌ただしい日々の中でも、自らの歩みを少し止め、友とじっくり話し合う時間を大切にしたいものです。それが“共に歩む”ということでしょう。  

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2019年01月15日

紙面が瞬時に世界を駆け巡る時代

 かつての活版印刷も知る人は少なくなってきました。
 活版とは「活字版」のことです。削った金属型に鉛などを流し込んで作った字が「活字」。1字ずつ活字を拾い、組み上げた活字版で大量印刷する。15世紀にグーテンベルクが発明して以来、出版物の主要な印刷方式となりました。
 聖教新聞も1988年(昭和63年)まで、この方式で紙面を作っていました。池田先生を聖教新聞本社に迎え、コンピューター化された紙面制作システムの始動式を行って、今月18日で31年となります。コンピューター化されたおかげで、印刷直前まで編集作業が可能となるなど、紙面の質が格段に上がりました。
 海外の友がよく「日本時間の午前5時が毎日待ち遠しい」と言っています。「セイキョウオンライン」が、日本時間の午前5時に、その日の内容に更新される時間だからです。活字がデジタルになっただけでなく、紙面が瞬時に世界を駆け巡る時代となりました。  

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2019年01月14日

あの時の一言

 幼少の頃、内気な性格だった画家の東山魁夷氏は、部屋で絵本を見たり、絵を描いたりしていたそうです。そんな氏を外の世界に連れ出したのが幼稚園の先生でした。“黒板にチョークで描いた花やチョウ、犬などを褒められた時は本当にうれしかった”と氏は述懐しています(佐々木徹著『東山魁夷ものがたり』ビジョン企画出版社)
 中学校でも先生に油絵を褒められ、次第に画家を志すようになりました。父親の猛反対に遭い、先生に泣いて打ち明けると、「親孝行は親が生きている間だけのことではない」と。さらに先生は熱心に父親を説得してくれたそうです。
 周囲の“あの時の一言”がなければ、国民的画家は生まれなかったかもしれませんね。励ましは、時に人生を左右します。とりわけ若い頃に認められ、信頼された記憶は心に深く刻まれ、その人を力強く支えていくのです。
 「褒める」とは相手の長所を発見し、正しく評価する行為です。ピントの外れた褒め言葉は「お世辞」と見透かされます。褒める側の「目」も試されているのです。  

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2019年01月13日

気付きのアンテナ

 ある年の正月、日蓮大聖人は「さくら(桜)はをもしろき物・木の中よりさきいづ」(御書1492ページ)と手紙につづられました。ごつごつとした木の中からも、やがて美しい花が芽吹くではないかと。迫害の連続の人生にあって、森羅万象から希望を見いだされたのてす。
 「祈る」という行為は“気付きのアンテナ”を立てることでしょう。わが心の大地を耕し、日々、感謝の種をまき、幸せの芽を伸ばしていきたいものです。  

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2019年01月12日

広辞苑

 言語学者の大野晋氏によれば、新聞や雑誌で使われる単語は年間で約3万語。そのうちの半分が1年で1度しか使用されないという。だからといって、それらの言葉が不要なはずはなく、その時々に的確な語彙を使えるように修練を積むことが大切と、氏は自著『日本語練習帳』(岩波新書)で訴えています。
 昨年、「広辞苑」第7版が刊行されました。今回、新語として「東日本大震災」や甲状腺がんを防ぐ薬「ヨウ素剤」などが収録されました。「東日本大震災」の単語は何度も目にしましたが、「ヨウ素剤」は縁のない人もいるでしょう。それでも“生命に関わる”ことが考慮され、追加となったそうです。  

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