2018年06月24日

一本たりとも同じ打ち方をしたことはない

 王貞治氏が756号ホームランを放ち、「世界記録」を更新してから今年ではや41周年を迎えました。
 現役時代の王氏が「真剣」を振り、練習に生かしていたことは有名な話です。打撃の際には、バットが球の中心に向かって切り進んでいき、球の向こうまで通り抜けるイメージを持っていたという。この鍛錬が球を捉える精度を上げ、一本足打法に磨きをかけました。
 その上で、数々のホームランを振り返り「一本たりとも同じ打ち方をしたことはない」と述べています。打撃とは、対する投手も違えば球種もコースも違う一期一会の世界。「初めて出会う球に、ひと振り、ひと振り、新たな気持ちで立ち向かってきた。残った数字はその結果である」と(『もっと遠くへ』日本経済新聞出版社)  

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2018年06月23日

強き一念の大切さ

 強き一念の大切さを伝える、豊臣秀吉の“三日普請”の故事があります。吉川英治が『新書太閤記(二)』(講談社)に描きました。
 主君・織田信長の居城・清洲城の壁が、暴風雨で崩れた時のこと。藤吉郎(秀吉)が修復工事を行う普請奉行になりました。が、前任の奉行が横やりを入れ、棟梁らは怠けてばかり。工事は遅々として進みません。
 そんな中、藤吉郎は職人たちに、国が滅びる惨めさを語り、切々と訴えました。「国の興亡は、実はお城にあるわけじゃない(中略)お前らの中にあるのだ」。そして、自ら泥まみれになり、死に物狂いで働いた。彼の熱誠が、皆を総立ちにさせる。と。その結果、わずか3日で城壁を修復しました。  

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2018年06月22日

ひめゆりの心

 「戦争のない時代に生まれたかったということを生き残ったらのちの人々に伝えてほしい」――沖縄戦に出陣する鉄血勤皇隊の壮行会で男子学生が語った言葉です。学生は戦地に散り、帰ることはなかったのです。
 その言葉を聞いた一人に、ひめゆり学徒隊の生存者・宮良ルリさんがいます。沖縄戦末期、避難先の壕で米軍のガス弾攻撃から奇跡的に助かりました。戦後は、この学生の言葉を胸に、ひめゆり平和祈念資料館の証言員として、凄惨な沖縄戦と命の尊さを、語り伝えてきました。
 戦後70年が経過した3年前の3月、同資料館では、戦争を体験した証言員による講話を、高齢化などの理由で終了しました。一方で、若い世代の「説明員」を養成し、“ひめゆりの心”を伝え続けています。  

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2018年06月21日

顔面フィードバック仮説

 ペンを「唇」でくわえると口がすぼむ。だが「歯」でくわえると口角が上がり、笑顔になる――。ドイツの心理学者ストラックは、この二つの条件のもと、いろいろな漫画を見せる実験を行いました。その結果、被験者は笑顔を“つくった”場合の方が面白く感じると答えたそうです。
 これは、顔の筋肉運動が感情を左右する「顔面フィードバック仮説」と呼ばれるもの。「うれしいから笑顔になる」のは分かるが、その一方、人には「笑顔になるからうれしくなる」という心身の仕組みが備わっているのです。
 さらには、顔に限らず、骨格筋の収縮によって気持ちが変化するという。医学博士の三村芳和氏は、「骨格筋はキモチより上位にある」「背筋をのばし、前を向いて堂々とするから自信をもって文字どおり前向きになれる」と指摘する(『カラダの知恵』中公新書)そうなんだ。知らなかった。  

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2018年06月20日

目に見えないもの

 明年、没後500年を迎える画家レオナルド・ダ・ヴィンチは、“目に見えないもの”を描く天才でもあったそうです。例えば戦争画では、兵士の「心の内面」をどう表現するかにこだわりました。
 勝者を描く際は、「砂埃りのため両眼から流れ出た涙とまざって泥だらけになった頰や眼を両手でぬぐい」「身をかがめて、これ(敵)に止めの一撃を与えようと力をふるって」「頭髪その他の軽いものを風に吹き靡かせながら疾駆する」様子を表現すべき、などと事細かくメモしています。
 「心の情熱を表現する動作が人物にあらわれないかぎり、その人物画は賞讃に値しない」(杉浦明平訳『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)』岩波文庫)。そうですね!!  

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2018年06月19日

ある壮年の信仰体験

 70代の壮年が転倒し、複雑骨折しました。以来、出歩くのが怖くなり、家に閉じこもるように。1人暮らしで悩みを抱え込みがちな彼だが、周囲の励ましを力に再起を誓ったそうです。
 人工関節にする手術は成功。懸命のリハビリに挑む。手術に臨む前、彼が語っていました。数年前、がんに侵された時、親身になってくれた先輩の言葉を思い起こしたという。「同じ病の体験者として言うよ。『担当する医師が名医の働きをするように』と強く祈ることだ」と。
 悩みや困難に直面すると、絶望して諦めるか、何とかなると甘く考えてしまうのが人間のさがです。だが、それでは何一つ変わらない。環境に委ねる受け身の心を排し、「必ず打開してみせる」と決め、自ら行動を開始することだ。過去は変えられないが、現在の行動で未来を変え、過去の意味を変えることができる。強き祈りは、その偉大な一歩であるのです。  

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2018年06月18日

ゲゲゲの鬼太郎

 東京・調布駅前の商店街に「妖怪」がいます。一反木綿、ねこ娘、目玉おやじを頭に乗せた鬼太郎……ご存じ、「ゲゲゲの鬼太郎」の像なのです。なぜか、作者の故・水木しげるさんは調布市民だったからです。
 水木さんの自宅の仕事部屋には、ドイツの文豪ゲーテの格言を紙に書いて張っていたそうです。太平洋戦争勃発後、水木青年が“人生とは何か”と悩み、答えを求めた相手がゲーテだったのです。兵隊に召集され、『ゲーテとの対話』の文庫本を雑囊に忍ばせて戦地に赴いたとの逸話も残っています(『ゲゲゲのゲーテ』双葉新書)
 思えば「ゲゲゲの鬼太郎」も、個性豊かな仲間と協力して悪い妖怪と戦い、平和な世界を築こうとする物語ですね。  

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2018年06月17日

他人日記

 小学4年生の子が、宿題で日記を付けていた話です。父親が偶然、見てみると、どうもおかしい。一緒に出掛けたはずの日に、自分の知らない、全く別の行動が書いてあるのです。
 不思議に思って尋ねると、これは「他人日記」だという。つまり“自分ではなく友達の日記を、友達になったつもりで書く”という宿題なのだそうです。
 例えば友達が公園に行ったとする。その子がどんな遊具が好きで、誰と遊んで、何を思ったかなどを、自分なりに想像を膨らませながらつづっていく。日記には直接、友達に聞いたことも含まれていたりします。その中で友達の長所に気付いたり、自分と共通する部分を発見したりするという。
 他者の気持ちを想像することは、子らの心の成長に欠かせないばかりでなく、大人にも大切な姿勢でしょう。人の気持ちは常に動いているもの。“相手は分かってくれている”と決め付けず、人情の機微を理解し、念には念を入れ、誠意をもって思いを伝えることが必要な時もあるのですね。  

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2018年06月16日

松の盆栽

 創価学会の池田先生は、作家・井上靖氏との交流をつづっています。
 出会いは1975年(昭和50年)3月。明治生まれの氏と池田先生とは、20歳以上も年の差がありましたが、話は大いにはずみ、3時間半に及んだそうです。その後、往復書簡で対話は続き、『四季の雁書』として発刊されました。
 井上氏の長女・浦城いくよさんが『父 井上靖と私』(ユーフォーブックス)で、その交流の一端に触れています。文化勲章を受章した氏に、池田先生は松の盆栽を贈りました。氏は東京・世田谷にあった邸宅の庭の、居間から見えるところに築山を造って、その松を植え、一生守ったそうです。
 夫妻ともに亡くなり、7年前に家をたたむまで、大切にされたというエピソードです。松は今、知人の家に託され、余生を送っているという事です。  

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2018年06月15日

パラ言語

 「声を発する」という過程には喉と口だけでなく鼻や顎、さらに肺・気管など胴体の4分の3が携わっており、実は体のほとんどの部分と関連しているそうです。そのため、足首をくじいても声に影響するといわれています。体中の器官の驚異的な連携によって声は生まれているのです。人は“全身”でしゃべっているのです。
 加えて、声の高さや大きさ、速さによって伝わり方が変わります。このような発話に伴う言葉以外の特徴を「パラ言語」と呼ぶそうです。このパラ言語によって、言葉に“生命”が吹き込まれ、思いが相手に届くのです(アン・カープ著『「声」の秘密』草思社)  

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2018年06月14日

そこに尽きるのです

 釈尊が初説法の地・鹿野苑へ向かう途中のこと。ウパカという修行者に出会い、対話が始まりました。
 “仏様”の言葉だからすぐに納得した――わけではなかったそうです。ウパカは「そうかもしれないね」と皮肉交じりに頭を振り、去ってしまったという。仏教学者の中村元氏は、仏でさえも「伝道に関してやはり失敗があったということは、興味ある事実」と(『中村元選集決定版第11巻』春秋社)
 鹿野苑に着いた釈尊は、かつての修行仲間5人のもとへ。数日がかりの対話の末、ついに最初の一人、コンダンニャが教えを理解しました。釈尊は感嘆の声を2度も上げました。「ああ、コンダンニャは悟ったのだ!」。やがて他の4人も続いた。なお、先述のウパカも後に釈尊に帰依したとされています。
 仏典が伝える釈尊の、なんと人間らしい姿か。「仏」だから、何か特別な力を持っているわけではないのです。正道を広めたいという誓いの強さ、友に幸福になってほしいという慈悲の深さ、心を通わせようとする誠実と忍耐。仏の「力」といっても、そこに尽きるのです。  

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2018年06月13日

シアトル・フリーズ

 米国は“人種のるつぼ”といわれています。西海岸のシアトルにも多様なルーツを持つ人々が存在し、街は異なる価値観を受け入れる雰囲気にあふれています。
 シアトルの人々は友好的な一方で、親しい友人になりにくいという。それを表す言葉が「シアトル・フリーズ」。「フリーズ」は「凍結」「固まる」等の意味。自分とは違う他者の考えにも理解は示すが、自分の“本音”はなかなか語らない。心の奥を知ろうとする相手には、拒否反応を示す傾向があるそうです。  

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2018年06月12日

植物の特性から、学べることがあります

 動物であれば、吹き付ける風や、暑さ寒さをしのごうと、移動することもできる。だが、大地に根を張る植物は、試練から自力では逃れられない。その分、環境に適応し、生き延びるために培った”知恵”があるのです。
 暑さに弱い植物は夏を、寒さに弱い植物は冬を、種子の形で乗り切り、温暖な秋や春に花を咲かせます。それには本格的な夏や冬が、いつなのかを事前に知る必要があります。その役割を果たすのは葉だそうです。毎晩、夜の長さを測る役割を担っているのです。
 今月21日は夏至で、夜の時間が最短となります。この日から夜が長くなるのを察知することで、植物は本格的な夏の到来を知るのです。反対に、冬至から、だんだんと短くなる夜を感じ、寒い冬に備えます。
 こうした植物の特性から、学べることがあります。苦難のない人生などない以上、それを受け止め、乗り越えるための知恵を磨くことです。  

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2018年06月11日

五月雨

 例年より早く、各地で梅雨入りし、「五月雨」が降り続いています――こう書くと“もう6月なのに、なぜ五月雨?”と思われる方もいるかもしれませんね。
 五月雨は、旧暦5月に降る長雨のことです。今の6月に当たり、本来は梅雨を指すのです。「五月晴れ」も同じく、元は梅雨のさなかの晴れ間のことだったのです。端午の節句も、古くは梅雨時の行事。菖蒲の香りは、じめじめした長雨の毒消しになったのです。
 五月雨は、歌にも数多く詠まれてきました。例えば「日の道や葵傾くさ月あめ」(芭蕉)――梅雨にぬれて、葵の花が傾いて咲いている。その傾く方向は、太陽の通る道筋。日は出ていないが、葵も日の光を慕っているのだ、と。  

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2018年06月10日

コミュニケーションが勝利の要

 仕事やスポーツなどで優れた結果を出すには、チームワークが不可欠です。しかし多様な人々を一つにまとめるのは容易ではありません。
 3年前までラグビー日本代表のメンタルコーチを務めた荒木香織氏は、「コミュニケーションが勝利の要」と語っています。まず大事なのは①リーダーが目標やビジョンを皆と共有すること。作業の指示や数字の押し付けだけでは一人一人が主体性を持てないからです。また②メンバーが自身の定めた目標に挑み、それがチーム全体の目標の達成に結び付くようにすることも重要である、と。
 最も大切なのは③組織内の他者に興味を持ち、互いを理解するよう努めること。日常生活も含めて相手のことを知るなど、意識的に関係づくりをしてこそ、チームの団結力・共感力は上がると強調しています。  

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2018年06月09日

デマのスピード

 作家の半藤一利さんが「デマのスピード」と題して、こんなエピソードを紹介しています。
 時は1938年(昭和13年)。日中戦争が泥沼化し、日常生活も苦しくなる中、巷には多くのデマが飛び交っていました。そこで、デマが広まる速さを“実験”しようと陸軍参謀の一人が民間の友人に吹き込んだそうです。“国民の士気に関わるので今は伏せているが、実は双葉山が昨日死んだ”と。
 その後、参謀本部は“24時間内に、この噂話が入ったら直ちに報告せよ”と国内外の全陸軍部隊に周知しました。双葉山といえば当時、69連勝した大横綱。噂話はたちまち広がりました。一番遠くは満州(現・中国東北部)にある司令部からの報告だったという(『歴史のくずかご』文春文庫) へー、そうなんだ。  

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2018年06月08日

アカウミガメ

 宮崎県内の海岸で、アカウミガメの産卵が始まったようです。実は日本は、世界有数のアカウミガメの産卵地なのです。太平洋側を中心に産卵が確認され、北太平洋では唯一の産卵地となっているそうです。
 環境省の「ウミガメ保護ハンドブック」によると、日本で生まれたアカウミガメは、黒潮にのって太平洋を横断し、エサが豊富な米カリフォルニア半島の沖合を目指します。そこで成長したアカウミガメは、産卵のために再び日本へ戻ってくるのだが、子ガメが親ガメほどの大きさになるには、約30年もかかるそうです。長旅を経て、夜の浜辺で静かに産卵するアカウミガメがいとおしくなりますね。  

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2018年06月07日

信濃湯

 スーパー銭湯”などの人気はあるものの、東京都内の公衆浴場の数は、年を追って減り続けているそうです。
 東京・八王子市のある銭湯が、創業62年でのれんを下ろすことに。だが周知されるや、存続を求める署名運動が起こっりました。始めた有志の一人は「住民の貴重な交流の場だし、震災時には防災拠点にもなるから」と。署名は約2600人分も集まり、感動した店主が閉店の延期を宣言。銭湯は今、多くの人でにぎわっています。
 東京・信濃町の創価学会総本部がある場所にも、かつて「信濃湯」という名の銭湯があったそうです。営業していた時期は、昭和21年からの10年間。戦火で家を失った人たちのために地元町会が作ったもので、連日満員の大繁盛だったそうだったそうです。昼間や休日には集会場として活用され、子どもたちが紙芝居を見たり、婦人が民謡を踊ったりしていたという逸話もあります。
 人情味あふれる交流の場が今、世界中の人々が訪れる地となったことに、往時を知る方々も「不思議な縁を感じる」と語っています。毎夏、総本部の敷地で行われる信濃町商店振興会主催の盆踊り大会も盛況です。  

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2018年06月06日

人生には後になって

 今日は創価学会の初代会長・牧口先生の誕生日です。
 東京の大正小学校で校長を務める牧口先生を追放しようと圧力がかかりました(1919年)。これは権力におもねることなく、理想の学校運営を進める牧口先生に私怨を抱く者たちの謀略でした。心ある教員や保護者が留任運動に決起しましたが、結果は異動となったのです。
 だが、この異動がなければ創価の歴史は変わっていたかもしれません。牧口先生は転任先の西町小学校で、北海道から上京した若き戸田先生と出会ったのです。人生には後になって意味が分かることがあります。目先の結果に一喜一憂せず信念を貫く時、どんな出来事も意味あるものになるのです。  

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2018年06月05日

フローレンス・ナイチンゲール

 “白衣の天使”の象徴であるフローレンス・ナイチンゲール。彼女には「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である」との言葉通り、信念を貫く強さがありました。
 ナイチンゲールは莫大な資産を持つ英国のジェントリ(地主貴族層)出身で、豊かな暮らしを送っていました。しかし18カ月間の欧州旅行中、飢餓に苦しむ難民に遭遇したのです。 看護師は当時、下層階級の職業とされていましたが、彼女は家族の猛反対を押し切り、看護の道を使命と定めたのです。
 そこで病院の制度改革、看護教育の創設で地位向上に貢献し、“近代看護の母”と称賛されています。(リン・マクドナルド著『実像のナイチンゲール』現代社)
  

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