2012年07月31日

必ず読書好きになる

 「いゝ本をよむ喜びは/生きるよろこび」と詩に綴ったのは、武者小路実篤氏(角川文庫)です。「良書」との出会いは、人生の宝探しのようなものです。その一方で、「自分で本を選べない若者が増えてきた。特に、ネット販売で“これを買った人は、こんな本も読んでいます”との言葉に弱い」と、ある作家が嘆いていました。実際に本を手にとって選ぶことは、人間形成に大きな影響があるそうです。
 自分の世界に引きこもっていた少女が、書店で現物の本を手にしたことを機に、外出をしだしたという事例があります。ある大手の書店の店長も「母親に頼まれてお使いに行くのと違い、本屋は、子どもが自らの意思で買い物を始める場所。一冊の本をじっくり眺めて選ぶようになれば、必ず読書好きになる」と。  

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2012年07月30日

その人の“全体像”

 事件が起きた。「犯人像は一体?」と、新聞記者に意見を求められることがあっても、臨床心理学者の河合隼雄氏は、決まって断っていたそうです。理由は明快です。「分からない」から。臨床心理学者としての分析的な話はできるが、だからといって「この事件の」犯人のことがつぶさに分かるわけではない。人間はそういうものではなく、一人一人違うというのです。
 医者として患者に接する時も、患者が話すことに安易に共感を示さないそうです。だから「先生は冷たい」と言われることもあったそうです。氏は人を“細部”ではなく、「全体として見る」ことを心がけていた『こころと脳の対話』
 人は往々にして、ちょっとした言動や外見、肩書で、その人を判断してしまうことが多いものです。しかし、相手の本当の姿、なかんずく長所は、すぐに理解できるものではないでしょう。豊かな人間関係を築くには、その人の“全体像”を見ようと、じっくり努力し続けることが不可欠です。  

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2012年07月29日

チャレンジ

 “それは、まるで真っ暗な宇宙空間に放り出された感じ”でした。日本のヘレン・ケラーと呼ばれる福島智・東京大学准教授が全盲ろうになった時のことをこう述懐しています。
 目が見えず耳も聞こえない氏が4年前の6月、博士号を取得しました。これは国内で初めての出来ごとでした。氏の困難に挑み、夢に向かって進む姿は多くの人の希望となりました。氏は9歳で視力を、18歳で聴力を失いました。だが、“全盲ろう者になり、二つのことを学んだ”と、平成19年春、東大の入学式の祝辞で述べています。
 一つは「人間は一人ぼっちでは生きていけない」。光と音を失った氏にとって、多くの人に支えられての成功でした。支えは、感謝の心へと変わり、前進の力となったはずです。もう一つは「どのような困難な状況にあっても、可能性がゼロになるということはない。チャレンジし、現状を変革していく可能性は必ずある」と。  

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2012年07月28日

先駆者の心を受け継ぐ

 日本最古の人類化石が、数多く発掘されている沖縄。なかでも、約1万8千年前の全身にわたる人骨が4体も見つかった「港川人」は有名です。
 発見者は、実業家の故・大山盛保氏でした。購入した粟石の中に動物化石を見つけた彼は、“必ず人類化石もあるに違いない”と、産地(八重瀬町港川)を突き止め、1970年、人類化石を執念で発見しました。
 この化石は、その後、研究のため、長きにわたり、東京大学で保管されていました。その化石が再び沖縄に帰ることを夢見つつ、盛保氏は他界。亡き父の思いは、子へと受け継がれました。
 長男の盛弘氏は、父の遺志の実現を、粘り強く訴え続けました。そして発見から37年が過ぎた平成20年11月、ついに港川人4体が故郷に帰り、県立博物館での展示が実現したのです。このうち2体は、同博物館で保管されることになりました。「父の願いを果たすことができ、感慨深かったです」と、長男の盛弘氏。先駆者の心を受け継ぐことは容易ではありません。

港川人
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/3/3-16.html
  

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2012年07月27日

主役は「青年」

 日本史上、まれにみる激動期、それは江戸時代の幕末から明治維新の時でしょう――その主役は「青年」でした。とともに、多く犠牲となったのも「青年」でした。
 血気にはやり、いかにあまたの若者が命を散らしました。が、他方、はるか離れたフランスの地で勉学に励む、27歳の青年もいました。彼は後に“日本資本主義の父”と呼ばれた渋沢栄一です。
 渋沢栄一はパリ万博参加の一行に加わり、渡仏しました。同輩が祖国の激震に浮足立つなか、栄一は「専心修学」に徹しました。一心不乱に近代国家形成の基礎となる政治・経済・法学などを学びに学びました。欧州滞在は維新前後の2年に及んでいます。
 「向後(=これから)外国の学問がますます必用(=必要)になって来るに相違ない」「禍乱を避けてその間に学問の修業が出来るというもので、実に天来の僥倖」(『雨夜譚』岩波文庫)と、後に彼は語っています。心血を注いでの刻苦勉励の日々は、やがて日本社会を支える「民業」育成への大きな力となりました。  

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2012年07月26日

自分を信頼してくれている人

 中国の古典『水滸伝』の中で、豪傑たちをまとめたのは宋江です。彼が中心者になったのは、ただ年長と言う事ではなく「人物をとことんまで見抜く特別の力を持っていた」からです。自分の長所も短所も知り抜く指導者がいたからこそ、一人一人が思う存分に活躍できたのです。
 私たちの周りにも、自分を信頼してくれている人が必ずいるものです。その期待に対して「応えてみせる!」と心に決めた時、人間は想像以上の力が発揮でき、勝利の歴史も開かれます。
  

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2012年07月25日

ミラー効果

 見知らぬ人がすれ違うとき、会釈を交わし合う街があります――それは東京(江戸)。といっても現在の東京ではなく江戸時代の話です。
 当時、江戸は人口100万人ともいわれていました。他人と触れ合わずには過ごせない街です。ご存知のようにこの時代は「士農工商」と呼ばれる身分制度がありました。その為「髪形や服装などから身分がひと目でわかる時代でした。身分の差異を乗り越えて円滑なコミュニケーションを築くための知恵だったのかもしれない」(中江香著『お江戸のニコニコ人情暮らし』中経出版)。人は誰でも、あいさつされればうれしくなるし、喜ばれれば、こちらもうれしくなるものです。
 良い人間関係を築く上でヒントになる「ミラー効果」という仮説を中村克洋・広島経済大学教授が立てています。仮説は「人と人とのコミュニケーションにおいて、人はあたかも鏡を見ているかのように『相手の顔の表情』に影響(共感)を受ける」。「相手と同じ表情をしてみる」ことで初めて「相手の表情の意味を理解する」と考えられるそうです。
  

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2012年07月24日

世界のヒトミ

 ロンドンオリンピックまで後3日となりました。こんな話をご存知ですか。
 勝負に挑む時の彼女の心境を一言で表すと「嬉しくてならない」だったそうです。彼女とは、800メートル走で銀メダルを取り、日本人女性初の五輪メダリストとなった人見絹枝です。
 この舞台は、1928年(昭和3年)のアムステルダム五輪でした。人見絹枝にとって“世界の壁”はあまりにも高かったそうです。しかし彼女は「あれだけ努力し期待した事が、この調子ならいよいよ一週間とたたないうちに、あのスタジオンで実現するのかと思うと嬉しくてならない」「私はベストを尽そう」。弾むような足取りで、会場に向かった(人見絹枝『炎のスプリンター』)と、自分を鼓舞しています。
 この800メートル走には、彼女より体格のいい選手、経験のある選手は、山ほどいました。が、すべてをやり切った彼女は自信をもち、喜びをもって戦いました。そして銀メダルを獲得しました。以来、彼女は「世界のヒトミ」と仰がれました。  

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2012年07月23日

何に生きるべきか

 作家の故・向田邦子さんは、まだ無名時代、右胸の乳がん手術を受けた際の輸血が原因で血清肝炎となり、寝たきりになった時期がありました。そんな利き手の右手が動かせない向田邦子さんに、連載執筆の依頼が来ました。向田さんは「考えた末に」――引き受けたそうです。向田さんは、不慣れな左手で書いたそうです。その時を振り返り「こういう時にどんなものが書けるか、自分をためしてみたかった」(『向田邦子 映画の手帖』徳間文庫)。
 不遇な状況に置かれた自分が“何を書くべきか”を考え、挑戦したのです。向田さんは、のちに直木賞を受賞します。「生死」を見詰めた人は、「何に生きるべきか」を深く自覚する逸話です。  

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2012年07月22日

どげんかせんといかん

 あの知事の“どげんかせんといかん”のフレーズでブームとなったのが九州・宮崎県です。
 しかし82年前、県内に初めて定期遊覧バスを走らせたのは、“宮崎観光の父”と呼ばれる岩切章太郎氏でした。当時、隣県の大分・別府の温泉街は「旅の不夜城」と称されるほど、賑わっていました。一方、当時の宮崎には温泉がありませんでした。そこで氏は、アメリカからフェニックスの種子を輸入。日南海岸などに植樹し、現在の「南国・宮崎」の景観を作り上げました。
 氏は、自身の行動力の源泉の一つに、恩師と仰ぐ人物の言葉を挙げています。それは「心配するな工夫せよ、という教訓」(『心配するな工夫せよ』鉱脈社)。心配する時間があるなら、何が自分にできるのかを考え挑戦せよ、というわけです。
  

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2012年07月21日

素敵な詩

 黒人女性文学の先駆的詩人マーガレット・ウオーカーの素敵な詩を紹介します。
「おばあちゃんたちには思い出が一杯/石鹸の匂いやたまねぎや湿った土/静脈が浮き出ている働き者の手/たくさんの清潔な言葉/おばあちゃんたちは強かった/おばあちゃんのようになりたいわ」(水崎野里子訳『現代アメリカ黒人女性詩集』土曜美術社)
  

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2012年07月20日

本人の生きる姿勢

 薬局のレジに張られた一枚の紙。そこには「次のお客様には薬の効果はありません」との文字が記してありました。続きには「(1)病気を治そうと思っていない人(2)不摂生な生活の人(3)命よりお金を大事にする人」と綴られていました。
 これは“一本とられた″とばかりに店主を見ると、いたずらっぽい笑顔で一言。「病気を治すと言っても、医師や薬は、あくまで『補助』。大切なのは本人の生きる姿勢ですから」と。納得
  

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2012年07月19日

「アイヌ」の誇り

 民俗学者の柳田国男氏が、「これこそ口誦文学の最高傑作」と絶賛した『アイヌ神謡集』を知って見えますか。
 著者の知里幸恵は19歳の時、失われつつあったアイヌ語の物語を日本語に翻訳し、不朽の名作を完成させました。『アイヌ神謡集』は現在、英語やロシア語などでも出版され、「アイヌ」の誇りを今に伝えています(中井三好著『知里幸恵』彩流社)。民族の文化を絶やすまいとした思いは、現在もアイヌの人々の心に生きています。


知里幸恵 銀のしずく記念館
http://www9.plala.or.jp/shirokanipe/  

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2012年07月18日

動執生疑

 こんな経験をされた事はありませんか。知人との語らいで、なかなか理解してもらえなかった時は。だが「違いを思い知らされることが、ほんとうの意味での理解ではないか」と大阪大学総長の鷲田清一氏は考察しています。 
 著書の中で、言葉を交わすほど、互いの違いが際立ってくるはずであり、「納得」は言葉のぶつけ合いの果てにやってくるとも(『わかりやすいはわかりにくい?』ちくま新書)と指摘しています。
 同じ事柄にしても、感じ方は人それぞれ。「この人は、こう考えているんだ」とわかることから、一歩踏み込んだ対話が始まります。何を考えているのかわからない相手との対話は、心に触れている実感がわかないばかりか、腹の探り合いになってしまう事でしょう。
 仏法に「動執生疑」という言葉があります。言葉の意味は「それまで執着していた信念が動揺し、疑いが生じること。」それは真実に目を覚ます好機でもあります。  

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2012年07月17日

傲慢な権力者

 「メロスは激怒した」――。太宰治の『走れメロス』は、この一節から始まります(岩波文庫)メロスは、何に対して怒ったのか? それは、「邪知暴虐の王」に対してでありました。彼は、罪のない人々を平然と殺す傲慢な権力者が許せなかったのです。青年らしく正義を訴えました。命懸けで友情を貫きました。その姿が最後には、王の心を変えたのです。
 山本周五郎の代表作に『赤ひげ診療譚』があります。その中に“赤ひげ先生”と称される老医が、貧しい病人を苦しめる圧政を、糾弾する場面があります。“赤ひげ先生”は叫びます「おれはごまかされないぞ」「人間を愚弄し軽侮するような政治に、黙って頭をさげるほど老いぼれでもお人好しでもないんだ」(ハルキ文庫)。
 市井の人々の幸せを願う心は、時に「怒り」となって噴出しましょう。優しいだけでは人々を守れないからです。また、庶民を踏みにじる動きを“見て見ぬふり”は、悪への加担です。  

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2012年07月16日

弱点をもプラスに変えていく

 使用済み携帯電話等から貴金属を取り出し、再利用する取り組みが、“都市鉱山”として注目を集めています。その中の一箇所、全国から回収品が寄せられる秋田県小坂町は明治時代、金、銀、銅の総生産額で、日本一を記録した鉱山の町でした。
 だが、煙害で樹木が枯れ、環境汚染も深刻でした。その町が今、循環型社会を提唱する“エコの町”へ変身しています。しかも、かつて自然破壊をもたらした製錬技術が資源の再利用に生かされているのです。
 弱点をもプラスに変えていくのは、人生にあっても大切な事です。  

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2012年07月15日

内面を見つめる「鏡」

 こんなアンケートがありました。〝あなたは、一日に何回、鏡を見ますか?″。10代後半の男性に聞いた調査では、平均が13・7回。中には「100回以上」という答えもあったそうです。
 自分を映す鏡。外見をながめるのももちろん必要ですが、内面を見つめる「鏡」も必要でしょう。これは親や先輩も「鏡」となります。忌憚なく接するなかで、自分の姿も見えてきます。真摯な自己省察は、成長へのバネとしていくこともできることでしょう。
 ストレスの多い社会です。自分を「見つめる」ための鏡は、だれにでも必要でしょう。とともに、自分を見つめ直す〝時″を、一日の生活の中でもつことが大切になってきます。
 心理学では、ストレスを克服していく上で、次の五つの大事な点を指摘しています。①立ち止まる②見つめる③気づく④選択する⑤成長する。(『創発的健康観のすすめ』木暮信一著)何か壁にぶつかったとき。まずは立ち止まって、自分の内や外を冷静に見つめ直してみる。そこでハッと気づく。そのことをもとに、自分の進むべき道を選び、壁を乗り越えて成長していくということです。

  

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2012年07月14日

自説に固執は・・・・・

 「閑さや岩にしみ入蝉の声」。芭蕉の名句が似合う季節です。かつて、ここに詠まれたセミは何かとの論争があったそうです。句の生まれた山形県が故郷の詩人・斎藤茂吉は、鳴いているのはアブラゼミと主張しました。一方、夏目漱石研究の第一人者・小宮豊隆は、ニイニイゼミだと反駁を加えてきました。
 アブラゼミと主張した茂吉が、同句の詠まれた時期に合わせ、現地に鳴くセミを調査したのは、79年前の7月でした。結果、軍配はニイニイゼミに上がりました。調査が進むほど、主張が崩れゆく劣勢に、生来、負けず嫌いの茂吉が、あぶら汗をかいたかは定かではありませんが、潔く兜を脱いで認識を改めた姿は、立派です。
 異論が出された時、どのような行動を取るかで、結果は大きく異なってきます。いたずらに自説に固執することなく、互いに打ち合うことで、自他共の進歩の道が開かれるのではないでしょうか。  

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2012年07月13日

名前で呼んでもらえるとうれしいものです

 こんな経験はありませんか? 知人とばったり再会しました。「○○さん、お久しぶりです・・・・・・」 以前、あいさつを交わした程度なのに、名前で呼んでもらえるとうれしいものです。一気に距離が縮まり、対話が弾みます。反対に、相手の名前が思い出せず、冷や汗をかくこともあります。
 名前は当人にとって、とても大切な響きを持ちます。名前を呼ぶことは、相手の人格を認めることであり、実りあるコミュニケーションには欠かせないものです。
 ある有名ホテルの元支配人によると、最高のもてなしには、“客の名前を覚えることが必須”だそうです。名前が出てこない人には、なかなか心が行き届かないからだそうです。彼は、お客様ノートを用意し、相手の名前と特徴を書き留め、繰り返し覚えました。さらに車、性格、好み、誕生日、会話内容までも記していった(林田正光著『エクセレント・サービス』PHP研究所)。別の接客の達人は、名前に加え、表情や声、歩き方、会った時間や天気なども、一緒に記憶するという努力をしているそうです。さすが!!  

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2012年07月12日

基本に徹すること

 ある子ども向けの剣道の講習会の一こまです。講師を務めるのは、全日本選手権で優勝経験のある実力者でした。子どもたちはもちろん、付き添いの大人たちも、“どんな高度な技を教えてくれるのだろう”と胸を高ぶらせました。ところが、開口一番、講師が口にしたのは「正座の仕方、知っていますか?」との一言だっでした。
 続けて講師は、お辞儀の仕方、防具のひもの結び方、手ぬぐいのつけ方など、竹刀を握る前の基本の動作を、繰り返し教えました。集まった子ども剣士たちに、「基本に徹すること」の大切さを、身をもって伝えたのです(山田ゆかり著『勝つ! ひと言』朝日新書)
  

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