2014年11月30日

沖縄芝居

 沖縄芝居の著名な役者・仲田幸子氏を取り上げたドキュメンタリー映画「オバアは喜劇の女王」を知って見えますか。これは、沖縄戦を生き抜き、貧乏のどん底から這い上がった彼女の舞台人生を追った作品です。
 戦後、「笑い」で沖縄の人々の心に希望を与え続け、この道60年を超える彼女だが、笑いの陰で、激しい苦悩と戦っていた時期があります。相棒だった役者が他界するなどの暗い出来事に、生きることの辛さ、苦しさを味わったのです。さらに、ラジオの生放送を”ドタキャン”したエピソードも明かされています。
 舞台一筋の彼女を支えた言葉があるという。それは「サチコーの芝居を見るためには長生きしないといけない」と語った、90代の老婦人の声でした。”おばあちゃんたちのためにも芝居を頑張ろう”と思えた。そして、81歳になった今も、舞台に立ち「笑い」を届け続けています。  

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2014年11月29日

関門橋

 全長1068㍍で山口県下関市と北九州市門司区を結ぶ関門橋が、今月で開通41年を迎えました。開通当時、「東洋一のつり橋」「鋼鉄の虹」と称されました。
 橋の工事は1968年に開始。当時は珍しかったケーブル工事を行い、5年半に及ぶ大工事で培われた技術は、その後、世界最長のつり橋「明石海峡大橋」等に生かされました。現在も、1日に3万6千台が往来する交通の大動脈です。  

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2014年11月28日

四つのタイプの人

 「この世には四つのタイプの人がいる」と釈尊は言ったそうです。①自分のためにも他人のためにも奮闘しない人②人のために奮闘するが自分のためにはしない人③自分のためには奮闘するが他人のためにはしない人④自分のためにも他人のためにも奮闘する人――もちろん、最後の自他のために戦う人こそ、「最高にして至高の人である」(アンベードカル著『ブッダとそのダンマ』山際素男訳)
  

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2014年11月27日

11月にヒマワリが咲くそうです

 空気が冬に変わりゆくのを感じる毎日です。なんと滋賀県のある花畑では11月にヒマワリが咲くそうです。例年、この花畑では8月下旬に種をまき、紅葉シーズンに合わせて開花させるそうです。
 晩秋のヒマワリを見ても、不思議に違和感を覚えないそうです。生命を輝かせる姿は、見る者を喜びで包みます。花は、咲く姿それ自体がいとおしいからです。  

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2014年11月26日

人の道

 「情けは人の為ならず」との言葉があります。”情けをかけても、結局、相手のためにならない”という解釈は、間違いです。本来は”人のために尽くせば、巡り巡って自分によい報いがある”との意味なのです。
 日本にかつてあった、「恩送り」という言葉をご存知ですか。受けた恩を、さらに別の人に送る。そうして”恩の連鎖”を広げ、温かい社会をつくろうという考え方です。恩を受けた人に報いるのは人の道。加えて、励まされた人が、人を励ませる人に成長することが、真の「報恩の道」でしょう。  

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2014年11月25日

いい話

 ためになる話が聞けて、時間通りに終わる――この二つがそろえば、「いい会合だった」と思えるものです。しかし、せっかくの“いい話”も、冗長になっては感動も半減してしまいます。大勢の人を相手に話す時は、時計を気にするべきでしょう。
 だが、一対一で対話する時は話が別です。たとえ次の予定があるとしても、時計を見れば、「心ここにあらず」と相手は思ってしまいます。  

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2014年11月24日

土の恩恵

 茶色と黒だけと思ったら、ピンクやオレンジ、赤に紫、青や緑……日本の「土」の色は驚くほど多彩です。そして、土は思ってもみない所で、私たちの生活を支えている(栗田宏一著『土のコレクション』)
 例えば、白い土を混ぜた紙は、滑らかになって書きやすく、印刷もきれいになります。また、胃薬や化粧品に使われ、胃壁や肌を守ってくれるなど、効用は多岐にわたっています。しかし、辞書を見ると、土は「価値のないもの、いなか者」(日本国語大辞典)との意味もあるそうです。これは、存在が自然すぎて、その恩恵に気づかないということなのでしょうか。
  

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2014年11月23日

12通の手紙

 映画「100歳の少年と12通の手紙」に、こんな言葉があります。余命いくばくもないと宣告を受けた少年が、ピザ店の女主人に励まされ、1日を10年と考えて過ごすこと、そして毎日、手紙を書くことを約束しました。「100歳」の日の手紙に、少年は綴りました。“10歳や20歳のときには、どんな人でも人生を楽しめるけれど、100歳になったら頭をつかわなくちゃならない”と。
 しゃれた言い回しだが、確かに、人間は年齢や境遇がどうあれ、自分自身で希望をつくり出し、充実の生を生きる能力を持っているのです。  

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2014年11月22日

青年を触発する人

 吉田松陰は、体当たりで青年を触発する人であったと、伝えられています。松下村塾では、塾生たちに「教授は能はざるも、君らと共に講究せん」と語り、長机の中に分け入って談論。ある時は食事を共にし、外に出て一緒に運動することもあったそうです。
 講義の内容も自由自在。全国を歩いた冒険譚、海外渡航に挑んだ武勇伝……。彼が語る赤裸々な体験に、皆が魅了されました。特筆すべきは塾生の大半は、選りすぐりの秀才ではなく、近所に住む普通の若者たちでした。それが急速度に成長したのは、松陰が理屈で「教化」したからではない。自らの姿で「感化」したからであった(一坂太郎著『時代を拓いた師弟』第三文明社)  

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2014年11月21日

愚かな民主政治

 師弟は歴史を動かす底流となります。その一例。師ソクラテスを、アテナイの愚かな民主政治が死刑に処しました。弟子プラトンは「わたしが親しくしていた老ソクラテス、ほとんど何らのためらいもなく、当時の人びとのうちで最も正義にかなっていたと言いうるこの人」(内山勝利訳)と憤った。そして時を待ち、人を育て、哲人政治の理想を説いたのです。  

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2014年11月20日

岩波書店

岩波書店は1913年、東京・神田の古書店から出発しました。同社のマークは、画家ミレーの「種をまく人」を模したものです。これは、出版を通して”文化の種をまく”との思いなどを込め、創業者の岩波茂雄氏が定めたものです。
 ”私は、諸先生の研究なり、思想なり、芸術なりを、忠実に世に伝達した一配達夫に過ぎない”(『茂雄遺文抄』日本図書センター)と語った岩波氏。古今東西の名著を、市民に届ける「文化の配達夫」であることを誇りとしました。
 すぐれた思想や哲学も、それを学び、体現する人がいなければ、価値を生みません。次の世代に継承されなければ、歴史の”標本物”と化すのです。  

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2014年11月19日

あきらめずに

 米国の未来学者ヘンダーソン博士は、平凡な主婦だった時、ニューヨークの大気汚染との戦いを開始しました。周囲から〝主婦に何がわかる″と嘲笑されたこともありました。しかし、小さなグループから始めた運動は、大きく社会を変え、世界を動かしました。博士は「あきらめずに行動を続けていけば、状況を変えていくことができるのだ」と語っています。  

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2014年11月18日

師の言葉

 「私は人間と人間との関係の中で、一番好きなのは師弟の関係である」これは作家・井上靖氏の言葉です。氏の遺作『孔子』に、印象深い場面があります。
北の夜空を仰ぎ、孔子が考えている。「北辰、その所に居て、衆星、……」(北極星が、居るべき場所に居れば、他のもろもろの星は……)。しかし、その後に続く言葉が決まらない。「囲む」「迎える」「捧げる」――弟子たちは口々に言ったが、師の考えは「廻る」でした。
 「私には北極星を中心にして、他の星がその周囲を廻っているように思える」。師の言葉に弟子たちの胸は高鳴り、決意する。「廻るということは行動である。子の教えを、子の訓えを、中原のすみずみにまで行き亘らせねばならない」
  

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2014年11月17日

何階に住んでますか

 今年103歳になる医師・日野原重明さんが、研修医を指導した時のこと。間もなく退院する心不全の患者について、研修医たちは施した治療などを日野原さんに自信をもって説明しました。しかし、思いがけない質問が日野原さんから返ってきました。「この患者さんは何階に住んでますか?」と。研修医は皆で患者のもとに行き、尋ねると、自宅はエレベーターのない3階以上にあった。それは、心臓の働きがかなり良くなってからでないと、帰宅が難しいことを意味していた(『日野原重明 一〇〇歳』NHK出版)
 目の前に「病気がある」のではなく、「病む人間がいる」という感覚を持ってほしい、と日野原さんは言う。私たちの身に置き換えてみても、はっとさせられる言葉ではないでしょうか。  

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2014年11月16日

有効な手段

 多忙な日々に追われるうち、「それなりに頑張っている」と思い込み、気づかぬうちに惰性に流されてしまうのが、凡夫の常です。それを打破するためには、工夫がいります。日記を書くことを習慣にすることは、その一つの有効な手段でしょう。
 日記を残した古今東西の偉人はたくさんいます。。大文豪トルストイも、その一人です。約100年前の日記には、こう書かれています。「現在を大切に生きれば、それだけ、永遠の人生、不動の人生を生きることができる」と。  

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2014年11月15日

苦しみのない人は一人もいません

 人生を生きていく上で抱えなければならない苦労の総計というのは、大差はないのかもしれない。ただ、困難をどう受け止めるかは人によって違います。
 “人生は四苦八苦”と言われるように、苦しみのない人は一人もいません。仕事や病気、子育てなどさまざま。悩みに直面して、心が折れそうになる時もあるでしょう。だが、永遠に続くことはありません。
 ガンは僕の人生に起こった最良のことだ」と語ったのは、自転車プロロードレース選手のランス・アームストロングです。彼は生存率3%というがんを乗り越えて、世界最大の自転車レース「ツール・ド・フランス」で史上初の7連覇を達成しました(『苦難を乗り越える力』学習研究社)  

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2014年11月14日

地域を大切に

 秋の全国火災予防運動でも、対策の一つとして「お年寄りや身体の不自由な人を守るために、隣近所の協力体制をつくる」ことが掲げられています。せめて、他人の助けを必要とする人をご近所で守り合う体制だけでもできないものでしょうか。
 その前提となるのが信頼感のある関係を築くことでしょう。〝地域を大切に〟と願い、振る舞う努力を誠実に続けたいものです。  

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2014年11月13日

動かない

 日常生活が“不活発”になることが原因で、心身の機能が低下する「生活不活発病」があります。2004年の新潟県中越地震で、被災した約3割の高齢者の歩行機能が低下したことから、注目され始めました。
 これは、災害時だけに起こる病気ではありません。国立長寿医療研究センターの大川弥生部長は、“定年退職や転居などをきっかけに、「外の世界とのかかわり」が減ることでも、起こりえる”と指摘しています。その解決策として“「社会参加」が活発で、充実した人生を送ることで、自然に生活不活発病が予防されている状態が理想的”と訴えています(『「動かない」と人は病む』講談社現代新書  

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2014年11月12日

郭沫若氏

 中国科学技術大学の初代学長にして、中日友好協会の名誉会長でもあった郭沫若氏。〝希代の全体人間″と称された同氏が、かつて亡命していた千葉県市川に記念館があります。
記念館は老朽化が著しかった旧宅の一部を移築し、間取りをそのまま復元したもので、室内には、中日友好のために奔走する様子を紹介した写真パネルなどが展示されています。
 郭沫若氏に対しての、ある学者の言葉。「郭先生は、日本の指導的立場にある人たちの〝傲慢″な態度に対しては、本当に厳しかった」。その一方で「、庶民にはことのほか優しく、例えば、大阪を発つ時も、見送りにきていた名士を待たせたまま、まず車を運転してくれた人に対し、丁重に礼を言い、励ましていました」と語っています。
 権威主義や尊大な態度は、真実の知性の鍛えがない証左でしょう。世に横行する〝権威主義や傲慢″とは徹して戦い抜き、私心なき人間愛の暖流を、社会に送り続ける日々でありたいものです。
  

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2014年11月12日

郭沫若氏

 中国科学技術大学の初代学長にして、中日友好協会の名誉会長でもあった郭沫若氏。〝希代の全体人間″と称された同氏が、かつて亡命していた千葉県市川に記念館があります。
記念館は老朽化が著しかった旧宅の一部を移築し、間取りをそのまま復元したもので、室内には、中日友好のために奔走する様子を紹介した写真パネルなどが展示されています。
 郭沫若氏に対しての、ある学者の言葉。「郭先生は、日本の指導的立場にある人たちの〝傲慢″な態度に対しては、本当に厳しかった」。その一方で「、庶民にはことのほか優しく、例えば、大阪を発つ時も、見送りにきていた名士を待たせたまま、まず車を運転してくれた人に対し、丁重に礼を言い、励ましていました」と語っています。
 権威主義や尊大な態度は、真実の知性の鍛えがない証左でしょう。世に横行する〝権威主義や傲慢″とは徹して戦い抜き、私心なき人間愛の暖流を、社会に送り続ける日々でありたいものです。  
  

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