2013年12月31日

斎藤先生

 内村鑑三の弟子に、「花巻のトルストイ」と呼ばれた斎藤宗次郎がいます。彼は、17年間、岩手で新聞配達を続けた宗教者でした。信仰への偏見から石を投げられ、悪口も浴びましたが、人々に奉仕できる配達を「天職」としたのです。
  配達や集金の際、感謝の心で走り、貧者や病人がいれば勇気づけ、子どもを慈しんだのです。やがて迫害に勝ち、だれからも「斎藤先生」と愛されました。宮沢賢治の詩『雨ニモマケズ』のモデルとされ、内村鑑三の最も忠実な弟子として名を残しました。
  「行動を生まない信仰は、信仰ではない」(トルストイ)。北風の朝も、銀世界の朝も、配達を続ける行動の中に、たくましい信仰心が脈打っています。一筋の道を走り抜く宗教的信念がある限り、人生の道で雨に負けることはないのです。  

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2013年12月30日

歴史の底流を見よ

 吉川英治氏の長編『新・平家物語』で、ただ一人、全編に登場する人物がいます。それは一人の演奏者です。彼は、華やかな宮廷を捨て、「貧しくても、心から歓んでくれるちまたの人びとの中で、笛も吹きたい」と庶民の海に身を投じました。彼を、吉川は「心の王者」と呼びました。
 為政者たちの興亡よりも、歴史の底流を見よ。そこには民衆がいる――これが歴史家トインビー博士をはじめ、多くの先人の慧眼なのです。  

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2013年12月29日

明るい性格

 「明るい性格は、財産よりももっと尊いもの」と力説したのは、鉄鋼王のカーネギーです。「人間の心も体と同様に、日蔭から日光の照る場所に移るべきであるということを憶えておいていただきたいものです。陽の当たる場所へ出ようではないか」と呼びかけました(坂西志保訳『カーネギー自伝』中公文庫)  

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2013年12月28日

算数の問題

 算数の問題です。「みかんを1人に2個ずつ、3人にあげるには、みかんは全部で何個いるでしょう」。学校で教える解答は「2×3=6」。しかし、ある児童は「3×2=6」としました。児童の考えはこうでした。
 2個ずつあげていくのに、A君、B君、C君が待ち遠しく思うといけないから、とりあえず1個ずつあげる。それを2回繰り返したから、3×2の式にしたという(堤未果・佐治晴夫著『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか?』清流出版)。紙の上の〝お友だち〟への思いやりが、なんともほほ笑ましいですね。  

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2013年12月27日

常勝将軍

 常勝将軍ナポレオンが、イタリア遠征で連戦連勝した時のことを、こう振り返っています。“当時は得意満面だったでしょう”と聞く随員に、「なんの、それどころか!」「一戦済めば はや その日の勝利のことなど忽ち忘れてしまって、明日の勝利を如何に導くべきかに没頭していた」と(ラス・カーズ著、難波浩訳『ナポレオン大戦回想録』改造社)  

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2013年12月26日

新聞小説

 フランスの文豪ユゴーとデュマは19世紀半ば、劇作家の双璧でした。やがて、読書人口の増大とともに、演劇に代わって、新聞小説のブームが到来しました。先駆けたのは、デュマの方だったそうです。
 当初、新聞小説は営利目的の俗悪な代物と思われていました。だが、1844年に連載が開始された『三銃士』が歴史を変えました。「その一字一行は、まさしくフランス全土に待ち望まれていたのである」(佐藤賢一著『褐色の文豪』文春文庫)
 以後、小説の成否が新聞の価値を左右するようになって行きました。波瀾万丈の人生を生き切ったデュマを、盟友ユゴーはこう、たたえたという。「彼は夏の夕立のように爽快で、人を喜ばせた男だった」(ガイ・エンドア著『パリの王様』河盛好蔵訳、東京創元社)  

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2013年12月25日

表裏一体

 「まづ不孝を知りて孝をしるべし」(創価学会版・御書1563ページ) これは日蓮大聖人が南条時光に送られた一文です。この手紙で大聖人は、「不孝」の報いを受けた阿闍世王らの例を挙げたうえで、「孝養」の大切さを教えておられます。万事につけ「善悪」を峻別するには、“善いことを善い”と知るだけでは足りません。悪の根源や本質、もたらす結果などを知ってこそ、真に善を知り、求め、為すことができるのです。
 創価学会の池田名誉会長は、小説『人間革命』の冒頭に「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」と記しています。その理由は「21世紀こそは『平和の世紀』にしていかねばならない、という心からの願望と強い決意から」と述懐しています。「戦争を憎む心」と「平和を愛する心」は表裏一体なのです。  

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2013年12月24日

満点が20点のテスト

 満点が20点のテスト。その最高点は「22点」。日本では考えられませんが、フランスの小学校では、あり得るケースだそうです。
 フランスでも模範解答、配点は、あらかじめ決められてはいるそうですが、文章での解答形式が多く、子どもたちの答えは多種多様。模範解答を超える“想定外”の素晴らしい答えには、5点満点の設問にも、6点や7点が与えられるそうです。(田崎真也著『言葉にして伝える技術』祥伝社新書)  

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2013年12月23日

銀座

 関東大震災があった年の暮れ、物理学者の寺田寅彦が東京・銀座の街を歩いたそうです。そこで見たものは、いつのまにか並んだバラック(仮小屋)などで、年末年始用の商品が売られ、多くの人々が行き交う光景に、「地震前と同じ銀座のような気もする」と記しています(『柿の種』岩波文庫)
 たしかに震災後の街に活気が戻った、といえなくもない。だが寺田は、「銀座というものの『内容』は、つまりただ商品と往来の人とだけ」「それとも地震前の銀座が、やはり一種のバラック街に過ぎなかったということになるのかもしれない」と手厳しく綴っています。  

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2013年12月22日

遠野物語

 1909年(明治42年)、民俗学者の柳田国男は、岩手県遠野町(現・遠野市)を訪れ、地元に伝承されている民話を聞き書きしました。名著『遠野物語』です。
 『遠野物語』は天狗や河童をはじめ、多くの神々が登場する説話集です。社会学者の鶴見和子は、そこに遠野の庶民のたくましさを見ました。日露戦争後という天皇崇拝の時代において、民話の伝承は、自分たちの信仰を守るための中央に対する“非暴力抵抗運動”だったのです(『漂泊と定住と』)

『遠野物語』 http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_49667.html  

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2013年12月21日

成熟した依存関係

 フロイトの心理学は、患者に人間としての「自立」を求め過ぎています。人生においては、むしろ「成熟した依存関係」をはぐくむことが大切だ――米国の心理学者・コフートの主張です(和田秀樹著『「自己愛」と「依存」の精神分析』PHP新書から)  

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2013年12月20日

共存

 「和」の字は、さまざまな意味を持っています。和服、和食といった使い方は、「日本独自のもの」であることを示しています。
 しかし、例えば、着物。起源は古代中国の衣装です。材料の絹や木綿も中国から渡来しました。天ぷらの原型が大航海時代、ポルトガルから伝わったことは有名です。。「和」を冠しても、実際には「外国」由来の物が混在しているところが興味深いですね。
 俳人の長谷川櫂氏は指摘しています。西洋化された住宅の中に、畳の間が違和感なく存在している――つまり、異質のもの、相容れないもの同士が引き立てあいながら共存すること。それが日本人が培ってきた和の本来の姿である、と(『和の思想』中公新書)  

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2013年12月19日

物事の価値基準

 「捨て目を利かせろ」。TVの「開運 なんでも鑑定団」で有名な古美術鑑定家の中島誠之助氏に、師匠が語った数少ない助言だそうです。
 「捨て目」とは、何気なく歩いていても、いい品物を無意識のうちに目の端で捉える眼力のことです。氏は修業時代、常に頭を働かせ、この「捨て目」を磨いたそうです。そんな中島氏が、どうすれば目利きになれるかを語っています。それは、いいものを見続けること。「いいもの」とは、国宝や重要文化財など、いいと言われ続けてきた歴史を感じ取れるもの。そして、いい景色も感性を磨いてくれる、と(『骨董掘り出し人生』朝日新書)。
 自分の中に、物事の価値基準をつくる――それが“学ぶ”ということです。  

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2013年12月18日

陰の人

 山形県を流れる最上川の流域に美しい桜街道を造る取り組みが、各市町村で進められています。これは景観向上を目的に、選んだ場所に苗木を植え、従来の桜の名所とつなげて“花の回廊”を築く一大プロジェクトです。
 関係者は「この寒い季節が勝負所」と語っています。剪定、植樹、桜守の現地研修など、厳寒の冬に行う準備が、春の開花を左右するそうです。
 成功・勝利という“春”を迎える前には、必ず“冬”の労作業があります。あらゆる偉業の陰には、喝采を求めず、黙々とわが使命に徹する人々がいます。自らそれを経験し、知り抜いたリーダーは、陰の人をこそ讃えるのです。  

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2013年12月17日

失敗を生かすとは

 成功と失敗。勝利と敗北。この繰り返しこそ、人が歩む道なのです。冒険家の堀江謙一氏は「冒険航海でも、目的地に向かって進む過程は、常に失敗の連続」と。だが、そこに意味があることを指摘し、若い時は失敗を恐れず挑戦をと語っています。
 又、若いころに挫折を経験するのは悪くないと述べるのは作家の塩野七生さんです。「それによって、自らに疑いをいだくことを学ぶようになる。次なる跳躍は、これまでのやり方に疑いを持つことなしには絶対に訪れない」とも(『日本人へ 国家と歴史篇』文春新書)
 失敗を生かすとは、そういうことでしょう。なぜ果たせなかったのか。謙虚にして冷静な眼を自分に向け、敗北を踏み台にして戦いを開始できるかどうかです。この勇気と賢明さを持つ人が次の勝者となるのです。  

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2013年12月16日

楽しく朗らかに前進を

 冬本番。いかなる困難な人生の雪山も、遙かな景色を楽しみながら、悠々と登っていける生命力、人間力を培っていきたいものです。
 五輪選手のメンタルトレーニングを担当した高妻容一氏の「楽しみ」に関する考察は示唆に富んでいます。一流選手は自身に挑戦し、技術や精神力向上を「楽しみ」とするから、結果に動じない。二流選手は試合結果に「楽しみ」を求めるため、負けると落ち込む。三流の人は、手を抜き、楽をすることが「楽しみ」と錯覚しているので向上がない。と考察しています。 
 創価学会の池田名誉会長は常に「楽しく朗らかに前進を」と同志に呼びかけています。順調な時に楽しく進むことはたやすい事です。大事なことは、究竟の時にこそ、明るく朗らかに進めるかどうか。名誉会長の呼びかけは、そういう強い一人一人に成長してほしい、との願いなのです。
   

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2013年12月15日

歓喜の歌

 明日はベートーベンの生誕日です。(1770年12月16日)師走の列島に、このベートーベンの「第九」が響かぬ日はありません。満を持して、最終楽章に登場する“歓喜の歌”。滝の怒濤のようなクライマックス。“さあ、もう少し。戦い切るぞ”と、「完走」への決意を奮い起こさせるからでしょう。
 この歌声を、文豪ロマン・ロランは「たたかう歓喜の讃歌、突撃への行進、ひとつの『マルセイエーズ』なのだ」と評した(蛯原徳夫・北沢方邦訳)。フランス革命で民衆を鼓舞した曲になぞらえたのです。

歓喜の歌 http://www.youtube.com/watch?v=SKWm4SWzDjg  

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2013年12月14日

先々の用心、警戒心

 慌ただしい年の瀬を迎えました。年末年始は何かと気ぜわしい半面、気が緩む時節です。くれぐれも詐欺には注意したいものです。
  手品師に広く知られる「サーストンの3原則」。同じ手品を繰り返さない、手品のストーリーをあらかじめ説明しない、種明かしをしない、というもの。鮮やかに見る人の目をくらます手品師とは違って、詐欺師は陰湿だ。手の内を悟られないよう、人の心を欺く手口は高度化・複雑化されていく(安斎育郎著『だます心 だまされる心』)
 中国の古典に「君子は未然に防ぐ」(君子は事の未だ起こらない前に、その起こるべき弊害を防ぐ)と。悪人がつけいるスキをつくらない、先々の用心、警戒心こそ、身を守る要諦ともいえましょう。  

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2013年12月13日

真理探究への執念

 冬の星天は、ひときわ美しいものです。またたく光は、はるか彼方から長遠な時間を経て、私たちに降り注ぎます。宇宙は壮大です。その探究の旅は約400年前、イタリアのガリレオ・ガリレイが“筒眼鏡”を夜空に向けた時から加速した(リチャード・パネク著『望遠鏡が宇宙を変えた』東京書籍)
 月面の山や谷、無数の星の集合だった天の川――当時の天文学の常識を覆す発見。しかし、当初、周囲の眼は冷たかったのです。“彼が筒眼鏡に惑星を張り付けたのだ”と難癖をつける者もいました。その後も、天文学者たちが示す宇宙の実像は、にわかには受け入れられなかったのです。
 “あり得ない”という世の人々の固定観念。しかし、ガリレイら学者たちは自身の信念を貫きました。彼らの真理探究への執念が、新たな発見を生み出す原動力となったのです。  

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2013年12月12日

石割桜

 およそ400年前、岩の裂け目に落ちてしまった不運な種がありました。だが、種は強かった。劣悪な条件の中で発芽し、成長。やがて岩の裂け目を自分の体で押し広げ、堂々たる大木に育ったのです。岩手県の「石割桜」。国の天然記念物です。

石割桜 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%89%B2%E6%A1%9C  

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