2012年01月31日

注意を怠らない

 新年が明けたと思ったら今日で1月も終わりです、明日からもう2月です。寒い寒いと言っていても春はすぐやってきます。インフルエンザ、風邪にはかからないように健康管理には十分注意をしていきたいものです。 
 さて、幼児が泣き止まない。いくらなだめても、らちがあかない。強情な性格なのかしら? 乳母は、あれこれ推測をめぐらせる。ほどなく産着に刺さった「ピン」に気づく。実はそれが原因だった――。フランスの哲学者アランが記す、日常よく見られるトラブルの一例です(『幸福論』白井健三郎訳)
 アランは語ります。――人がいらだったり、不機嫌だったりしても、それに対して理屈をこね上げ、“あの人の性格はこうだ”などと安易に決めつけてはならない。まずは「ピンをさがすがいい」と。

 人と人との関係においても言えましょう。心ないひとことが“とげ”となって、互いに疎遠となることも多々あります。しかも、言った本人が、そのことに気づいていない。そんなケースも少なくない。
 「民主主義とは注意を払うことである」と、宗教社会学者のR・N・ベラーは言う(『善い社会』中村圭志訳)。友の安否に注意を払い、世の中の動きにも注意を怠らない。そして誠意をもって、他者とかかわり、語ること。鈍感、無関心では、だめなのです。
  

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2012年01月30日

インフルエンザ

 インフルエンザが全国的に猛威を振るっています。
 一般的な感染症の予防には、外出から帰宅しての「手洗い」、「うがい」が効果あるそうです。特に手洗いの際に留意する点として、次の5点が挙げられています。(1)指輪や腕時計は外す(2)石鹸などの洗浄剤を使用する(3)不十分になりがちな指先、つめの間、親指、手首も含め30秒以上は洗う(4)流水でよく洗い流す(5)清潔なタオルなどでふき取る。となっています。災厄は大きくならないうちに、手を打つことが必要です。そのためにも個人での予防対策を、日ごろから身に付けておきたいものです。
  

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2012年01月29日

コミュニケーションの輪

 情報通信の世界に「メトカーフの法則」と呼ばれるものがあります。これは“ネットワークの価値や力は、利用者の数にしたがって増大する”というものです。
 情報通信だけではありません、人間同士が交流するときも、互いに触発し合い、コミュニケーションの輪が生まれます。注目すべきは、その増え方です。人数が1人増えるごとに、倍、倍と急増します。触発が、また新たな触発を生み、交流の輪が爆発的に広がるのです。
 寒い季節ですが、情報通信を活用して交流するもよし、外に出て、生で人間同士が交流することも必要です。


メトカーフの法則
http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/metcalfeslaw.html
  

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2012年01月28日

真の楽観主義

 中国革命の父・孫文のエピソードです。孫文が出席したある会合で、あまりに大勢が集まったため、会場の床が抜けてしまいました。出発にあたって、何と不吉なことかと、皆が顔色を変えました。しかし、孫文は悠然と言い放ちました。“なんとめでたいことだ! 敵を踏みつぶす前触れではないか!”。この一言で皆の心は明るくはじけ、歓声が起こったそうです。「十転び十一起き」と言われた、孫文の不屈の魂を端的に示した出来事です。
 同じ事実に直面にしても、とらえ方や見方には、人によって違いが出るものです。その現象の善い面を積極的に見るようにする――これが「楽観主義」的な生き方です。
 
 仏法では「善悪不二」と説き、物事には必ず両面があることを鋭く指摘しています。真の楽観主義とは、いわゆる「お気楽」とは根本的に違います。物事の両面をとらえる正視眼を持ち、「大悪も、大善へ転じていける」との深い哲学に根を張った、確信あふれる前向きの思想です。  

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2012年01月27日

過去と向かい合うこと

 イギリスの9~15歳を対象に、20世紀の二つの大戦について聞いた調査の結果です。「ヒトラーとは誰か?」 子どもたちが答えました。「重力の発見者」13・5%、「ドイツのサッカー代表監督」7%――(AFP、多項選択式)。77%は「ナチスの党首」と正解しましたが、風化が進んでいるのは明白です。
 では、「初めて核兵器を使用した国は?」との問いに、なんと「日本」と回答したのが31%もありました。常識といえる史実でさえ、このありさまです。まして、語られない事実は永久に忘れられかねません。

 『ヒトラーの特攻隊』(三浦耕喜著、作品社)には、ドイツにも、日本のカミカゼ特攻隊に酷似した攻撃があったと明かされています。「こんなばかげたことを!」と叫びながら出撃し、奇跡的に生き残った元隊員。体の傷、心の傷も癒え、娘に自身の体験を語れたのは、ようやくベルリンの壁崩壊(1989年)のころだったそうです。

 統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領は訴えました。「過去と向かい合うことがどんなに困難か、だがぜひとも必要であり、結局は未来のために役立つ」(永井清彦訳)と。語り継ぐ勇気と、受け継ぐ決意。老いも若きも、命に刻印すべきは、戦争の悲惨さ、残酷さです。世界大戦や核爆弾を前世紀の遺物とするためにも。
  

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2012年01月26日

心に積んだ財宝

 今から約1900年前、イタリア南部のヴェスヴィオ火山が噴火して、ポンペイの町は火砕流や土石流の厚い堆積物の下に埋まりました。詳しい記録はありませんが、死者はおよそ2000人と推定されています。
 特筆されるのは、富豪の家に死者が多く、両手に金貨や宝石を持って息絶えた人も見られたと、遺跡が証言しています。おそらく噴火が一時収まりかけたのを見て、自宅へ行き、財宝を運び出そうとしたのかもしれません。
 わが人生を何に使うのか。地位や名誉に生きる道、財産をなす人生もあります。しかし、それらはいつか消えてなくなってしまいます。残るのは、心に積んだ財宝だけです。
  

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2012年01月25日

言葉

 日本語学者の金田一秀穂氏が、講演会で「正しいのはどちらでしょう?」と質問しました。「アボガド」と「アボカド」。「T字路」と「丁字路」。「シュミレーション」と「シミュレーション」あなたはどちらが正しいと思いますか?
 正解はすべて後者で、全問正解は会場の1割にも満たなかったそうです。なんと、9割以上の人が間違った単語を覚えていたことになります。会場からの、驚きと笑いの中、金田一氏はこう言って安心させました。「大切なのは“正確な”言葉よりも、意図が正しく“伝わる”言葉です」と。

 「めし!」「フロ!」「寝る!」――オヤジ族の三大言葉です。これは、単語だけで伝えようとする「単語ことば」と言うそうです。確かに、意図は伝わることは伝わります。しかしそれは、奥さんの寛容と忍耐があればこそです。今、この「オヤジ族三大言葉」を使える家庭はどれだけあるのでしょうか?
 私たちの日ごろの会話も、聞き手が優しく意をくんでくれて成り立つことが、多々ありはしないでしょうか。例えば、「励まし」や「感謝」の言葉も、親しさに甘えてぞんざいになれば、返す笑顔の心の奥に、小さなわだかまりを残すかもしれません。
  

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2012年01月24日

苦闘の荒波に挑戦

 変転きわまりない社会です。今春卒業の大学生、高校生の就職状況は厳しく、入学時には思いもよらなかった苦闘の荒波に翻弄された人も多かったことでしょう。
 想定外の出来事は、長い人生には起こりうるものですが、その事態に直面してたじろぐこともあります。しかし「危機とチャンスは、常に一緒に存在し、私たちは、この二つを同時に迎えています。今こそ絶好のチャンスなのです」。そう信じて、苦闘の荒波に挑戦しましょう。
  

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2012年01月23日

ピンチこそチャンスです

 ピンチこそチャンスです。飛行機が向かい風から揚力を得て上昇するように人生も逆境を成長の因として、幸福の道を切り開いていけます。
 イソップの寓話集に「狐と葡萄」という話があります。腹をすかせたキツネが、高い枝になったブドウを見つけて飛びつくが、何回ジャンプをしても届かない。あきらめたキツネは、「まだ熟れてない」と言って立ち去っていく話です。
 人は往々にして、乗り越え難い壁にぶつかった時、都合のいい言い訳をして、自身を欺いてしまいます。ありがちなことです。言い訳をする暇があれば、「もう一歩」の努力を積み重ねたい。壁は外にあるのではなく、自身の心の中にあるのです。

 カナダの作家モンゴメリーは、代表作「アンの愛情」の主人公アンにこう語らせています。「小さな障害は、笑いの種だと思い、大きな障害は、勝利の前兆だと考えられるようになったの」と。(掛川恭子訳『アンの愛情』講談社文庫)ピンチこそ自身の壁を破る最大のチャンスです。

  

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2012年01月22日

“現場”に自ら足を運ぶこと

 世界最高のチェロ奏者と呼ばれたロストロポーヴィチ。彼は、指揮者、教育者、さらに人権の闘士としても活躍しました。東西冷戦の象徴であった「ベルリンの壁」が崩壊した時、壁の前でチェロを独奏するロストロポーヴィチの姿を記憶している人も多いことでしょう。
 この巨匠が、「音楽家が音楽家であることの喜び」を感じたのが「キャラバン」でした。これは、音楽にふれる機会の少ない場所に駆けつけ、無料のコンサートを行うことです。ロストロポーヴィチは、彼の祖国ロシアをはじめ、各国で開催しました。日本でも、指揮者の小澤征爾氏を誘って実施しています。
 小澤氏も、音楽家が市民の中へ飛び込むキャラバンには「音楽をする歓び」と「聴いてもらう歓び」があり、「音楽の本来あるべき姿」がある、と語っています(エリザベス・ウィルソン著『ロストロポーヴィチ伝』)。
 大切なのは、市民生活の“現場”に自ら足を運ぶことです。
  

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2012年01月21日

象形文字

 小学校低学年の子が、来の字を「米」と書き間違えました。理由は上の横棒を引き忘れた、と。確かに、米の字に横棒一本を加えれば「来」になります。
 「来」の語源を知っておもしろいことが分かりました。本来、来の字は「來」と書きます。ムギが実って芒(穂先のとげ)を大きく左右に張り出した様をかたどった象形文字なのです。「来」は米と同じ穀物が起源でした。では、あながち「米」でも間違いではないかも。

 古代中国では、ムギを意味する「來」と「やってくる」動作を表す単語は同音だったそうです。理由は抽象的な意味の動詞などは象形文字化しにくい。そこで「來」を当て字にしたのだという(阿辻哲次著『漢字の知恵』ちくま新書)
 メールを否定はしませんが、人間は言葉を使い、あらゆる事象を表現することができます。見聞きして感じたこと、心に描いたことを相手にどう伝えるか。その道具が言葉です。会って話すことで、心が伝わります。
  

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2012年01月20日

一本のネクタイ

 今年は中谷宇吉郎博士の没後50周年にあたります。「雪は天から送られた手紙である」とは、雪氷学の開拓者・中谷宇吉郎博士の有名な言葉です。世界で初めて人工雪を作ることに成功した中谷氏は、結晶の形と模様から上層の気象状態が分かると考えました。
 石川県加賀市にある「中谷宇吉郎 雪の科学館」には、一本のネクタイが展示されています。それは、師匠・寺田寅彦から譲られたものです。中谷氏にとって、雪がただの雪でなかったように、そのネクタイもまた、ただのネクタイではなかったのです。
 目にする度に師を思い、胸中で対話しながら、困難な研究を続けたのでしょう。後年 中谷氏は、そのネクタイを一人の青年に贈っています。自身が受け継いだ師の精神を、次代を担う青年に託す意味を込めて。

中谷宇吉郎 雪の科学館
http://www.kagashi-ss.co.jp/yuki-mus/
  

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2012年01月19日

自分が変わって周囲が変わる

 世界的な経済危機の津波が日本を襲っています。こうした「みんなが苦しい時代」に最もよく見られる反応は、自分の変えられないものに責任を押し付けること――と国際関係評論家の北野幸伯氏は指摘しています。それよりも、(1)変えられないことに一喜一憂せず(2)自分が変えられることに集中し(3)自分の仕事をさらに極め(4)「日本を変える!」との志を高くもつことだ。と提案しています。
 確かに「アメリカが悪い」「政府が悪い」「社長が悪い」「人が悪い」等々と、苦境の原因を環境のせいにするのは簡単です。しかし、座して嘆いてばかりいても、状況は一向に好転しません。
 で、あるならば、情勢を冷静に分析し、その上で「日本は、どう勝ち抜けばいいのか」「会社は、どうすれば生き残れるのか」「自分にできることは」と知恵を絞り、努力すれば、ピンチは必ずチャンスになると信じます。
 周囲が変わって自分が変わるのではない。自分が変わって周囲が変わる。周囲が変われば世界も変わるのです。
  

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2012年01月18日

桐の木

 かつて東北には、娘が生まれると、自宅の庭に桐の木を植える風習がありました。桐は、狂いが少なく、割れにくい性質ゆえに、タンスや琴といった、世代を超える品をつくるのに使われます。娘に物心がついたころ、親は「これは、あなたの木だ」と教え、育てさせるそうです。
 桐は、子どもと共にぐんぐん成長していきます。やがて、年ごろを迎え、娘の結婚が決まると、親は職人に託し、その木で小さなタンスや下駄を作り、嫁ぐ際に持たせたそうです。
 嫁ぎ先の見知らぬ土地で、人間関係や生活が一変し、つらい思いもするだろう。そんな時は、故郷の厳冬に耐え、倒れることなく成長した“わが木”に自身を重ね、忍耐強く、そして堂々と、試練を乗り越えなさい――そんな親の思いを込めたのでしょう。まだこの風習は残っているのでしょうか?
  

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2012年01月17日

辛苦して学問を成し遂げる

 今年も大学入試センター試験が実施され、いよいよ受験シーズンの本番を迎えました。この季節、受験生にとっては気の抜けない日が続きます。辛苦して学問を成し遂げる「蛍雪の功」を信じて、受験生の皆さんには、全力を尽くして目標を勝ち取ってもらいたいものです。

 「灯は尽き、目も朦朧(もうろう)とし、眠りを欲す。しかし、一行一字を尚も学びたい」。これは、香港中文大学の饒宗頤(じょう そうい)終身主任教授の詩の一節です。これを詠んだ時は饒氏が16、17歳の頃とだそうです。青春時代、饒氏が、いかに寝る間を惜しんで勉強に励んでいたか、その心情が見事に表現されています。
 饒氏は書画家、詩人として知られ、仏教学、儒学、敦煌学などを究めた碩学です。中国学術界の最高峰「国学大師」として仰がれ、「東洋のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と称されるのは、この青春時代の努力と鍛えがあればこそ、でしょう。

 蛍雪の功
http://www3.kcn.ne.jp/~jarry/koji/kj026.html
  

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2012年01月16日

海の沈黙

 ヴェルコール作『海の沈黙』は、フランス・レジスタンス(抵抗)文学の白眉です。この映画化作品が一昨年、日本でやっと公開されました。フランスでは1949年に映画が公開されています。
 映像は、際だって見事です。モノクロームに、鮮やかな光と影のコントラスト、後に「死刑台のエレベーター」や「恋人たち」、「太陽がいっぱい」などを撮った、名手といわれたアンリ・ドカエのカメラです。
 舞台は、ナチス占領下のフランス――。タイトルに海がありますが、海は出てきません。海とは、実際の海ではなく、人間性を失わず、権力に抵抗する人たちの、限りなく広がる心の海です。
 
 ドイツ人の将校が、ある一家を訪れます。礼儀正しく教養豊か。フランス文化に魅せられてきたという。が、この一家は侵略者に、どうして心を開くことなどできるだろうか。一家は、深い沈黙をもって応じる――。
 やがて将校は、激戦の東部戦線へ転任に。別れの日、娘がはじめて口を開く。「アデュー(さようなら)」と。この言葉は、限りなく「ボンジュール(こんにちは)」に近い、ひと言ではないだろうか。

海の沈黙
http://melville.nomaki.jp/lesilencedelamer.html  

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2012年01月15日

ドッグイヤー

「ドッグイヤー」という言葉があります。犬は人の7倍の速さで成長することから、1年が7年分の速さで進むような、現代社会の変化の激しさを例えたものです。
 この「変化」について「二つの、似て非なる側面」があると、東京大学社会科学研究所の玄田有史教授は言っています(『希望のつくり方』岩波新書)。それは「変わる」変化と、「変える」変化。前者が、変化を待つ姿勢なのに対して、後者は、自らの行動を通して変化を起こそうとする姿勢だそうです。
 長引くデフレ、人口の減少などで、閉塞感が漂う今、多くの人が「変化」を期待しています。だが、「変わる」変化を求めがちになっていないか、と玄田教授は指摘しています。
 仏典には、躍動する生命を「歓喜踊躍(かんきゆやく)」と説いています。“何があっても私は前進する!”。このはずむ心で、目の前の「壁」を打ち破る挑戦を開始したい。“何とかなるだろう”“誰かがしてくれるだろう”という、他を頼る受け身の姿勢のままでは何も開けません。
  

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2012年01月14日

心に太陽を持つとは

 ドイツの詩に、こんな作品があります。「心に太陽を持て。/あらしが ふこうと、/ふぶきが こようと/天には黒くも、/地には争いが絶えなかろうと、/いつも、心に太陽を持て」(山本有三訳『心に太陽を持て』ポプラ社)。これは、どんなときも、明るく力強く生きよとの呼び掛けでしょう。

 地上に降り注ぐ太陽のエネルギーは、1時間足らずで、人類が1年間に使うエネルギー量にも匹敵するそうです。その為、古来より人類にとって太陽は、豊穣の象徴であり、又、恐怖の対象でもありました。それは、多くの恵みを施す一方、強烈な熱で人間を滅ぼしかねないと信じられていた為です。それほど太陽の力は大きいのです。

 ドイツの詩にある「心に太陽を持つ」とは、“強烈な太陽を心に持てる、強い自分自身をつくれ”との意味もあるのではないでしょうか。私たちは自身の生命に、大きな可能性を秘めています。それをどれだけ発揮していけるかが、人生の勝負です。


心に太陽を持て
http://www.asahi-net.or.jp/~uu3s-situ/00/Kokoro.html  

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2012年01月13日

流行した言葉

 流行した言葉に「KY」があります。大半の流行語は一過性のものですが、これは今も使われています。「KY」とは「空気が読めない」の略です。もちろん、その場の雰囲気に気を配ることは大事です。しかし、みんなと違う意見を言って「あいつはKYだ」といじめられる例が、多くの学校で報告されているそうです。表には出てきませんが、多くの職場でもあるのではないでしょうか。

 そのような世相を風刺する「寓話」があります。アンデルセン童話の「裸の王様」です。この舞台を、現代日本に置き換えたら、どうなるでしょうか。みんなが「王様の服は素晴らしい」というなかで、一人の少年が「王様は裸だ!」と叫んだ。すると周囲から「KY! 空気を読めよ!」とたしなめられてしまう。おかしな世の中です。

 昔から「付和雷同」、「長いものには巻かれろ」の雰囲気が強いとされる日本社会です。しかし、意見を言うことすらできない「雰囲気」は危険です。

裸の王様
http://diamond.jp/articles/-/13718  

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2012年01月12日

日々“新しい自分”を創り出す

“過去のイチロー”を捨てる――今やアメリカ大リーグの安打製造機となったイチロー選手の言葉です。過去のバッティングフォームを研究し、よくあの形で打てたものだと振り返るという。
 彼ほどの打者でも、バッターボックスに立つと、どこに打っても人が守っていて打球を捕られるように思えるほどの重圧を感じるそうです。しかも、150キロを超える剛速球は、わずか0・4秒で打者の手元に届きます。普通ならヤマを張り、甘い球を待つのが普通の選手です。だがイチローは、あえてピッチャーの決め球に挑む。難しいボールを打てるからこそ、高打率を残せる。そのために“新しいイチロー”をつくり続けます。

 新たな年を迎え、“やらんかな”の息吹に燃え立つ時です。過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられます。今までうまくいったからといって、これからもうまくいくとは限りません。反対に、これまでうまくいかなくとも、今からの決意と行動ですべてが決まります。日々“新しい自分”を創り出す「自分革命」の心意気で取り組みたいものです。  

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