2017年04月30日

古典(クラシック)」

 「古典(クラシック)」という言葉は、ラテン語で「艦隊」の意味を持つクラシスに由来するそうです。つまり国家を守る艦隊のように、人生の危機にあって精神の力となる書物や作品を古典と呼ぶようになったのです。哲学研究者の今道友信氏が『ダンテ「神曲」講義』(みすず書房)で紹介しています。
 ダンテは、愛する人との死別と故郷フィレンツェからの追放という二重苦の中で『神曲』を完成させました。以来、700年間読み継がれ、難解ではあるが、苦難と戦う人々の光となってきました。この1万4千行に及ぶ叙事詩を貫くもの。それは逆境にあっても断じて屈しない、人間の意志の力への信頼ではないでしょうか。ダンテは綴っています。「再び立ち上がれ、そして勝つのだ」(今道訳)と。
 『神曲』は師ウェルギリウスと弟子ダンテの師弟の物語でもあのます。試練の山を越えるため、自らを引き上げる師の存在が不可欠であることを詩人は知っていたのです。  

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2017年04月29日

アウトリーチ

 アウトリーチとは、福祉分野の用語で、英語で「手を差し伸べる」の意味です。従来の福祉は、援助を求めてきた人に対応する「申請主義」が中心でした。それに対しアウトリーチは、自分が支援の必要な状態だと自覚していない人、支援を受ける方法が分からない人の所へ、援助者のほうが直接出向いて、手を差し伸べる在り方を指します。
 災害時においても、こうした姿勢が何より必要でしょう。ただし、押し付けと受け取られないよう、「被災者の視点」を見失ってはなるまい。時には、じっと見守ることが、被災者の安心になる場合もあるからです。  

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2017年04月28日

苦に徹すれば珠と成る

 戦国時代きっての名軍師と言われている黒田官兵衛。その官兵衛33歳のころ、織田信長に反旗を翻した武将のわなに陥り、1年間、牢獄につながれました。暗がりで耐える失意の天才を励ましたのは、獄窓から見える藤の花。出獄した官兵衛は、豊臣秀吉のもとで、才能を一気に開花させ、天下統一を助けていったのです。
 その数奇な生涯を、武者小路実篤、坂口安吾、菊池寛、司馬遼太郎ら、多くの文人が題材としました。吉川英治氏は、彼が家紋を「藤巴」に改めた理由を、こう語らせています。「心に驕りの生じたときは、すぐ伊丹の獄窓を思い出すように、と希う心からでござります。――あのころ、日々、仰ぎ見ては、心に銘じた獄窓の藤花こそ、申さば官兵衛の生涯の師」と。小説『黒田如水』の最後の場面です。
 山があれば、必ず深い谷がある。喜びばかりという人生はありません。必ず辛酸をなめる時があります。その時に見たもの、感じたものを忘れず、自分を磨き続ける糧としていけるか。そこに、輝きの人生を送る鍵があるのです。
 吉川氏の有名な言葉”苦に徹すれば珠と成る”には、そんな意味も込められているのでしょう。  

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2017年04月27日

鯉のぼり

 「日本の空の長さや鯉のぼり」(落合水尾)。薫風に吹かれて、鯉のぼりが、にぎやかに泳ぐ季節になりました。この風習は滝を登り切った鯉は偉大な竜となる――中国の故事「竜門の滝」にならい、子らの健やかな成長を願って掲げます。
 子どもの幸福を祈っても、実際にどう接するかとなると、頭が痛いものです。心理学者の故・河合隼雄氏は「大人が真剣に子どもに接している限り、非常に大切なことを子どもから教えられる」と記しています(『おはなし おはなし』朝日新聞社)
 大人といっても完成された人間ではありません。上から「教える」態度でなく、誠実に向き合えば、大人にも成長のチャンスになるのです。  

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2017年04月26日

エル・システマ

 南米ベネズエラで誕生した音楽教育活動「エル・システマ」。これをユネスコなども評価し、現在、50を超える国々で展開されています。
 エル・システマは単なる音楽教育ではありません。子どもたちが音楽で自分を表現し、仲間と美しい旋律を作る。その作業の中で、一人一人が掛け替えのない存在であることに気付く。子どもが自信を持って生きることで、家庭も地域も変わる――ここに眼目があるのです。
 日本のエル・システマは福島の相馬市、岩手の大槌町で行われています。いずれも東日本大震災の被災地。音楽を通して若い世代に「生きる力」を育み、地域の輝く未来をつくるとの願いが託されています。子どもたちの成長は、そのまま被災地の復興の軌跡でもあるのです。  

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2017年04月25日

志の大きさ

 江戸時代の村々では、地図にあたる「村絵図」を作っていました。合わせると「国絵図」になり、さらに集成すると「日本総図」になります。だが、その精度は、同時代に伊能忠敬が作製した日本地図に及びませんでした。
 しかし忠敬が用いた測量法は、工夫こそ凝らしていますが、当時の一般的な方法で、技術には大差はありませんでした。では何が違ったか。それは“志の大きさ”であるといわれています。忠敬は「地球上における日本の位置と形を明らかにしようとした」(星埜由尚著『伊能忠敬』山川出版社)と。
 気宇壮大な忠敬は、一方で、実際の仕事は丁寧でした。現地を自分の足と目で測量しました。調査の及ばなかった場所は、地図には書かなかったのです。北海道は弟子が測量し完成させました。
  

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2017年04月24日

精神は一致

 “建築家詩人”といわれた立原道造氏は、住宅建築も詩作も、ともに人間生活の発露と考えていました。
 親交のあった文学者の中村真一郎氏は「建築と詩とは、彼にとってひとつの精神活動の二つの現れに過ぎなかった」と書き、立原氏自身も「住宅とエッセイの本質する精神は一致しています。住宅のすぐれたデザイナアは、それ故にしばしばすぐれたエッセイイストである」(『立原道造全集4』筑摩書房)と述べています。
 一見、畑違いに思える分野にも、突き詰めると通底するものが見えてきますね。  

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2017年04月23日

VW

 ノーベル医学生理学賞の山中伸弥教授が、自身の研究活動を支える言葉として「VW」を挙げています。かつて、米グラッドストーン研究所に留学していたとき、当時の所長に教えられたそうです。「V」は「vision(長期的な目標)」の頭文字で、「W」は“一生懸命に働く”という意味の「work hard」からきています。
 ある日、所長が研究員を集めて熱弁を振るいました。“VWさえ実行すれば、君たちは必ず成功する”。さらに“研究者だけでなく、人生にとっても大事なのはVWだ”と(『賢く生きるより 辛抱強いバカになれ』朝日新聞出版)  

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2017年04月22日

反意語

 「善悪」「強弱」「勝敗」――反意語同士で熟語になると、良いとされるものが先にくる場合が多いですね。一方、「貧富」「禍福」のように、良いことが後に続く場合もあります。
 「禍福はあざなえる縄の如し」といえば、人の不幸も幸福も、わら束がより合っている縄のように、表になったり裏になったりする意味です。「禍」から「福」の語順には、災いを転じて福にしたいという、人間の太古からの切なる希望が感じられます。
 人類の教師といわれるソクラテスは、「幸福の核である『魂の善さ』が備わっている場合にのみ、その土台の上に乗って、健康も名声も富も善きものとなる」と確信していました(岩田靖夫著『増補 ソクラテス』ちくま学芸文庫)。  

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2017年04月21日

だからこそ人生は面白い

 苦労は青年の特権です。米国のウォルト・ディズニーにも、会社を解雇され、事業に失敗続きの時代がありました。それでも「若い頃に失敗するのはいいことだ、なぜなら、非常に多くのことを学べるからだ」と達観していました(『私のパパ ウォルト・ディズニー』上杉隼人訳、講談社)
 青年じゃなくても「こんなはずじゃなかったが、だからこそ人生は面白い」と、言える人生を送りたいものです。  

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2017年04月20日

輝く五月をつくる

 脚本家の内館牧子さんはサインを頼まれると、「二月の雪 三月の風 四月の雨が 輝く五月をつくる」と添えたそうです。しかし、思うところあって、一時、記すのをやめたそうですが、東日本大震災の後、再び、書くようになったそうです。
 人生も、試練の風雪の先に輝きの日が訪れる、という意味なのでしょうか。  

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2017年04月19日

背番号「10」

 プロ野球「東北楽天ゴールデンイーグルス」では、背番号「10」をファンのために永久欠番にしています。
 これは1チーム9人で試合を行う野球では、選手たちを「ナイン」と呼ぶことから、ファンの一人一人が“10人目の選手”という意味を込めているのでしょう。10人目の選手となれば、一試合一試合は人ごとではない。ファンも勝利を目指し、熱く闘魂を燃やすに違いありません。  

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2017年04月18日

旗立て松

 松の木は、その生命力の強さから、時代を超えて尊ばれてきました。武門の旗を松の木に立てた「旗立て松」の逸話が、今も各地に伝わっています。
 関西では、楠木正成が嫡男・正行との別れの際、桜井の宿の松に旗を立てかけ、後継の誓いを促しました。その南には、天王山があります。豊臣秀吉は、決戦の「山崎の戦い」を前に、山中の松に登って旗を掲げ、自軍を鼓舞したのです。
 関東では、武田信玄の「三増峠の戦い」(神奈川・愛川町)が有名です。信玄は、松に大将旗をはためかせ、勝利への士気を高めたのです。  

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2017年04月17日

日比谷公園

 暖かくなると、外の空気が吸いたくなりますね。公園歩きが楽しい季節です。東京都心のオアシスとして親しまれる日比谷公園は、1903年の開園です。「公園の父」本多静六博士が整備したことで知られています。
 博士は、苦学を重ねてドイツに渡り、日本人初の林学博士となりました。25歳から毎日1㌻の執筆を自身に課し、生涯に370冊以上の著作を編んだそうです。
 書くほどに次第に面白くなった自身の体験などから、博士は「職業の道楽化」を訴えました。仕事に全力で打ち込み、日々の勤めが愉快で、面白くてたまらないというところまでくればよい。その道楽化の”カス”として、金にも名誉にも恵まれてくる、と(『本多静六自伝 体験八十五年』)。
 この仕事哲学から、博士の「人生即努力、努力即幸福」という言葉が生まれました。  

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2017年04月16日

松坂の一夜

 本居宣長が本格的に国学の研究を志すきっかけは、賀茂真淵の書物との出あいでした。その後、宝暦13年(1763年)5月の夜、真淵が宣長の地元・松坂を訪問中と知るや、宿までおしかけ入門を請うたそうです。世に言う「松坂の一夜」です。
 2人の出会いは、この1回だけです。宣長は、往復書簡によって、真淵が世を去るまでの6年間、厳しくも慈愛に満ちた指導を受け切りました。真淵の没後も、毎年の祥月命日には書斎に位牌を掲げ、生涯、師恩を忘れなかったそうです。
 小林秀雄は大著『本居宣長』の中で、2人のやりとりを丹念に詳述しています。それが宣長を宣長たらしめる要の一つと感じたのかもしれません。  

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2017年04月15日

アルジャントゥイユ

 明るい自然光に包まれた「アルジャントゥイユ」は、マネが印象派の手法を取り入れた斬新な人物画です。
 アルジャントゥイユとは、パリ郊外にあるセーヌ川沿いの町の名前で、印象派の巨匠モネが約6年間、住んだことでも知られています。この町の対岸にある別邸にいたマネがモネのもとを訪れ、触発を受け、戸外制作した作品が「アルジャントゥイユ」なのです。
 モネとの交友がマネの新しい作風をつくりました。人と人との出会いは世界を広げ、新しい自分をつくります。新たな出会いが待つ春、古い友人を大切にしながら、新しい友情を結んでいきたいものです。  

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2017年04月14日

分岐点

 エジソンが白熱電球を発明、ライト兄弟が動力飛行に成功、アームストロングが月面に着陸――歴史には、“あの日”があったから“今”の発展があるという分岐点があります。そうした史実を集めた『世界の歴史を変えた日1001』(ピーター・ファータド編集、ゆまに書房)
 この中には、ワシントンがアメリカ初代大統領に選出された日も紹介されています。1789年2月4日、大統領を選出する代理人の全ての票を獲得。その後、選挙結果が全州で承認されたと、ワシントン本人に正式に告げられたのが、同年4月14日とあります。
 だが、事ここに至っても、当人の演説からは固辞したい気持ちがうかがえました。責任の重さゆえでしょう。しかし彼は、「義務感」から、引き受けることを決意したそうです。  

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2017年04月13日

平和と希望の種

 アフリカで3000万本の植林活動を進め、創価学会の池田大作先生と語らったワンガリ・マータイ博士は、「木を植える時、私たちは『平和と希望の種』を植えているのです」と語っています。
 春咲く花、夏に茂る緑、秋風に舞う枯れ葉、雪に耐える幹の太さで、木々は命の強さ、美しさを教えてくれます。移ろいゆく季節を呼吸しながら、人もまた、素晴らしき人生の軌跡を描いていきたいものですね。
  

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2017年04月12日

老後の初心

 真新しい制服やスーツに身を包んだ若者が、街を行き交う季節です。
 「初心忘るべからず」という言葉が心に浮かびます。能の大成者・世阿弥がこの言葉を書き残したのは、還暦を過ぎてからだったそうです。世阿弥は室町幕府の3代将軍・足利義満に寵愛されたが、6代・義教の代になると数々の弾圧を受け、能の秘伝書を若い甥に譲るよう強要されました。それでも世阿弥は、枯れゆくことを拒み、ひたすらに己の道の完成を目指すのです。
 初心」というと、現代では専ら、“芸能や学問を始めたころの気持ち”という意味ですが、世阿弥は『花鏡』で、初心には、ほかに二つあると述べています。一つは、修行のそれぞれの段階の初心、もう一つが「老後の初心」であると。  

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2017年04月11日

葉桜

 花吹雪の光景をまぶたに残し、東京ではもう、葉桜が風に揺れています。若葉がいっぺんに伸びる瞬発力。聞けば、ソメイヨシノなどは「花芽」と同時に「葉芽」も成長しているそうです。花の陰で、桜は既に、次への“先手”を打っていたのです。
 「葉桜」という言葉は、新緑の桜だけを特に指します。時を待つのでなく、今こそが前進する時――自らそう決めて、苦難に負けない強い自身をつくる“先手”の日々を送りたいものです。  

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