2017年08月23日

証言

 1945年(昭和20年)8月、陸軍兵器学校の学徒として、広島の兵舎にいた男性が生前、語っていた証言です。
 終戦直後の8月24日。故郷へ帰るため、広島駅へ向かった。その途中、霧雨が降りだした。突然、周囲の景色が明るくなったように見えたそうです。原爆で亡くなった人々の遺体から、染み出した物質が燃えているのか、赤や青の炎が上っていた。それは〝もっと生きたかった〟という無念さを訴えかけるようだった。思い出すのもつらく、長く胸の内にしまっていたという。  

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2017年08月22日

現状維持バイアス

 大歴史学者のトインビー博士は、毎朝9時ごろには、気分が乗っていようがいまいが、机に向かったそうです。曰く「仕事をしたい気持ちになるのを待っていたのでは、いつまでも仕事はできない」と。
 この職業的体験には裏付けがあります。認知心理学で「現状維持バイアス」と言い、人間には、労力を掛けた末に失敗することを恐れ、自身の状況を大きく変えるような決断を避ける傾向がある。大事な作業の前に、急に部屋の掃除など、些末なことをやり始めるのも、万一、作業に失敗した時に“十分な時間がなかった”と、自分に言い訳できるからだという(『「時間の使い方」を科学する』一川誠著、PHP新書)  

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2017年08月21日

美しいというだけで植えられた訳ではない

 長野県の高原地域には、ダイコン畑の畝のあちこちに、オレンジ色のマリーゴールドが咲いているそうです。他の畑には、白い花弁のカモミールも見られます。
 これらの花は、美しいというだけで植えられた訳ではないそうです。ダイコンの脇に咲くアフリカマリーゴールドは、農作物への病害虫の繁殖を防ぐ。カモミールはキャベツ等の近くに植えると、同じ効果があるそうです。こうした、互いに良い影響を与える植物を「コンパニオンプランツ(共栄作物)」といいます。
 花が咲く姿は、それだけで美しいですが、自分が命を咲かせることで、他の何かを守り、助けていると思えば、一面の花々も、一層いとおしく思えます。
 マリーゴールドの花言葉は「生命の輝き」、カモミールは「逆境に耐える」であるそうです。  

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2017年08月20日

魅力的

 役を演じるのは難しい。あらかじめ決まっているせりふを、あたかも初めて口にするように、新鮮な演技でなければならないのだから……。俳優の香川照之さんが苦悩を吐露しています(『日本魅録2』キネマ旬報社)
 台本を渡されず、場面ごとに説明を受け、はつらつと演じる子役にかなうわけがない、とも。そんな中で香川さんは語っています。「先を知らない人間というのは魅力的に見えるということだ。ならば人生とは、それがどんな人生であっても魅力的なものなのだ」とも。  

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2017年08月19日

世界で一番貧しい大統領

 蓄財に無関心で、銀行口座すら持たないウルグアイのムヒカ前大統領は、「世界で一番貧しい大統領」と呼ばれています。
 “貧乏とはいくらあっても満足しない人のことだ”“命より高価なものは存在しない”――氏の発言や評伝は、日本でも本やテレビで紹介され、話題になりました。これは、市場主義がもたらす格差の拡大への根源的批判が、人々の心に刺さるのでしょう。
 青年時代の氏は、経済政策の失敗による貧富の差の拡大に怒り、反政府ゲリラに加わりました。逮捕され、14年近く投獄された。だが、その獄中生活のおかげで、氏は、“ファナティシズム(狂信)は憎しみを生む。異質なものに寛容であってこそ、良き社会を築ける”との考えを得たのです。(『世界で一番貧しい大統領と呼ばれたホセ・ムヒカ 心を揺さぶるスピーチ』ゴマブックス)  

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2017年08月18日

「幸せ」とは何でしょうか

 暮らしぶりが裕福でも幸福を感じない人がいます。片や、資産はさほど多くないが幸せという人もいます。「幸せ」とは何でしょうか。
 消費社会研究家の三浦展氏は意識調査と取材から、高齢者における幸福の意味を探りました。例えば愛知県長久手市の多世代共同住宅「ぼちぼち長屋」。2階建てアパートに、要介護者、OL、子育て中の家族ら、子どもからお年寄りまで二十数人が暮らしています(取材時)。規則を設けなくても、掃除や手伝いが必要な時は助け合うという(『下流老人と幸福老人』光文社新書)
 加齢とともに、体力や家族など、何かを失っていきます。これが高齢者の現実です。それを乗り越える鍵が「分かち合い」にあるのです。居住空間や物の共有もあるが、とりわけ「心の共有」が大切。物を所有する幸福は、分けるほど一人分の量が減るが、心の幸福は、分かち合うほど増えていくのです。  

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2017年08月17日

ひとはなぜ戦争をするのか

 今の文明で最も大事だと思われる事柄について、一番意見を交換したい相手と書簡を交わしてほしい――アインシュタインは1932年、国際連盟からの依頼を快諾しました。選んだテーマは「戦争」。相手は心理学者のフロイトだった。
 アインシュタインは、戦争の根本原因が「人間の心」にあると考えていました。フロイトに問うた。「人間の心を特定の方向に導き、憎悪と破壊という心の病に冒されないようにすることはできるのか」(『ひとはなぜ戦争をするのか』浅見昇吾訳、講談社学術文庫)
 フロイトは、人間から攻撃的性質を取り除くことはできないとしつつ、それでも、「文化」の力によって、人間の心を平和の方向へ変化させ、戦争の終焉へ歩み出すことは可能だ、とつづっています。  

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2017年08月16日

食品ロス

 外食した時に料理を残すのは是か否か。残す人には「全部食べていたらメタボになる」など、それなりの理由もあります。だが、まだ食べられる物を捨ててしまう「食品ロス」が、日本では年間約632万トンも発生していると聞いたら、どうだろう(平成25年度推計)。国民1人当たり、茶わん1杯分のごはんを、毎日捨てている計算になる。これは、世界で飢えに苦しむ人々への食料援助量(年間約320万トン)の2倍に相当するそうです。
 人間文化研究機構の佐藤洋一郎理事は、現代の食の軽視の風潮は、生産者と消費者が分離し、農作業や家畜などに接する機会が少なくなったことに始まる、と指摘しています。その上で氏は、私たちが食を見直す身近な方法として、「食べるために筋肉を使おう」と、ユニークな言葉で提案をしています。曰く、箸を動かす手の筋肉だけでなく、週に何度かでも自炊したり、たまには畑に出て、体を動かして作物を育ててみる。それが食を知る一歩になる――と。  

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2017年08月15日

たどり着く真実

 一輪の花が咲いています。それを“何だ、スミレの花か”と認識した時点で、目の前の花は「スミレ」という“言葉”に置き換わります。だが、“言葉の邪魔”を排して見続ければ、花はその花ならではの美しさを明かしてくれます。小林秀雄の有名な評論です。
 私たちは多くの事象を「言葉」という記号に置き換えます。しかし、言葉の奥にある事実を見つめ、意味を突き詰めた末に、たどり着く真実があります。「ヒロシマ」「ナガサキ」も、「終戦の日」もそうでしょう。
 小林自身は「僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいい」と、戦中に戦争を美化した反省を拒み、返す刀で、時流に合わせて戦争批判に転じた戦後知識人を冷笑しました。小林の態度の是非はさておき、聞こえのいい言葉を聞き、世の空気を読むだけでは「真実」が見えないのは、いつの時代も同じです。  

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2017年08月14日

ひたむきな歩み

 「吾、十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず……」。これは有名な孔子の人生です。しかし、これを裏から読むと面白い光景が見えてくる、と中国古典研究者の守屋淳さんは語っています。
 つまり、孔子でさえ十四歳までは学問に志さなかった。二十九歳までは自立できなかった。三十九歳までは惑いっぱなしだった……。孔子の偉大さは「常に、自分の弱点を自覚し、それを克服しようと努力し続けた」点にあるのでは、と守屋さんは考えています(『「論語」に帰ろう』平凡社新書)
 人間はいくつになっても“未完成”。孔子も、そうでした。六十歳近くまでは他人の忠告を素直に聴けず、七十歳近くまでは欲望のままに振る舞うと周りに迷惑をかけてしまったというのだから・・・。とはいえ、彼の生涯を一貫して彩るものは、学問に発憤しては食事も忘れ、道を楽しんでは心配事も忘れ、「老いの将に至らんとするを知らざるのみ(やがて老いがやってくることにも気づかずにいる)」(金谷治訳注『論語』岩波文庫)というほどの、ひたむきな歩みであったのです。
   

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2017年08月13日

現代における希望

 被爆を経験していない人が、被爆者に代わり、その体験を語る。こうした「伝承者」と呼ばれる人々の活動が、広島市で始まっています。
 被爆者の高齢化を受け、同市が2012年から養成事業を開始。3年間の研修で、被爆者と面談を繰り返し、半生を聞き取って原稿にする。被爆当時の経験を追体験する実地研修も行う。この事業には、20代の青年も参加しているそうです。
 研修者の中には、悲惨な体験と向き合えば向き合うほど、“体験していない自分には、語る資格がないのでは”とためらう人もいるそうです。しかし、その葛藤を越え、“それでも語らねば”と、被爆者の苦悩や願いに肉薄し、あえて語ることを選ぶ人も多々います。そんな若者が増えていることは、“風化”が進む現代における希望でしょう。
  

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2017年08月12日

タンチョウ

 かつて絶滅の危機にあったタンチョウ。地道な保護活動は民間でも長年、続きました。北海道の釧路市丹頂鶴自然公園も、その活動拠点の一つです。地元の人々が声を上げ、全国から寄付を募り1958年に開園しました。
 創価学会の戸田第2代会長もこれに参加した一人です。取り組みを耳にし、戸田会長は語っています。「大事なことだよ。人間は、自分たちが地上の支配者であるかのように思い上がり、自然を破壊していけば、大変なことになる。自然を守ることが、人間を守ることにもなる」と。
 哺乳類の4分の1、爬虫類の5分の1、鳥類の6分の1が「この世から消えようとしている」。こう警鐘を鳴らしたのは「ピュリツァー賞」を受賞したエリザベス・コルバート著『6度目の大絶滅』(鍛原多惠子訳、NHK出版)。だが一方で「人類は破壊的で短絡的でありえるけれども、前向きで利他的でもありえる」とも。
 人間の慈悲と英知を呼び覚まし、力を結集すれば、どんな困難な問題にも解決の糸口はあります。環境問題も、テロや暴力や核兵器も――。北の大地を舞う鶴は「希望」の象徴でもあるのです。  

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2017年08月11日

人生は、決断の連続

 人生は、決断の連続ですね。その決断には、熟慮する余裕がある時もありますが、瞬時の判断を迫られる時も多い。自身の「直感」を信じるしかない、という場面を誰もが経験したことがある事でしょう。
 では、直感を磨くには、何が必要か。棋士の羽生善治氏は言っています。「もがき、努力したすべての経験をいわば土壌として、そこからある瞬間、生み出されるものが直感なのだ」(『直感力』PHP新書)と。
 直感は、脳のどの部分に関係するのかについて、理化学研究所が行った研究があります。プロ棋士に詰め将棋の局面を見せ、短時間で次の一手を判断してもらうというもの。結果は、習慣的な行動を記録するとされる「大脳基底核」が強く働いたという。羽生氏の言葉が裏付けられたといえましょう。  

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2017年08月10日

一朝一夕で育たない

 強い日差しに耐えきれず、木々の下で涼をとりました。こずえがずいぶんと高い場所にあります。雨風に耐え、その高さに成長するまでの長い歳月を思いました。
 一朝一夕で育たないのは人も同じです。「昭和の大横綱」と呼ばれた大鵬関は、親方として、弟子に「三年先の稽古、努力をせよ」と言い続けたそうです。目先の結果より、未来にわたって崩れぬ土台を築くために、地道な鍛錬を貫けとの意味でしょう。
  

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2017年08月09日

保存署名

 広島市の原爆ドームは、もとは「広島県産業奨励館」で、美術・物産品が展示される文化振興の場でした。不死鳥のようによみがえり、惨禍の爪痕をほとんど見ることができない市内にあって、鉄骨とれんが壁だけを残すドームは、核兵器の非道を示す象徴となったのです。
 だが戦後、市民感情は解体論に揺れていたそうです。そんな時、原爆症で16歳で亡くなる楮山ヒロ子さんが、死の前年、日記に記した。「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、恐るべき原爆を世に訴えてくれるのだろう」(要旨)。
 その思いに胸を打たれ、保存署名を始めたのが、10人ほどの子どもたちでした。運動は社会に大きな衝撃を与え、永久保存が正式決定されました。51年前のことです。
 世界遺産には原爆ドームやアウシュビッツのように、人類が二度と同じ過ちを起こさないための戒めの意味を持つ“負の世界遺産”があります。また近年、負の歴史があった場所を訪ね、思いをはせる「ダーク・ツーリズム」への関心も高まっています。
 歴史は、それを直視し、正しく残す努力があってこそ歴史となります。負の歴史から目を背けたいという弱さを乗り越える勇気と、風化にあらがう強さが要る。広島、長崎の被爆者の平均年齢が80歳を超える今、切実にそう思います。  

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2017年08月08日

大切な母のため

 少年は、父を戦争で失い、内職で手袋を編む母に育てられました。別々に編んだ手の甲と手首の部分をつなぐ作業に、いつも母は苦労していました。そこで機械好きの少年は、簡単に縫い合わせることのできるミシンを発明したのです。
 この“少年”は、後にニット製品を立体的に丸ごと編める機械を開発し、ファッション界に衝撃を与えた島正博社長(島精機製作所)です。利潤のためだけでなく、“大切な母のため”という純粋な思いと努力が原動力となって、多くの人々を助ける機械は世に送り出されたのです。  

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2017年08月07日

「のれん」を守り継ぐ者

 江戸時代、「天下の台所」と呼ばれた大阪。中でも船場は、老舗が甍を争う商都の中心でした。「鴻池」「住友」「武田」など、ここで生まれ、今も歴史を刻む企業も多くあります。
 船場の老舗は「のれん」を重んじました。「のれんを継ぐ」「のれんを守る」――のれんは、守り継ぐべき「品格」「歴史」の象徴であったのです。
 「のれんを守る」ため、多くの商家が採ったユニークな仕組みがあります。「里子」と「お乳母どん」です。「里子」とは、跡継ぎを文字通り「里」、すなわち田舎の農家に10歳ぐらいまで預けることです。「里子」が無理な場合は「お乳母どん」。商家に女性が住み込み、10歳ぐらいまで育ての親になってもらうのである。「石津乳母」という言葉がありました。堺の小さな半農半漁の村だった石津から来た女性が、最適の育ての親といわれたのでこの名があります。
 農家を手伝い、額に汗して働く。育ての親から漁家の苦労を聞く。そうして、商家とは全く違う生業の大事さを知る。裕福とはいえない人生の日々の労苦を知る。その経験が、「のれん」を守り継ぐ者に必須の条件とされてきたのです。  

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2017年08月06日

「人間」であること

 8月6日午前8時15分。広島に原爆を投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」。乗組員は、全員この世にはいません。いや応なき時の流れです。彼らの受けた命令は、目標地点に爆弾「リトルボーイ」を投下すること。72年前のきょう、作戦は実行されました。戦後の彼らは、自身の行為を正当化し、謝罪を拒びました。
 一方、原爆開発の「マンハッタン計画」に携わる科学者の任務は爆弾の製造でした。その中からただ一人、計画から離脱したロートブラット博士は、他の同僚が計画に参加し続けた最大の理由を「純粋で単純な『科学的好奇心』」と、創価学会の池田SGI会長に語っています。
 巨大プロジェクトの局面、局面で、当事者は職業的使命を遂行しました。その結果、広島・長崎の20万を超える人々が殺されました。だから、同博士も署名した「ラッセル・アインシュタイン宣言」は訴えています。「あなたがたの人間性を心にとどめ、そしてその他のことを忘れよ」と。
 軍人である前に、科学者である前に、政治家である前に、「人間」であること。回り道のようだが、この根本からの思考なくして、絡み合った核をめぐる軍事外交ゲームの糸を解きほぐすことはできません。そのためにきょう一日、静かに広島の声に耳を傾けたい。深く心にとどめ置くために。  

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2017年08月05日

1908年のことです

 日本人が初めてブラジルに移住したのは、1908年のことです。移民船に乗船した781人の中に、広島出身の児玉良一氏もいました。氏は、異国での生活に苦労は絶えなかったが、充実の日々だったと振り返っています。しかし41年、日本が真珠湾を攻撃。ブラジルは連合国側につき、日伯の国交は断絶してしまいました。
 以来、日系人は苦渋の歴史を歩んだのです。氏は仕事を失い、息子は兵役で軍に奪われました。祖国である日本は戦後、復興に追われ、移住者を顧みる余裕はありませんでした。しかし氏は言っています。戦争に負けたから移住者は永住する覚悟を固めた、と。
 創価学会の池田SGI会長は児玉氏と対談集を発刊し、移住した人々の労苦を最大にたたえました。「互いに助け合い、信頼を勝ち得、今日の繁栄を築かれた。日本はこの歴史を忘れてはならない」と。  

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2017年08月04日

健康人生の鍵

 米国の文芸評論家マルコム・カウリーが自著『八十路から眺めれば』(小笠原豊樹訳、草思社)で、16項目の“老いを告げる肉体からのメッセージ”を挙げています。
 例えば、「去年よりも足先が手から遠ざかったように感じられるとき」や「階段を下りる前に踊り場で一瞬ためらうとき」など。米国人の生活に即した例ですが、世界共通の老いの実感といってよいでしょう。加齢とともに忍び寄る肉体の衰え。その必然のことわりを受け入れながら、いかに精神を衰えさせることなく、成長を続けていくか。ここに健康人生の鍵があるのです。  

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