2017年07月27日

ルーティン

 創造的な人生を送りたいなら、型にはまった生活を送ることが助けになります。逆説的に聞こえますが、一つの真理です。
 ラグビーの五郎丸選手がボールを蹴る前の“合掌ポーズ”、野球のイチロー選手が、打席でバットを高く掲げる姿――スポーツの世界でも、周囲の環境に惑わされず、集中を高めるための「ルーティン」の効用に注目が集まったが、何かを創造するために、一日の使い方を固定することは、一般生活にも必要な作業でしょう。
 各分野の天才161人が、どんな“ルーティン”をもっていたかを調べた『天才たちの日課』(金原瑞人・石田文子訳、フィルムアート社)によると、仕事に集中する時間は、ゲーテは朝型だが、親友シラーは夜型でした。ユゴーは夜明けとともに起き、午前11時まで執筆しました。反対にバルザックは午前1時に起き、朝まで書く“深夜型”の生活だったそうです。
  

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2017年07月26日

栄冠は君に輝く

 夏の選手権大会の大会歌「栄冠は君に輝く」。その誕生は終戦から3年後、第30回大会の折でした。手束仁著『ああ栄冠は君に輝く』(双葉社)によると、作詞者の加賀大介氏も甲子園を夢見た野球少年の一人。だが家計の都合やけがで断念。その後、文学の道に進み、大会歌の公募に歌詞を送ったところ、見事に選ばれ、約70年間歌い継がれています。
 歌詞に込められた氏の思い。「一生懸命に練習をしている子は、きっといつの日か栄冠に輝くときがくると思うんだ。そのときに、『努力してよかったな、栄冠は君に輝いたな』と言ってやりたいんだよ」と。
 栄冠は未来にとっておこう。3年間で磨き合った「負けじ魂」が真に輝くのはこれからです。  

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2017年07月25日

桃栗三年 柿八年 柚の大馬鹿 十八年

 「桃栗三年 柿八年 柚の大馬鹿 十八年」――これは、小説『二十四の瞳』の作者である壺井栄氏が生前、好んで色紙に書いた言葉です。
 モモ、クリ、カキに比べ、ユズは成長が遅いため、時に周囲から見下される、という意味。だが長い歳月をかけて実をつける姿は、下積み時代に耐える人の愚直さを思わせます。そこに氏は、いとおしさを覚えたそうです。  

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2017年07月24日

意味あるものにしたのは

 アウシュヴィッツ強制収容所を生き延びた心理学者フランクル。彼は解放後、両親、兄、妻が死んだことを告げられ、泣きながら言ったという。「こんなにたくさんのことがいっぺんに起こって、これほどの試練を受けるのは、何か意味があるはずだ」(諸富祥彦著『知の教科書 フランクル』講談社)
 フランクルを救ったのは、新しい妻エリーだった。視力が衰えていく夫に、手紙や書物を読んで聞かせた。著作の大半は、フランクルが語り、エリーがタイプで打って出来たという。「あなたは、苦悩する人間を愛する人間に変えてくれました」(同)。フランクルが妻に残したメッセージだ。フランクルの残りの人生を、意味あるものにしたのは新しい出会いだったのです。  

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2017年07月23日

牧口記念墓地公園

 創価学会・牧口初代会長の生誕地は新潟県柏崎市の荒浜です。同市にある柏崎牧口記念会館では、2012年に記念展示室が改装され、初代会長の足跡、その教育哲学と人権闘争に対する世界の評価、池田SGI会長が創立した創価教育の学舎の発展を学ぶことができます。
 創価の源流の地ともいえるこの柏崎に2019年、「牧口記念墓地公園」(仮称)が開園します。初代会長の名を冠した、初の墓地公園となります。広宣流布に逝いた三世の同志を追善するとともに、先師の死身弘法の生涯を永遠にたたえる地となります。  

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2017年07月22日

本物は本物を知る

 能楽の家元が道を歩いていると、謡が聞こえてきました。しばし耳を傾け、お供に言った。「とめてみせようか」。家元が朗々と歌い始めると、向こうの謡がピタッとやんだそうです。
 後日、別の道で、また謡が。“先日のようにとめてみては”と勧める供の者に、家元は「あれは、とまらぬ」と。つまり、前者の謡の主は、家元の声を聞き、そのうまさを見定められる実力があるが、後者にはない。本物は本物を知るという逸話です(宇野信夫著『味のある言葉』講談社)  

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2017年07月21日

農村

 夏土用に入り、暑中見舞いの季節です。東北では、室町時代から代々、営農してきたそうです。現在にまでつながる村の風景が誕生したのは、室町時代と、それに先立つ鎌倉時代という(榎原雅治著『室町幕府と地方の社会』岩波新書)
 この時代に、草や木を焼いた灰を肥料にする「草木灰」や、刈った草を田畑に鋤き込んで肥料にする「刈敷」などの技法が発達。かんがい・排水も整い、二毛作や、水稲の品種改良も行われた。こうした、500年以上も前に改良された作業が、連綿と続いてきました。
 歴史では、武家の権力闘争や都市の華やかな文化が、とかく目を引きますが、それらの活動を支えたのは、農村の食料生産の努力でした。江戸の元禄年間に刊行された『農業全書』には、農業は「人を養ふの本」であり、豊作は「天下國家の賑ひとなり、諸民を救ひ助くる根元」とあります。  

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2017年07月20日

新聞配達

 新聞配達を経験した偉人は多くいます。没後51年を迎える米国のウォルト・ディズニーもその一人です。彼は小学生のころ、父を手伝い、毎朝午前3時半に起きて配達したそうです。
 父は息子に教えました。「新聞を自転車からポーチにぽいと投げてはいけない」「風に吹き飛ばされないよう、玄関前にきちんと置くように」「(冬は)二重扉の内側に差し込むよう」。ディズニーは晩年まで「どこかに新聞を配達しわすれたのではないか」という夢を見たそうです。(ボブ・トマス著『ウォルト・ディズニー』講談社)  

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2017年07月19日

夏の火鉢(ひばち)、旱(ひでり)の傘

 梅雨末期の不安定な天気が多いですが、本格的な暑夏も、もうすぐです。
 「夏の火鉢(ひばち)、旱(ひでり)の傘」という言葉があります。この言葉は戦国の天才軍師・黒田官兵衛が残しました。夏には不要な火鉢も、冬には重宝します。日照りには邪魔な傘も、雨の時は助けになります。人間も同じで、ある局面では力を発揮できなくても、別の局面では、他を驚かすほどの力を出すことがあるのです。  

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2017年07月18日

最高の贈り物

 “心に残るプレゼントはどんなものでしたか”。少し前の話になりますが、このアンケートに対する答えで最も多かったのが「子どもや身内からの手紙やメール」でした。(2011年、くらしの良品研究所)
 第2位も「花、植物」で、これも一般的には、資産的な価値として残せるものではありません。しかし、お金には換えられないものこそが、人を幸せにします。最高の贈り物は、「物」ではなく「心」なのです。  

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2017年07月17日

中之島の大阪市中央公会堂

 戦後に築かれた社会資本が、次々と建て替えの時期を迎えています。
 一方で「永久保存」となった戦前からの建物もあります。大阪・中之島の大阪市中央公会堂です。中之島周辺でも今、複数の高層ビルの建設計画が進んでいますが、その中に悠然と立つ赤レンガと青銅屋根の公会堂は、そこだけ時を止めたかのようです。  

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2017年07月16日

ストレス

 「人生にはさまざまなストレスがあります。しかし、『ストレスのない世界』などありません。逆に、適度なストレスは自らを鍛える糧にもなるのです」。と、「細胞ストレス生物学」専門の理学博士は語っています。細胞に〝熱ショック〟というストレスを与えると、細胞を環境ストレスから保護する働きのある「熱ショックタンパク質」が合成されるという。この知見を踏まえながらの話です。
 あえて負荷を掛けることで力をつける――マラソン選手が低酸素、低圧の高地でトレーニングし、持久力を高めるように、スポーツの世界でも“常道”である。同様の法則は、個人の成長、組織の発展などにも、広く当てはまる事でしょう。  

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2017年07月15日

ぜひ描きたいと思った

 幼少の頃に戦争体験を持つ人の話です。ある日、学童疎開先に東京の母親から荷物が届いた。中身の粗末な衣類には、かわいい動物が刺繍されていたそうです。家族と離れ、さびしがるわが子を直接、抱きしめることはできない。その代わり、一針一針に込めた愛情で包み込んであげたい。そんな母の思いが伝わる縫い目に勇気がわいた、と語っています。
 焦土と失意の戦後に、子どもたちに勇気と希望を届けたのは少年少女雑誌でした。創価学会の池田先生も、若き日恩師が経営する日本正学館で、「冒険少年」(後に「少年日本」と改題)の編集長を務めました。「子どもたちに偉大なる夢を贈りたい」。池田先生の情熱に共感した一流の作家陣が筆を執り、挿絵も錚々たる顔ぶれが腕を振るってくれました。
 その雑誌は、あの手塚治虫氏が生前、「ぜひ描きたいと思った」と語り、関係者の間で“幻の雑誌”と深く記憶に残る「冒険少年」です。  

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2017年07月14日

文月

 7月の異称は「文月」です。語源は「文披月」とする説が有力で、七夕で短冊に歌や字を書き、書道の上達を祈ったことによるといわれています。
 「七夕まつり」で知られる仙台で、かつて織り成された日中の師弟の劇も「文月」に始まる。1904年7月、藤野厳九郎が仙台医学専門学校(東北大学医学部の前身)の教授に就任した。数カ月後、中国人留学生として魯迅が入学すると、藤野は講義ノートの添削をはじめ、丁寧に指導を続けた。その後、魯迅は革命作家に転身するが、藤野先生の写真を自室に掲げ、その姿を仰いでは初心に立ち返り、勇気を奮い起こしたそうです。  

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2017年07月13日

コミュニティー

 コミュニティー(共同体)の研究で著名な米・マサチューセッツ工科大学のシーザー・マクドウェル博士が、共同体には二つの形があると述べています。一つが、日々の生活を営む地域、もう一つが精神的なつながりに基づくものである。後者のような共同体は心の豊かさを生み、「自分らしさ」を発揮させると博士は言っています。ふーん、そうなんだ。  

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2017年07月12日

発明王エジソンの母

 発明王エジソンを育てた母ナンシー。彼女は、不登校で難聴だった息子エジソンに家庭教育を施しました。失敗はとがめないが、障がいを口実に弱音を吐いた時は厳しくしかったそうです。そこでエジソンは考えるようになる。「耳の聞こえないことのデメリットを嘆くより、そのメリットを活かすことを考え、実践することで道は開ける」(『エジソンの言葉』浜田和幸著、大和書房)。
 発明王エジソンは難聴だからこそ集中して読書ができると捉え、才能を育んでいったのです。  

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2017年07月11日

どうしても作り出せなかったもの

 発明王のエジソンは、どうしても作り出せなかったものが二つある、と対談で言っています。「一つはダイヤモンドで、いま一つは真珠です」と。
 その対談相手だった御木本幸吉氏が、世界で初めて真珠の養殖に成功したのは1893年(明治26年)の7月11日。数年の努力を一夜で水の泡にした赤潮や、周囲の嘲笑や無理解といった幾多の苦難を乗り越え、真珠の養殖は不可能という通説を覆しました。
 日頃、御木本氏は、「あなたほどの人になると、恐いもの知らずでしょう」と言われると、「いやいや、わしの恐いのは小学生の生徒です」と答えるのが常だったという(永井龍男著『幸吉八方ころがし』文春文庫)。未来ある人間に無限の可能性を見いだすところに、氏の慧眼が示されています。  

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2017年07月10日

わずか100分の1秒

 オリンピックの話です。1896年の第1回アテネ大会以来、続いている競技の一つに重量挙げがあります。
 重量挙げは体重制の競技で、バーベルを一気に頭上に引き上げ、立ち上がる「スナッチ」と、一度肩まで上げて立ち上がり、反動を使い頭上に差し上げる「クリーン&ジャーク」の2種目を、それぞれ3回ずつ行います。挙げた重さが同じ場合、体重の軽い選手の勝ちになるので、体重を10グラム単位で調整するという。己との極限の戦いでもあるのです。
 重量挙げ女子日本代表の監督の三宅義行氏は語っています。「特に重要なのは、スナッチ一回目の最初の一・五秒です」と。1回目を失敗すると、それ以降、相手との駆け引きができず、勝負にならないからだそうです。4年間の苦労が、わずか1・5秒で決まる。勝負の厳しさを垣間見る思いがします。
 陸上競技や競泳など、五輪で、わずか100分の1秒で勝敗が分かれる競技は多くあります。その一瞬のために、精神面も肉体面も、あらゆる準備を重ねて臨む。だからこそ、喜びも感動も大きいりです。  

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2017年07月09日

キンシャサの奇跡

 “まさか”が現実になった舞台はアフリカのど真ん中でした。老いたモハメド・アリが、若き無敗の王者フォアマンを倒した、ボクシングの「キンシャサの奇跡」です。
 沢木耕太郎氏の自伝的紀行『深夜特急』に、中東の子どもたちが街頭テレビに群がり、アリの勝利に熱狂する場面が印象的に描かれています。黒人差別と戦い、ベトナム戦争の徴兵を拒んで王座を剝奪されたアリ。ふてぶてしいまでの強気の言動に眉をひそめる人もいたが、彼のそうした態度は常に、自分より強い存在に向けられました。
 権力を恐れない。権威に卑屈にならない。だから弱い者、虐げられた者ほど、アリを英雄と慕っています。  

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2017年07月08日

最後の一手

 仕事や勉強などで、“もう少しで終わる”と意識すると、効率が落ちることがあります。物事が達成できていないのに、“ゴールが見えた”と思うと、脳の血流が落ち、働きが鈍るといわれています。
 脳神経外科医の林成之氏は、北京五輪の競泳チームに、脳科学の見地から必勝法を伝授し、躍進に貢献したことで知られています。氏は、物事の達成の直前こそ、“ここからが本番だ”と意識し、「達成に向けて一気に駆け上がる」姿勢が必要で、そのために、“目標の130%を目指す”心で取り組むことが重要と指摘しています(『脳に悪い7つの習慣』幻冬舎新書)
 中国由来のことわざにも「画竜点睛を欠く」とか「九仞の功を一簣に虧く」とあり、大詰めまで来ながら“最後の一手”をおろそかにして、積み重ねた労苦を無にする愚を戒めています。  

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