2015年06月30日

基本がしっかりしています

 独創的な仕事のできる人は、基本がしっかりしています。例えば芸能の世界でも、盤石な型を体得して初めて〝型破り〟ができるのであり、それを欠いては単なる“形無し”といわれる。独創と我流は違うのです。
 型、基本とは先人の成功と失敗の蓄積から抽出された「これだけは必要」というエッセンス(精髄)。これに学ばない手はない。その土台の上に、さらなる高みを目指す努力が、創造する「力」を生むのです。  

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2015年06月29日

人を知る

 「己を知る」ことは難しい。ましてや「人を知る」ことは容易ではありません。相手の個性を認め、良さを見いだしていく努力が必要になるからです。
 映画監督の山田洋次氏が、著書『「学校」が教えてくれたこと』(PHP研究所)で、養護学校を定年退職した校長の言葉を紹介していました。「教師は教室のゴミになれ」。きつい表現ですが、目立たず、じっと子どもを観察すれば、今まで見えなかった子どもの良さが分かるようになる、ということです。
 特に知的発達の遅れた子の場合、症状の現れ方は一人一人違います。“その子どもがどう悩み、何に怒り、何をすれば喜ぶのか。子どもから教えてもらう気持ちが大切”と、校長は言っています。
 「人が自分を知ってくれないことを気にかけないで、人を知らないことを気にかけることだ」(金谷治訳)と、『論語』にはあります。  

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2015年06月28日

師の偉大さを証明してみせる

 「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」。こう伊藤博文が評した幕末の志士がいます。その志士とは高杉晋作です。
 文久3年(1863年)、晋作は師・吉田松陰の墓を罪人用の小塚原から別の地に改葬しました。その墓前で、彼は誓いの詩を詠んでいます。「自ら愧ず/未だ能く/舊寃を雪ぐ能わざるを」――“私は自らを恥じている。いまだに師の仇討ちを果たしていないからだ。必ず果たしてみせる”。晋作の群を抜いた行動力の源泉――それは、この師の仇を討ち、偉大さを証明してみせる、という執念であったのです。  

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2015年06月27日

幸福について

 幸福について考えさせられる話があります。フランスの哲学者ディドロのエッセーにちなんだ「ディドロ効果」です。一つ高価な物を所有すると、それに見合う高価なものをそろえたがる消費行動のことです。
 彼は、ある日、友人から見事な緋色のガウンをもらった。歓喜もつかの間、ガウンを着て過ごす書斎が気になりだし、身なりに見合う新しい品を一つ一つそろえた結果、かえって居心地が悪くなった。最後はガウンをもらったことを後悔したという(「私の古い部屋着に対する愛惜」)
 物欲などの「相対的幸福」は際限がなく、追い求めても、何が「幸福」なのか分からなくなります。一方、極限の「いのち」への感謝は、自らが輝き、友を照らします。その生き方を貫く人は「幸福」なのです。  

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2015年06月26日

ジャッキー・ロビンソンの番号

 野球で永久欠番といえば名選手をたたえるものですが、米メジャーリーグには全球団が欠番とする番号があります。「42番」。黒人選手第1号のジャッキー・ロビンソンの番号です。
 1940年代の米国。人種差別は激しいものでした。マスコミの意地悪、対戦相手のやじや挑発、加えて、同僚からも無視、敵視……。彼の我慢は限界に達しそうだった。殴りつけようと何度も思った。しかし、それは自分だけでなく、黒人がメジャーリーグで戦う夢をつぶすことを意味していた。彼は耐え、活躍を続けました。
 ひたむきなプレーはチームメートを変え、観客を変え、球界を変えました。他球団も、優れた黒人選手を採用するようになったのです。「大きくなったら、ジャッキー・ロビンソンのような素晴らしいプロ野球選手になりたい」。球場で観戦する白人の少年が言った。どんな嫌がらせにも泣かなかった彼も、それを伝え聞いたとき、大粒の涙を流しました。(近藤隆夫著『ジャッキー・ロビンソン』汐文社)  

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2015年06月26日

ジャッキー・ロビンソンの番号

 野球で永久欠番といえば名選手をたたえるものですが、米メジャーリーグには全球団が欠番とする番号があります。「42番」。黒人選手第1号のジャッキー・ロビンソンの番号です。
 1940年代の米国。人種差別は激しいものでした。マスコミの意地悪、対戦相手のやじや挑発、加えて、同僚からも無視、敵視……。彼の我慢は限界に達しそうだった。殴りつけようと何度も思った。しかし、それは自分だけでなく、黒人がメジャーリーグで戦う夢をつぶすことを意味していた。彼は耐え、活躍を続けました。
 ひたむきなプレーはチームメートを変え、観客を変え、球界を変えました。他球団も、優れた黒人選手を採用するようになったのです。「大きくなったら、ジャッキー・ロビンソンのような素晴らしいプロ野球選手になりたい」。球場で観戦する白人の少年が言った。どんな嫌がらせにも泣かなかった彼も、それを伝え聞いたとき、大粒の涙を流しました。(近藤隆夫著『ジャッキー・ロビンソン』汐文社)  

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2015年06月25日

阪東妻三郎

 無声映画から音声付きのトーキー映画に時代が移ったとき、“阪妻”こと、阪東妻三郎の甲高く細い声にファンは失望したという話が残されています。
 “阪妻”はその後、ボイス・トレーニングを重ねましたが、無理がたたって、しゃがれ声になってしまったそうです。だが、このほうが凄みが出ると、その独特な声で人気を博していったそうです。
 降り掛かった不運を“どうして私が”と嘆くか、“今の私だからこそ、できることがある”と転換できるか。捉え方次第で心が変わり、その瞬間が人生の分岐点にもなり得るのです。  

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2015年06月24日

仏法の「依正不二」の視点で見れば

 レイチェル・カーソンの環境問題の古典『沈黙の春』が、米国の雑誌に掲載されたのは、1962年6月のことです。半世紀を経ても同書が色あせないのは、「自然破壊への警告」を超えて、「あるべき人間の生き方」を問いかけるからでしょう。人間と環境は影響し合うという仏法の「依正不二」の視点で見れば、環境破壊は、すなわち人間の驕りの表れです。一方、自然との共生は、よりよい生き方を開いていくのです。
 作家の野添憲治氏がまとめた『聞き書き 知られざる東北の技』(荒蝦夷)に、銘木づくりの匠の話があります。加工後の利益を見込んで丸太を買う。まれに値踏みが外れることがある。その際、反省すべきは損をした時ではなく、想定外の利益を出した時だという。
 人間が生きる何倍もの時を、大地に根を張り、風雪に耐えてきた木と向き合えば、おのずと畏敬と謙虚の念が生まれる。その木から不相応な利益を得ることに、恥ずかしさを覚えるのだと、銘木づくりの匠はつぶやいています。  

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2015年06月23日

誓い

 「いはまくら/かたくもあらん/やすらかに/ねむれとぞいのる/まなびのともは」――固い岩場で亡くなったのは、さぞつらかったでしょう。心安らかに眠ってほしいと学友たちは願っています。と解釈できます。これは、「ひめゆりの塔」の脇に立つ歌碑に刻まれた歌です。
 沖縄戦で多くの女学徒の命が奪われた「ひめゆり学徒隊」に、隊の引率教師だった仲宗根政善氏が「生き残った私たちが、平和の尊さを訴えていきます」との誓いを込め、詠み贈りました。
 平和のために生涯を懸けた氏は、日記に綴っています。20万余の死の思いを忠実に伝えることは「生きている人間にとっては不可能に近い。しかし如何にしてこれを可能に近づけるかが、もっとも重要なことである」と。  

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2015年06月22日

デジタルデトックス

 「デジタルデトックス」に取り組む人や企業の動きが広がっています。デトックスとは「解毒」の意味です。これだけデジタル機器に囲まれた生活になると、一定時間、意識的に機器から離れ、自分を見つめたり、作業に集中すること、そして、人と向き合って、じっくり語り合う時間を取ることが必要になってきます。
 今日の情報社会は、グラハム・ベルによる電話の発明のころにさかのぼるともいえますが、彼が電話で友人に送った第一声は「こっちへ来てくれ。話がある」だったそうです。いかに情報手段が発達しても、いな、発達すればするほど、「一対一の触発」が大切です。  

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2015年06月21日

人生の原点

 ミャンマーやカンボジアなどで、1万人以上の幼い命を救い続けてきた医師・吉岡秀人氏。生命の危機に直面するアジアの子どもたちの養育施設を運営するほか、東日本大震災では、多くの医療従事者を派遣し、支援し続けました。
 氏の人生の原点は、中学時代に見聞した、飢餓に苦しむアフリカの人たちの姿。そして、医師を目指した理由は、「利他的本能」という。設備も医薬品も乏しい外国での活動は、困難も並大抵ではありません。
 それを一つ一つ克服してきた氏は述べています。「(課題への)自信喪失の原因は、けっして目の前の困難ではない。できないという勝手な思い込みが、心を萎縮させているにすぎない」(『救う力』廣済堂出版)と。  

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2015年06月20日

朝活

〝就活〟〝婚活〟に加えて、最近では〝朝活〟という言葉を耳にします。早起きして、出勤前の時間を勉強や趣味など〝自己充実〟の活動にあてるビジネスマンや OLが、都市部を中心に増えているそうです。
 昔から「早起きは三文の徳」といいます。銭三文は、現在の貨幣価値に換算すると数十円程度です。だが、たとえわずかでも、早起きして動けば、何かを得られます。まして毎日持続すれば、大きな〝財産〟になる事でしょう。最近の朝活ブームは、そうした「地道な努力」の再評価ともいえます。  

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2015年06月19日

「余命」何カ月

 末期患者への医療に取り組む施設での話です。「余命」何カ月と宣告された人にとって、残りの人生は「余り」ではありません。一日一日、大切にしたいとの思いで、 皆、生きているのです。
 施設では、患者の「心の底の希望」に耳を澄まします。特に、普段の茶飲み話が大切だそうです。「医師」「看護師」対「患者」でなく、友人同士としての 会話なのです。
 ある時、男性患者がポツリ。「事情があって結婚式はやってない。妻に悪くて、心残りだ」。かなわぬ夢と、心の奥にしまっていました。施設は家族・医師・ 職員が総出で、結婚式を行うことになりました。花嫁衣装の着付けは、ボランティアがしてくれたそうです。他の患者も設営を手伝いました。本人には当日まで「仮装大会」と知らせました。当日、 本当の結婚式と知った時の喜びは、どれほどだったか。今、告知された余命を超え、命を輝かせて生きているそうです。  

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2015年06月18日

天王山

 勝敗の重要な分岐点のことを「天王山」といいます。これは1582年6月、羽柴(豊臣)秀吉が明智光秀を破った「山崎の戦い」を淵源とする言葉です。
 秀吉は毛利勢との戦から身を翻し、電光石火の進撃で、本能寺に散った主君・信長のあだを討ちました。勝負を決したのが、山崎にある天王山だった。ここは、京都と大阪を結ぶ要衝。この山を制し、形勢を逆転したのです。
 作家・吉川英治は、この戦いの秀吉を生き生きと描いています。「敵の中に自己の中軍を置いたとも云い得るほど、大胆なる積極性をその馬印に掲げて、前進また前進、一歩たりと、退くことをしなかった」。秀吉に語らせる。「かくの如き時は生涯二度とはありませぬ」「時を逸して悔いを千載にのこし給うな」(『新書太閤記』講談社)と。  

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2015年06月17日

良き友の存在

 良き友の存在は、人生の苦悩を和らげ、喜びを倍加します。吉田兼好は『徒然草』に「よき友」の3例を挙げています。「一つには、物くるゝ友。二つには医師。三つには、智恵ある友」と。つまり、財をもたらす友、健康を助ける友、心を豊かにする友で、御書に照らせば、順に「蔵の財」「身の財」「心の財」を与えてくれる存在といえるでしょうか。
 徒然草の文は「三つの友」のうち、どれが大切かを挙げていませんが、日蓮大聖人は「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」(創価学会版・御書1173㌻)と明言しています。
 「蔵の財」や「身の財」は、いつかは消えます。だが、正しい人生を生き抜いた人の積んだ「心の財」は永遠に壊れないと、仏法は教えています。  

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2015年06月16日

木いうのは人間に似てます

 「木いうのは人間に似てます」――宮大工棟梁の西岡常一氏の言葉です。木のクセは、育った環境でそれぞれ。そのクセや性質を生かして、組み合わせていくという。
 独学で建築を学び、世界的に活躍する建築家の安藤忠雄氏。「集まりくる人々の心と心をつなぎ、感動を刻み込むのが建築の真の価値」と語る。そこに住む人々の幸せを頭に描くことから、氏の仕事は始まります。
 建物を造る敷地にも、それぞれ“性格”があり、一つとして同じ条件はありません。その敷地の個性を的確に読み取り、計画や設計に生かしていく。「建築をつくる行為は、人を育てることに似ている」と、安藤氏は語る(『安藤忠雄 仕事をつくる』日本経済新聞出版社)  

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2015年06月15日

島豆腐

 沖縄の人々が「島豆腐(沖縄の豆腐)を週1回以上購入する」と回答した県民が9割――内閣府の沖縄総合事務局が行った意識調査の結果です。チャンプルーなどに使われ、沖縄料理の食材を代表する島豆腐には、こんな歴史があります。
 この島豆腐は昭和47年の本土復帰の折、食品衛生法で水にさらして販売することが義務づけられました。だが2年後には、温かいままの販売が特例で認められるようになりました
 法律に基づく方法では、アチコーコー(熱々)で食べる独特の食文化の維持は困難になるなど、当時の消費者や関係者らが国に陳情した結果でした。良質のタンパク質を含み、栄養価に優れた島豆腐。こうした伝統の健康食を守る努力が、今日の「健康長寿の島」への評価につながっています。  

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2015年06月14日

東京・信濃町

 先の戦争が激化し、統制が強まる中、創価学会(当時、創価教育学会)が「信教の自由」を貫く人権闘争を繰り広げた地が東京・信濃町でした。
 この布教活動が具体的事由の一つとなり、戸田会長は昭和18年7月、治安維持法違反ならびに不敬罪容疑で逮捕・投獄される。同月、牧口初代会長も捕らわれの身になりました。しかし、獄中での過酷な取り調べ弾圧に一歩も引かず、牧口会長は殉教したのです。
 信濃町駅のほど近くには「5・15」事件の凶弾に倒れた犬養毅首相の私邸がありました。「2・26」事件では、信濃町周辺の斎藤実内大臣の家に反乱部隊が乱入。駅の南に広がる神宮外苑では、牧口・戸田会長の逮捕3カ月後、学徒出陣の壮行会が行われたのです。
 暗い軍靴の足音と、崇高な恩師の人権闘争の歴史を刻む信濃町に、創価学会の総本部が建っています。それは不惜身命の魂を継ぎ、妙法という「平和の種」を広げた池田名誉会長と、共戦の同志の奮闘によって築かれる「師弟の大城」であり、世界平和の大殿堂なのです。  

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2015年06月13日

バナナを食べる

 サッカーの歴史は、暴力と差別との戦いの軌跡でもあります。昨年4月、スペインでこんなことがありました。
 「バルセロナ」に所属するブラジル代表のダニエウ・アウベス選手に、試合中、人種差別の悪意を持った観客からバナナが投げ入れられました。すると同選手はそれを拾い上げ、悠然とほお張った。見事な機転と知恵で、愚かな差別行為を葬ったのです。
 このプレーに世界が喝采を送り、ネイマール(ブラジル)、アグエロ(アルゼンチン)ら名手がバナナを食べるなどして連帯を表明しました。「私たちはみんな同じ」と。  

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2015年06月12日

日記とは

 文豪トルストイは、18歳のころから、亡くなる82歳まで膨大な日記を書き残したことで知られています。「自分の能力の発達を研究している今は、日記によってこの発達の過程を判定することが出来よう」(『トルストイ全集18』中村融訳、河出書房新社)。そう18歳の時につづった。文豪にとって日記とは、自身を見つめ、日々成長するための欠かせない作業だったのです。  

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