2014年02月28日

心と体の関連性

最新の研究で証明されつつある、心と体の関連性。著書『免疫革命』で知られる安保徹教授は「心と体をつなぐのは自律神経=免疫機能」であり、自律神経を機能させ、免疫力を高めるカギは「心のあり方」と指摘しています。さらに、その人の人生観、宇宙観が、健康と「生きる力」に関わる、と強調しています。  

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2014年02月27日

未名湖

 「未名湖」という人造湖が中国の北京大学内にあります。湖名の由来は“未だ名も付けられない神秘的な湖”だそうです。思わず詩情が湧き上がりますね。早朝の湖畔には、学生が詩を口ずさむ光景が見られるという。
創価学会の池田名誉会長も湖面を望んだことがあり、「日中友好の前途は洋々と広がり/未名湖畔の青き柳の如く輝きわたる」と詠いました。
「どうして詩(詩経)を学ばないのか」。孔子はある時、弟子たちにこう問い掛け、語ったそうです。詩は心を奮い立たせ、観察眼を養い、友情を結ぶ。親孝行にもなり、博識を得られる――と。  

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2014年02月26日

待雪草

場所はナチス占領下のオランダ。ユダヤ人の父娘は、離れ離れで息を潜めて暮らしていました。親子は抵抗組織を通じ、手紙のやりとりが続いていました。少女は父さんからの手紙を、全部覚えようとしました。
なぜか? 父からの手紙は、証拠を残さぬよう、読んだら焼き捨てる約束だったからです。だが、灰になったはずの手紙は奇跡的に保管され、一冊の本になりました(『父さんの手紙はぜんぶおぼえた』母袋夏生訳、岩波書店)
少女の雪が解け出す頃の手紙。うつむいて白い花を咲かせ、春を告げる待雪草に少女は目を奪われました。感動をそのまま綴ると、父はこう返しました。「きみのいうとおりだ。とてもひかえめな花です。じっくり観賞すると、おどろくほど美しい。おくの深いところに黄金の心をもっている。待雪草のそういうところを、人間はお手本にできるね」と。  

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2014年02月25日

心を尽くして関わることから出発

早稲田大学の加藤諦三名誉教授が警鐘を鳴らしています。「笑顔で子どもをお風呂に入れながら『気持ちいいね』と話しかけてくる母親と、黙ってお風呂に入れている母親とでは、子どもの心の成長は違ってくる」「ふだん使っている言葉の意味を五感とともに教えるのが心の教育である」と(『「うつ」になりやすい人』PHP新書)。
子育てといい、教育といい、まずは「育てる側」が、心を尽くして関わることから出発するのです。  

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2014年02月24日

変革

 「あ、痛っ」。理容店で、ひげそり中の客が小さな声をあげた。金属製のカミソリが滑って肌を傷つけたらしい。わびる理容師に、間髪入れず客が告げた。「こいつは縁起がいい。カネが入った」。金物の「金」と銭金の「金」を掛けた軽妙なしゃれです。
「1人の若者が3人の高齢者を支えなければならない超高齢社会」という言い方があります。カルチャースタディーズ研究所の三浦展氏は、これを「3人の高齢者が1人の若者を支える社会」と考えれば少し明るくなる、と述べていました。
言葉を変えただけで、事態が変わるわけではありません。だが、災いを福に転じる〝知恵の言葉〟を発すること自体、現状を良くしようという決意の表れに違いありません。現実の変革は、常に一念の変革から始まるのです。
  

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2014年02月23日

地吹雪体験ツアー

 「地吹雪体験ツアー」が青森の五所川原市金木地域で行われています。「地吹雪」は、積もった雪が強風にあおられ、下から吹き付けます。多量の雪と極寒、そして強風が織り成す冬の自然の猛威です。この地吹雪を、「かんじき(雪道を歩くための歩行道具)」などを身につけ、体験するツアーは、今や津軽の冬の恒例行事となり、本年で27回目を迎えました。
地元の住民にとって、地吹雪は、生活の障害以外の何ものでもなかった。観光資源として活用する話が出た時も、“こっだなもんが資源になんのが?”と、懐疑的な意見があったそうです。しかし、頭を悩ませる地吹雪も、見方を変えれば、この地ならではの「かけがえのないもの」。雪に覆われ、じっとしているしかなかった町に、国内はもとより海外からも観光客が訪れるようになり、大きなにぎわいをみせています。  

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2014年02月22日

トルストイの言葉

トルストイの言葉に「幸福な家庭はどれもみな似たりよったりだが、不幸な家庭は不幸のさまがひとつひとつ違っている」(木村彰一訳)とある通り、家庭の悩みは様々です。  

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2014年02月21日

念仏の境地

 「希望学」を提唱・研究する社会学者の玄田有史さんが、とある寺院に頼まれて講演をした時のことの話です。聴衆の反応に、手応えが感じられない。尋ねると、「浄土真宗の経典に「希望」という言葉は出てこないので」、との答えだったそうです。それが教えの特徴であることに、玄田有史さんはあらためて気付いたという(『希望のつくり方』岩波新書)
浄土真宗の祖は、鎌倉時代の親鸞です。親鸞は地震や飢饉・悪疫で多くの人々が亡くなる惨状を見て、哀れに思いつつも、しかし生死無常の理は仏が説かれているので、今さら「おどろきおぼしめすべからずさふらふ(=驚くことではありません)」(末燈鈔)と記しています。
この、人ごとのような淡泊さは何でしょう。とてつもない悲劇に見舞われた時、人は「怒り」や「悲しみ」を通り越して、しばしば「無力感」にとらわれる。そこに安住するのが、念仏の境地なのかもしれません。  

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2014年02月20日

大志こそ青春の異名

北海道が生んだ偉人に、アイヌの口承文学を民族として初めて記録した、知里幸恵がいます。彼女の生涯は19歳と短かったのです。しかし彼女は、その命を「世界万国の為」「私は書かねばならぬ、知れる限りを、生の限りを」と燃やし尽くしました。
どうしても書かねばならない、語らねばならないものがある――その情熱が、人の心に勇気をともします。大志こそ青春の異名です。
  

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2014年02月19日

セネカの箴言

「人は勇敢であればあるほど仕合わせである」(茂手木元蔵訳『人生の短さについて』岩波文庫)とは、哲人セネカの箴言です。黙さず堂々と喜びを語る。臆さず勇敢に真実を語る。その人こそ、最も幸せな人です。  

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2014年02月18日

画竜点睛

「画竜点睛」といえば、物事を立派に完成させる最後の仕上げ、を意味しています。起源は昔、中国の名画家が竜の絵を描いた際、「飛び去らないように」と、瞳を入れなかった。その話を信じない人々の求めに応じて瞳を加えたところ、たちまち竜は天に昇った――との伝説に由来しています。  

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2014年02月17日

子育ては自分育て

「子どもが成長した」と感じることが、どれくらいあるか。小・中学生をもつ保護者の中で「よくある」と回答した人の比率が、大きく低下しているようです(ベネッセ教育研究開発センターの調査)。 さらに、「子どもをもつことによって自分自身が成長した」という項目でも、「よくある」と答えた人が減少しているそうです。
成長が見えなくなっているこうした現状を、特別支援教育士の鈴木正樹さんは、子どもとの“かかわり”が少なくなり、“教え込もう”としているからではないか、と分析しています。そして「子育ては自分育て。子育てを楽しみ、成長に感謝する心のゆとりを」とエールを送っています。  

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2014年02月16日

声の響きの変化

 ずいぶん前の話です。日本映画の鬼才・溝口健二監督は名作「山椒大夫」を撮る際、安寿と厨子王の母親役を演じる田中絹代さんに“やせ衰えた感じがほしい”と伝えた。田中さんは食を減らし、撮影に臨んだそうです。
全場面を撮り終え、あとはセリフの吹き込みだけ。田中さんは安心したのか、こっそりステーキを食べてしまいました。その声に監督が苦言を呈したそうです。いわく、「肉を食べましたね」と。声の響きの変化をも見逃さない監督の五感は、作品への執念が磨き上げたものでしょう。  

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2014年02月15日

ヒント

世界初の5大陸最高峰登頂を達成した冒険家の故・植村直己氏を知って見えますか。彼は、後世に残る数々の冒険の陰で、人知れず周到なまでの準備を重ねた人物でした。
例えば、前人未到の厳冬期のエベレストへの挑戦を前に、約1カ月間、5500㍍地点で一人、滞在しています。そこで冬のエベレストの風を綿密に観測しました。7000㍍近い南米最高峰のアコンカグアには真冬に登頂し、エベレストの強風と寒気に対処するヒントを得たのです(文芸春秋編『植村直己、挑戦を語る』)
  

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2014年02月14日

換気の重要さ

 JR東日本の、主力通勤電車は伝統的な開閉できるタイプになっています。これは、眺めの良い“ワイド窓”は開かずの固定式で、立ち往生事故の際、換気不足で気分が悪くなった乗客が続出したからだそうです。
人が呼吸で出す二酸化炭素は車内にこもり、悪影響を与える。無色無臭の二酸化炭素だが、その濃度が0・1%を超えると息苦しさ、倦怠感、頭痛、耳鳴りなどの症状が出ます。厳寒の折から、部屋や会場を締め切りがちです。良好な空気環境の維持のために、1時間に1回、5分間だけ2カ所の窓を開けることが好ましいと医療関係者は語っていますム。
ナイチンゲールは、換気の重要さを繰り返し強調しています。「健康な時でも、自分がいる場所の空気を何度も繰り返し呼吸すれば、肺や皮膚から有害物質が出るので無事でいるわけにはいかない」と(助川尚子訳『看護覚え書決定版』)。
  

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2014年02月13日

斃(たお)れてのち

「人間は『斃(たお)れてのち、はじまる』と思っています」。これは社会学者の故・鶴見和子氏の言葉です。彼女は脳出血で倒れた時、医師から〝身体の左側の麻痺は治りません〟と告げられました。
彼女は、元に戻らないなら、前へ向かって進むしかない。新しい人生を切り開く、と覚悟を決めました。リハビリに励み、精力的に仕事も続けました。
自身の可能性を生命ある限り、発掘し、創造し続けていきたい――その思いを歌に詠んでいます。「我がうちの/埋蔵資源発掘し/新しき象/創りてゆかむ」(『花道』藤原書店)  

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2014年02月12日

2月が他の月より日数が少ない理由

「雪国の住民に、太陽暦の作者は親切だった」。2月が他の月より日数が少ない理由を、新潟ゆかりの詩人・堀口大学は、そう書いています(『捨菜籠』彌生書房)。
記録的な積雪となったこの冬。春を待ちわびる人々の心に染みる一文です。  

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2014年02月11日

学問は人を救うためにある

学問は人を救うためにある。そう訴えた明治の思想家に田中正造がいます。彼は公害問題で苦しむ人々に寄り添い、生涯、権力悪と闘い続けました。彼は「己れ一人の身の上」のことよりも、「衆と共に同胞と共に喜憂を共にする」ことの喜びがいかに大きいかを説いています(小松裕著『真の文明は人を殺さず』小学館)
苦楽を共にする仲間を持った人生は幸福です。正造は語っています。他者に寄り添い、尽くしていく行動は難しいが、味わい深い。またその精神を後世に継承しなければ、人類は未来永遠に栄えていくことはできないと。  

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2014年02月10日

実現を想定していないことがある

日本の会社で働く、外国人の話。「近くにお越しの際は、ぜひ寄ってください」と職場の仲間に言われたので、後日、用事を済ませた彼は、その足で同僚宅に足を運んだ。すると、「えっ、本当に来たの?」と驚かれつつも、歓待を受けたという。
彼は、人付き合いの潤滑油でもある社交辞令を、異文化に育った彼が真に受けたのも、無理のないことだろう。日本の文化は不思議なもので、実際、口には出しても、その実現を想定していないことがあるのです。  

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2014年02月09日

才知は一代、誠は世万代

 戦後、米国施政下の沖縄で、戦争によって激減した医師を補うために定められた医介輔制度は、終戦後の劣悪な状況にあった、へき地や離島の住民の命を支えてきました。
1952年(昭和27年)、医介輔の資格をもつ保健所職員として西表島に赴任した故・親盛長明さん。13歳のとき、事故で右腕を失ったが、ハンディを乗り越え、医療の仕事に就きましい。親盛さんに命を救われた島民も少なくない。
当時の島の生活は困窮を極め、往診や診察時に、治療費をもらえることは、ほとんどなかったそうです。親盛さんは、貧乏に苦しむ患者について「同じ気持ちにならなければ、治療に当たることはできない。自分が医療者だからと高みに立てば、患者の心は閉じてしまい、治療にならなくなる」と話しています。この「医は仁術」さながらの心は、今も多くの人々の心に残っています。
沖縄のことわざに「才知は一代、誠は世万代」(才知で得たものは、せいぜい一代限りであるが、誠実の心は万代に及ぶ)とあります。  

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