2013年01月31日

“分かっているつもり”が危ない

 歴史学者の故・阿部謹也氏は大学時代、尊敬するゼミの担当教授に大きな影響を受けました。教授は学生の報告に、いつも“それで何が解ったことになるのか”と問いかけたそうです。以来、阿部氏は読書などの際に、“それで何が解ったことになるのか”と、そう自問し続けたという事です。
 教授いわく“解るとは、それによって自分が変わること”。ただ「知る」のではない。徹底して思考を深め、研究対象の本質に迫っていく。心からの納得は、自身をも変える力を持つ、という意味であろうと論じたそうです。
 この恩師の言葉を踏まえつつ、阿部氏は「一見解っているように思われることでも、じつは何も解っていない」ことがしみじみ実感された、と述べている(『自分のなかに歴史をよむ』ちくま文庫)
 人はともすれば、表面だけを見て物事を判断してしまう。この“分かっているつもり”が危ない。成長への道を、閉ざしてしまっているかもしれないからです。  

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2013年01月30日

〝喜んで〟

 いまから601年前の1月、フランスに〝救国の乙女〟が生まれました。ジャンヌ・ダルクです。ジャンヌ・ダルクに対して人々の証言を集めると、彼女は「皆と同じ」平凡な少女だったとようです。では何が違ったか。彼女に関する証言の中に目立つのは「〝喜んで〟という言葉」だと研究者は指摘しています。「彼女は〝喜んで〟働き、いろいろな仕事に没頭」「家畜の面倒を〝喜んで〟みていた」と(R・ペルヌーほか著『ジャンヌ・ダルク』福本直之訳、東京書籍)  

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2013年01月29日

鐘を鳴らすんだ

 日本画の巨匠・平山郁夫氏が、最後の著書に、大伯父(美術工芸の第一人者・清水南山)から贈られた言葉を書き残しています。「先生というのは梵鐘みたいなものだ。たたけばいい音が出るが、たたかなければ鳴らない。だから自分から求めていって、どんどん鐘を鳴らすんだぞ」と。
 これは平山氏が東京の美術学校に進学するため、故郷を離れる時にかけられた言葉です。平山氏は、「自分からどんどん鐘を鳴らしていくことで、道は開けてくるのです」と綴っています(『ぶれない』三笠書房)  

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2013年01月28日

後悔には2種類あるそうです

 後悔には2種類あるそうです。「何かをしてしまった後悔」と「何かをしなかった後悔」です。著述家の内田樹氏は、“しなかった後悔”の方が「私たちの心を長い時間をかけて酸のように浸食して、私たちを廃人に追い込む」ものだと述べています(『子どもは判ってくれない』洋泉社)
 何かをなそうとするには、前向きな一歩、決断が必要です。それは諦めや臆病とのせめぎ合いでもあります。  

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2013年01月27日

選択的知覚

 企業の不祥事、重大な事故の報道が毎日のようにあります。それらが起きた後には、問題を傍観してきた関係者が、しばしば非難されています。しかし、そうした報道に接して、私達は「けしからん」と怒るだけでは生産的とはいえないと思います。「見て見ぬふり」は、人間に本来備わる特質から来ており、その意味で、自分自身の問題だからなのです。
 「選択的知覚」という言葉があります。「人間は、情報をそのまま受け取るのではなく、自身の信条・関心・経験に添うものだけを都合よく選択して認識する」という意味です。具体的に言えば、現実に起きていることでも「見たくない」ものは「見えない」のと人間は選択するのです。
 そういった意味で、あらゆる組織が馴れ合い、先送り、事なかれ主義と無縁でない理由がここにあります。問題はあるが、取りあえず組織は動いている。問題を指摘すると孤立するかもしれないし、人間関係など、自分の生活にストレスがかかる。そうして重大な問題も見過ごされ、限界点で“破裂”するわけなのです。  

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2013年01月26日

無視と不作為

 今から52年前の1961年。ベトナム情勢は緊迫していました。"いずれ世界を震撼させる事態になる"当時、そう進言する識者らの声を米国首脳は一蹴しました。やがて勃発したベトナム戦争は泥沼化へ。米国は対外的にも国内的にも大きな痛手を負ったのはご存知のとおりです。“ほかに大きな問題があるのに、小さなことに関わっていられない”。当時の首都ワシントンには、こうした空気が蔓延していました。
 ジャーナリストのハルバースタムは、名著『ベスト&ブライテスト』(朝日文庫)で、米国がベトナム問題への対処を誤った原因の一つに、この「無視と不作為」を挙げています。小事をおろそかにすると、大事を見失う。これは万般に通じる鉄則です。事故、病気、仕事の失敗等々、これらにも必ず小さな前兆があります。それを見逃さず、的確に対処する姿勢が、勝利と成功には欠かせない対処方法です。  

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2013年01月25日

幸福感

 大震災を経験し、幸せの在り方を見直す機運が日本社会に広がっています。「絆」という言葉の“再発見”しかり。はや2年前になりますがブータン国王夫妻の来日が話題を呼んだのも、この国が国づくりの指標とする「国民総幸福量」と関係している事でしょう。
 心理学でも「幸福とは何か」という研究テーマが近年、話題だそうです。それについて、こんな実験が紹介されていました。集団を三つに分け、それぞれ9週間、①感謝したこと②面倒だったこと③起こった出来事、を記録させます。最も満足度が高く、かつ健康状態も良いのは「感謝したこと」を記録する集団でした。また、「人に親切にしたこと」を記録するグループと、何もしないグループでは、前者の方が幸福感が高かった(『幸せを科学する』大石繁宏著、新曜社)そうです。一方、幸福感の低い人には、他者と比較して自己評価を下す傾向が強いことも、同書では紹介されていました。

幸せを科学する http://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/978-4-7885-1154-5.htm  

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2013年01月24日

60

 大学を出て60歳で会社を定年になった人の「働いた時間」と、後の人生で「自由に使える時間」は、85歳まで生きるとすると、ほぼ同じになるそうです。「60」はまさに、人生の折り返し点ともいえます。
 書店に出向くと、老後の過ごし方のマニュアル本が増えた実感があります。健康の維持、生活設計はもちろん、残り半分の人生を何に使うかという「生き甲斐」の問題は、超高齢社会を考える不可欠の視点でしょう。
 2年前に100歳を迎えた聖路加国際病院の日野原重明理事長は、人生は50歳や60歳で前半・後半と分かれるものではない、と語っています。「ハーフタイムは、だんだんあとにきます。そして、あとにくる人生のほうが濃縮するのです」(『100歳のことば100選』PHP文庫)いよいよこれからだ――いくつになっても、そう思える人生は幸せです。  

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2013年01月23日

葛飾北斎

 世界の美術史の上で、画期的発見がありました。フランス国立ギメ東洋美術館に所蔵されていた絵画が、葛飾北斎の直筆であることが鑑定された事です。北斎は、90歳で没するまで絵を描き続けました。鑑定された絵は「龍」が描かれていますが、「九十」という文字が記され、90歳、最晩年の筆と判明しました。
 北斎には「雨中の虎」という傑作があります。今回の「龍」と並べてみると、にらみあっていました。何と龍虎の一対を完成するために、最晩年に龍を描いたのです。巨匠の人生の完成にふさわしい絵画ですね。  

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2013年01月22日

今のあなたに夢はあるでしょうか?

 子どものころ、誰しも夢を見ます。お尋ねします、今のあなたに夢はあるでしょうか? 夢は人間にしか見られない特権でもあります。夢に生き抜いた人は輝いてみえます。夢の無い人、夢を見ましょう。
 福岡県のある高校では、「ドリカム(夢の実現)プラン」と名付けたキャリア教育で、全国に先駆けてきているそうです。学校は一人一人の生徒が自らの夢を持ち、人生を自律的に行動できる生徒の育成を目指し、その為に学校が一流の人物、本物に接する機会を提供します。1年生はおぼろげですが2、3年生になると、はっきりとした夢を描くようになってくるそうです。目指す方向が決まると、勉強にも強い意欲を持つようになるそうです。もちろん、全ての人が夢を実現できるわけではありません。しかし、そのために積み重ねた努力は消えないし、一生の宝となって自分自身を飾る事でしょう。
 哲学者ニーチェは語っています。「諸君はあらゆることに責任をとろうとする! ただ諸君の夢にだけは責任をとろうとしない!」(茅野良男訳『ニーチェ全集7』理想社)。  

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2013年01月21日

人生観を映し出しているともいえます

 パソコンや携帯メールで文章を打ち込む際、使いたい漢字が出てこなくて、いら立つことを経験された人は多いでしょう。漢字変換のソフトには、“使用頻度の多い字から変換候補として表示される”学習機能が付いています。変換候補の表れ方は、それを使用する人の仕事、関心事、ひいては人生観を映し出しているともいえます。
 考えてみれば、私たち一人一人の人生は、日々の“選択”の積み重ねから成っています。例えば、新たな課題にぶつかった際に、真正面から挑戦するのか、理由をつけて避けようとするのか。一つ一つの“選択”は小さくても、積み重なれば、大きな「生き方の違い」となって現れてくることでしょう。
 易きに流れがちなのが人間の常です。それを挑戦の方向へ切り替え、“人生の坂”を登はんするための支えこそ、自分自身の確固とした思想、価値観にほかならないと私は思っています。  

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2013年01月20日

「つらい」と「しあわせ」を漢字で書くと

 「つらい」と「しあわせ」を漢字で書くと、「辛」と「幸」となります。「辛」と「幸」との成り立ちは違いますが、「辛」の上部に一本、横棒を足せば「幸」になることから、詩人・星野富弘は「もう少しで幸せになれそうな字」と歌いました。
 人と生まれて、病気、挫折、事故、災害など大なり小なり試練に見舞われるのが人生の常です。しかし、じっと苦難が通り過ぎるのを待つばかりでは、心が辛さに凍て付いてしまう。大切なのは反転攻勢。どう勝ち越えていくかが大切です。  

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2013年01月19日

 城の多くは個性的な別名を持ちます。兵庫の姫路城は優美な「白鷺(しらさぎ)城」。隣県の岡山城は「烏城」と親しまれ、剛健な黒さが強調されています。白と黒を併せ持つのが、島根の松江城。天守閣の美観から「千鳥城」ともいわれています。古来、築城には人柱の悲しい伝説がつきまとっています。松江城にも、そうした話があり、作家・小泉八雲が書き残しています。
 その一方、松江城の天守には、他の城には例のない「寄木柱」という強固な柱が百本以上、現存しています。これは、松の一本柱の周囲を板で寄せ合わせて囲み、かすがいで留め、金輪で締めて太い柱にしたもの。通常の柱より強度が優れるそうです。  

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2013年01月19日

中心者の率先の行動

 巨人V9時代の敵将の一人・野村克也氏は、巨人の9連覇の最大の原動力として、王、長嶋両氏の野球への姿勢を挙げています。理由として、王氏は球界を代表する本塁打王となっても毎日、師匠の下で素振りを重ねた。長嶋氏も血を吐くほどの努力を貫いたという事実を挙げて。
 当時の控え選手が野村氏に語ったそうです。「王、長嶋は“鏡”だった。練習でも目一杯やる。だから自分たちも、うかうかしていられない。」彼ら以上にやらねばならなかった、と(『巨人軍論』)。二人のひたむきさは、成績以上の影響をチームに与えていたのは巨人の9連覇が証明しています。
 「力ある人」が、さらに努力する。それにより周囲も大きく鼓舞されます。その意味で、中心者の率先の行動が大切です。その情熱、執念は、組織全体の前進の力となる事でしょう。  

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2013年01月18日

富士

 古来、富士に感化されたというエピソードはたくさんあります。約100年前、日本最初の公害とされる足尾鉱毒事件に抗議し、正義のペンをふるった明治の女性記者・松本英子さんも、その一人です。
 彼女は幼少の頃、教育者の父に手を引かれ、故郷の千葉・木更津の小高い場所から富士を見せられました。帰宅後、父は、きょう見た富士を絵に描きなさいと筆を執らせたそうです。それが何回も続いたそうです。後年、彼女は、今思えば、父は「此の富士の高き気風に感化されよ」との心であったのだろうと述べています(府馬清著『松本英子の生涯』昭和図書出版)
 彼女は公害と戦った後、渡米し第1次世界大戦に反対を唱え、最後までペンによる非戦のための闘争を続けました。その心にきっと、父と見た富士の雄姿があったことでしょう。  

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2013年01月18日

単語がないそうです

 オーストラリアの一部住民が話す言語には、「前後左右」にあたる単語がないそうです。自分を中心に位置関係を表す習慣がなく、あるのは「東西南北」という座標軸だけなのです。
 例えば、「机の左に」は、北向きに座る人なら「机の西に」、南向きに座る人なら「机の東に」という言い方になるそうです。不便と思いますが、現地の人々にはこの表現が自然であり、そういう文化の中に生きているのです。  

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2013年01月17日

最後の一人のため

 トーマス・フリードマンは、3度のピュリツァー賞に輝くジャーナリストです。昨年、米ニューヨーク・タイムズ紙に氏が寄稿した記事を紹介します。
 IT(情報技術)先進国インドを牽引するインド工科大学が、全学挙げて取り組んでいる新技術についての記事です。新技術の目標理念は「最後の一人のため」。取り組む分野は日本でも流行の「タブレット」と呼ばれる板状のコンピューターです。しかし価格は10分の1。さらに、政府の援助を使うと、1日100円程度で暮らす貧しい人々も、手にすることができるそうです。
 「最後の一人のため」とは「最も貧しい人のため」の意味です。さまざまな理由で、学校教育を受けられない子どもたちが、自宅で授業を受ける。貧しい商人も、平等に最新の経済情報を得る。「変化する歴史の響き」が聴こえる、とフリードマンは記しています。  

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2013年01月16日

石の中に女神

 こんな逸話があります。ある時、友人と散策していたミケランジェロが、草原に大理石を見つけて叫んだそうです。”この中に女神が生け捕りにされている!”。友人は呆気に取られましたた。ミケランジェロはその後、アトリエで丹念に鑿を振るい、見事な女神の像に刻み上げたそうです。 これは、下村湖人の名作『次郎物語』に出てくる。主人公の少年・本田次郎に、彼の慕う朝倉先生が語った逸話です。
 この話を通して、朝倉先生は周囲と衝突しがちな本田少年を諭した。人間の本心はみな美しい。例外はない。ミケランジェロが石の中に女神を見たように、相手の外見にとらわれず、心の美しさを見いだせるか。それには自分の心を磨くしかないのだ、と朝倉先生は少年・本田次郎に語りかけています。  

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2013年01月15日

北の鉄人

 「北の鉄人」と呼ばれた新日鉄釜石ラグビー部が7連覇を達成したのは1970、80年代の事です。当時、日本選手権決勝は「成人の日」だった1月15日に開催されていました。グラウンドに君臨する鉄の男たち。スタンドには、晴れ着姿の新成人と色とりどりの大漁旗。そんな新春の風景が、かつてありました。
 釜石で日本初の近代製鉄が成功したのは、今の暦でいうと1858年の1月15日です。鉄の歴史に灯がともった日と、そこで鍛える男たちの輝いた日々の符合が、感慨深いですね。
 いまだ震災の傷痕が生々しい岩手のJR釜石駅前で、一昨年末に設置された鐘を市民が打っています。鐘の四方には「復興」「鎮魂」「記憶」、そして「希望」の文字。思いを乗せた鐘の音が、何度も何度も街に響いています。  

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2013年01月14日

 受験シーズン真っ最中です。心温まるいい話です。福島県の中学生が、東京の高校受験に挑戦しました。あこがれのキャンパスを目指し、真剣に勉強を重ねてきました。
 前日、母と上京。ところが、宿泊先で体調を崩してしまいました。彼女はやりきれなさに泣いて、母にあたりました。心も体もボロボロになり、眠れない。そのとき、母がやさしく手を握ってきたそうです。この愛情に包まれた安堵で眠れたそうです。
 翌日、試験の小論文のテーマは、なんと「手」でした。彼女は、昨晩の出来事をつづりました。「母のおかげで、私は今、こうして書いています。ありがとう」と。
 人は、ときに手を介して、百万言を費やす以上に勇気づけられることがあります。彼女は、高校・大学を卒業後、現在は故郷で働き活躍しているそうです。  

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