2012年03月31日

交換ノート

 「現代の名工」に選ばれているガラス工芸作家・黒木国昭氏。氏は創作活動の傍ら、工房で働く62人のスタッフとの「交換ノート」を日課にしているそうです。創造の世界は、常に行き詰まりとの戦い。「時を置かず、その場でスタッフの悩みを解決する『現場主義』を大切にしたい」との理由からと語っています。
 人間、壁に突き当たったときは、放っておくと、悩みや不安がどんどん増していきます。そんなとき、周囲のアドバイスや激励があれば、どれほど助かることでしょう。もちろん、それが早いのに越したことにありません。問題点を見つけたら、その場で解決に当たる――氏の言う「現場主義」とは、スピード主義、そして一人を大切にする慈愛の発露ともいえましょう。
  

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2012年03月30日

伝来

 「胡麻(ごま)」「胡椒(こしょう)」「胡瓜(きゅうり)」。これらに共通しているのは「胡」という文字です。これらの植物は、中国から日本に伝えられ、中国には中央アジア方面から伝来してきたそうです。また「胡」は、中央アジア方面の民族を示すそうです。
 仏教がインドから中国へ伝播した主なルートは、中央アジアを貫くシルクロードでした。「日本人の精神構造に大きな影響をあたえている仏教の東方伝来においても中央アジアが演じた役割をみのがすことは決してできない」と岩村忍氏は指摘しています(『文明の十字路=中央アジアの歴史』)
  

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2012年03月29日

江戸時代は「鎖国」でなかった

 江戸時代は「鎖国」でなかった――これが今、定説になりかけています。
 鎖国であっても江戸時代の当時、海外への窓口は四つありました。長崎・対馬・薩摩・松前です。ここをを通じて中国・オランダ・朝鮮・琉球・蝦夷と交流していました。この対策を通して日本は、東アジアにおいて確固とした存在感をもっていました。その一つとして朝鮮通信使の来訪も、約200年にわたり、計12回に及んでいます。
 “鎖国は家康公以来の方針”と言われ出したのは、江戸後期になってからの話だそうです。真実は、ロシアの通商要求を断るための口実であったという(ロナルド・トビ著『「鎖国」という外交』小学館)
 歴史は、不変ではありません。新たな研究成果が、歴史を書き換えることもあります。時代思潮により、過去の見え方も変わってくる事でしょう。「すべての歴史は現代史である」との、クローチェの言葉が脳裏に浮かんできます。
  

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2012年03月28日

休眠打破

 まだ桜が咲いていないのに先の話になりますが。桜は花を散らし、夏に花芽を形成すると休眠状態に入るそうです。一定期間、冬の低温を経験することで、眠りから覚め、春に向かう暖かさに合わせ、加速度をつけながら開花の準備をするそうです。これを「休眠打破」というそうです。常夏の国では、日本の桜が美しく咲かないようです。爛漫の開花には、冬の厳しさに、さらされることが必要なのだという証明です。
 もうすぐ満開の桜が見えます。  

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2012年03月27日

吾妻小富士

 三寒四温を繰り返しながら、少しずつ寒さが緩んできました。いつもの年ならば、福島の人々は、吾妻小富士を見つめるころでしょう。この吾妻小富士は暖かくなってくると、中腹を包んでいた雪が解け、残雪が白いうさぎのような形を現すからです。地元の人は親しみを込めて、「種まきうさぎ」などと呼び、“みちのくの春”の到来を知り、穀物の種を蒔く目安にしてきたそうです。
 「山笑う」という春の季語があります。冬を耐え抜き、勝ち越えた春の山々は、「さあ、次は君たちの番だ!」と、勇気と希望の微笑みを届けてくれているかのようです。
  

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2012年03月26日

“絶対に負けない”との強い心で

 文豪・山本周五郎は、エッセー「人生の冬・自然の冬」の中で、「人生にも四季があり、好況と不況とはつねに付いてまわる」と綴っています。人生には“試練”という厳冬の季節が巡ってくる時があります。その時、“絶対に負けない”との強い心で、目前の課題に立ち向かうことができるかどうか。それをなし得た人に、春は爛漫と咲き誇る事でしょう
 「一時、負けたからといって、へこたれてはならない。妙法は、絶対の人生の勝利への『永遠の宝の法』である」と創価学会の池田名誉会長は語っています。いかなる道であれ、腐らず、あきらめず、何があっても前へ進み続ける日々でありたいものです。
  

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2012年03月25日

 「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」。この季節、在原業平のような心境の方もいることでしょう。私の住む北名古屋市ではまだ桜の開花宣言はされていません。咲けば咲いたで、きょうの雨や明日の風で散ってしまわないか……。さまざまに心騒がします。桜は実に不思議な花です。
 平安時代以降は花と言えば桜と言われてきました。そして、さまざまな形容も生まれました。枝先の桜花を雪に例えた「梢の雪」。「花逍遥」は、桜を見ながらのそぞろ歩き。「夢見草」「心の花」という表現もあります。これらは『自然のことのは』(幻冬舎)に教えられています。
「さまざまの事思ひ出す桜かな」(芭蕉)。人生の句読点に、桜色に染められた思い出を刻んでいる人も多いに違いない事でしょう。

 在原業平http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E5%8E%9F%E6%A5%AD%E5%B9%B3  

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2012年03月24日

使命の道

 人には必ず使命があります。問題は、それを、どうすれば見つけられるのか。創価学会の池田名誉会長は、“じっとしていないことだ”と語っています。遠くを見て躊躇するのではない。「目の前の山を登れ!」「目の前の川を渡れ!」と。
 「泣きごとなどいわないで、すぐに活動をはじめ、いつも自分の足の上に確固として立っているのは、愉快だ」(秋山英夫訳)とは文豪ゲーテの言葉です。たとえ、笑われても、苦しくても、「目の前の山」から逃げない。自分の足で立ち、自分を信じて進む。その一歩が必ずや使命の道を開きます。  

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2012年03月23日

物語の力

 ドイツの作家エンデの代表作『モモ』は、時間に追われて人間らしさを失う現代人に警鐘を鳴らすファンタジーです。だが、エンデは「教訓話にして受け止めないでほしい」とエールを送っています。
 小説家の小川洋子さんは『モモ』について「教訓にしてしまうと、一行くらいで物語を要約することになります。そういう簡単な一行ですませてほしくないという気持だったと思います」と補い説明する(『心と響き合う読書案内』PHP新書)
 別の角度から考えて見ましょう。「友情を大切に」と一言で言われるより、太宰治の『走れメロス』を読んだほうが、子どもたちは多くの“宝”を手にすることでしょう。時代を超えて読み継がれる良書は、主人公と一緒にさまざまな出来事や出会いを“体験”することで、人生を豊かにしてくれる。それが「物語の力」です。
  

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2012年03月22日

ありがとうは<奇跡の言葉>である

 ある父親の子育て体験です。最近、言葉が増えてきた2歳の娘に靴下を履かせてあげたら「あいがと、パパ」と感謝されたそうです。親として当然のことをしただけなのにと驚き、温かな気持ちになったそうです。 「娘はまだ幼いから、どこまで理解して話しているかはわかりませんが、おそらく何かにつけて、私が子どもに”ありがとう”と言うようにしているので自然と覚えたのでしょう」と新米パパは語っています。
 創価学会の池田名誉会長は「ありがとうは<奇跡の言葉>である。口に出せば、元気が出る。耳に入れば、勇気がわく」と綴っています。感謝の心は自分自身を豊かにする。“幸せだから感謝する”以上に“感謝するから幸せになる”のだ、と語っています。
身近な家族だからこそ、何かをしてもらって当たり前と思うのでなく感謝を声に出す。態度に表す。そうした積み重ねが、和楽の家庭を築く力となります。
  

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2012年03月21日

第2の顔

 「手は第2の顔」と言われます。深い皺の刻まれた手。節くれ立った手。手には、その人の人生が刻まれています。
 ノーベル物理学賞・化学賞受賞者のキュリー夫人の手は、ラジウムによる火傷と、たこで硬くなっていたそうです。女性として、どんな思いで、わが手を見つめたでしょう。
 でも、その手によって、多くの若い研究者が励まされ、育っていったのです。“第2の顔”のぬくもりは、直接、心に届きます。
  

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2012年03月20日

勢いをつくる人

 1184年の3月(旧暦2月7日)、源氏と平氏による一ノ谷の合戦が開かれました。ここ一ノ谷は平氏が陣を敷いた堅牢な地です。そこを見事に打ち破ったのが、義経の“鵯越の逆落とし”の奇襲でした。
 しかし、戦いが始まる前、この険しい断崖を前に、源氏の兵士達は足がすくみ怖じ気づいていました。「鹿のかよおう所を馬のかよわぬ様やある」――源義経は皆を鼓舞すると、我に続け!! と、自ら馬を操り坂を駆け下りました。その勇猛果敢な姿に味方は奮い立ち、次々と続いたそうです。

 孫子の言葉に「善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責めず」(戦上手は勝利の要因を勢いに求め、人の能力に求めない)と。ゆえに、勢いをつくる人が最も大切になります。
  

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2012年03月19日

厳冬に耐えて満開に咲き誇る花

 今から100年ほど前のロシア。桜の咲いていた頃の事です。そのころ、文豪チェーホフは『桜の園』を手掛けています。当時、彼の体はすっかり病に侵されていました。病名は発熱や咳を繰り返す肺結核でした。胸の痛みに耐えながら、一行また一行と書き綴ったそうです。まさに死闘の連続であった事でしょう。これが彼の遺作となりましたが、『桜の園』は世界の文学史に残る戯曲となりました。
 桜が万人に愛されるのは、厳冬に耐えて満開に咲き誇る花だからです。まさに勝利の象徴だからでしょう。チェーホフもまた、苦しみの中で勝利を信じ、自身と闘っていたのではないでしょうか。私も眼前の課題に勝って、晴れ晴れと勝利の花冠を愛でたいものです。
  

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2012年03月18日

人の言葉は信頼に値するものでなくてはいけない

 論理的な思考、正しい議論を学ぶため、中学や高校の教育にも導入され始めているのがディベートです。その基本中の基本が、自らの発言の根拠を示すことです。出所不明の資料など論外な事です。もしも、データの捏造が発覚すれば、ディベートの競技そのものから「追放処分」が科せられることもある(茂木秀昭著『ザ・ディベート』)。
 ましてや言論の府たる国会が言葉の一つ一つに厳しくなくてどうするのか! 1972年の日中国交正常化の際、中国の周恩来総理が日本側に贈った論語の一節が「言必信」でした。信という字が「人」と「言」からなる通り、人の言葉は信頼に値するものでなくてはいけない。言葉に嘘が混じれば、社会も、国家間の関係も、信頼の基盤を失ってしまいます。
  

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2012年03月17日

人生の極意

 納屋が壊れ、途方に暮れた貧しい婦人を、文豪トルストイは、放っておけなかった。壁を作り、残るは屋根葺き。下を見てしまい、目がくらむ。農夫が助言しました。“やっている仕事だけを見るんですよ。他へ目をやらなければ、何でもありませんよ”。文豪は、人生の「極意が分かった」と喜んだ。恐れを克服するには、降りかかる迫害や敵意に気を取られず、目の前の現実に集中することだ、と(『トルストーイ傳』原久一郎著)
 この話に鼓舞された青年がいました。日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹です。彼は26歳の年の正月、彼は日記に綴りました。“あることに専心できれば、人は自然に伸び伸び成長を続けられる。一つのまとまった仕事を成就できるだろう”。中間子論を着想したのは、この年の秋のことだったそうです。
  

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2012年03月16日

新しい挑戦に年齢は関係ない。

 日本語学者の大野晋氏は、新しい研究のため、南インドに降り立ちました。1980年の事で、大野晋氏自身の還暦の翌年でした。その研究の成果を翌、81年に『日本語とタミル語』として発表しました。日本とインド、両者の関連性を指摘し、2言語が同一の起源をもつのではないかと推論しています。
 “還暦を過ぎて、こんな大変な研究をやる必要はないのでは?”との声に、大野氏は語ったそうです。「僕の人生は、これから始まるんだよ」と(川村二郎著『孤高』)。さらに研究を続け、99年の『日本語練習帳』はベストセラーに。その後も『日本語の形成』『日本語の教室』(いずれも岩波書店)など次々と上梓しています。そして2008年、88歳で亡くなるまで日本語研究に生涯を捧げました。

 中国の『淮南子』に「巧は拙に若かず」(巧みは拙さに及ばない。愚直な者が貴い)とも。新しい挑戦に、困難が伴うのは当然です。最初からうまくいくはずはありません。大事なことは、失敗しても投げ出さない、やり遂げる執念です。新しい挑戦に年齢は関係ないですね。
  

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2012年03月15日

虹は7色

 私自身数えた事はありませんが、日本人は「虹は7色」と思っています。しかし、「5色でしょ?」とオランダ人は答えるそうです。動物行動学者の日高敏隆さんが著書で紹介しているエピソードです(『動物の言い分 人間の言い分』角川書店)
日本人は、(1)赤(2)だいだい(3)黄(4)緑(5)青(6)藍(7)すみれ、の7色と見ています。5色と答えるオランダ人は、(1)赤(2)オレンジ(3)黄(4)緑(5)青、の5色だそうです。「藍や、すみれ色は?」と聞くと、「それは青が濃いだけです」と。
考えてみれば、光の色は連続しているので、どのように区分けするかは、見る人の感覚の問題です。日本では七つの色に分けますが、その分け方は地域によって多様なのです。
 人間はとかく、「自分の基準」で物事を見がちです。それでは人間の幅を狭めてしまいます。「違う見方」をする人と出会ったら、否定するのではなく、“自分が気付かない、新しい視点かもしれない”と、まずは真摯に耳を傾けてみてはどうでしょうか。「聞き上手」は、互いの人生を豊かにします。
  

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2012年03月14日

創業の精神

 江戸時代の鎖国下、長崎は、唯一の開港地でした。長崎の街を歩けば、創業が「寛永」「天保」など、江戸期の老舗と出合う事が多々あります。
 日本には、個人商店や小規模な会社を含めると、創業100年を超える老舗は10万以上もあり、その約半数を製造業が占めています。高度情報化や技術革新の激動を乗り越え、“のれん”を守り続けた老舗製造業には、共通項が見受けられます。
 (1)優れた人材を取り入れるのを躊躇しない(2)時代の変化にしなやかに対応(3)創業以来の家業の部分は頑固に守り抜いている(4)“分”をわきまえている(5)売り手と買い手とが公正と信頼を取り引きの基盤に据えてきた――ことが挙げられる(野村進著『千年、働いてきました』)
 人材の登用、進取の気風、こだわり、謙虚さ、公平な理念。老舗の伝統は看板という形式ではありません。創業の精神を守り、発展させゆく後継者の努力と信念にこそあるといえましょう。  

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2012年03月13日

自ら戦いを起こすべき時

江戸時代、若き上杉鷹山は、儒学者・細井平洲の教えを受け、米沢藩主となりました。当時、米沢藩は財政難など問題が山積していました。鷹山は赴任前、自分は何をすればよいのか、改めて平洲に教えを請いました。
師は“大事なこと、手本になることはすべて教えた”と答え、「勇なるかな」と励ましたそうです。今こそ戦う時。勇気を持て!と。上杉鷹山はその通り、細井平洲の教えを基に果敢に改革を断行し、藩を再建しました。
師の教えを胸に、“自ら戦いを起こすべき時”があります。その“時”を自覚した弟子こそが、師の偉大さを証明できる。古今東西に共通する師弟勝利の方程式をかみしめたいものです。
  

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2012年03月12日

メダルを四等分しろ

 女子レスリングで、五輪のメダリストを何人も育てた栄和人氏(日本レスリング協会女子強化委員長)。彼が選手に語っていることがあります。
 それは「メダルを四等分しろ」と。メダルが取れたのは、まず両親がいたからであり、次に選手自身の努力の賜。また幼いころから指導してくれた人たちや、直接は面識がなくともテレビや新聞を見て「頑張れ!」と応援してくれた人の支えがあったればこそと(折山淑美著『「才能」の伸ばし方』集英社新書)
 感謝の心ですね。
  

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