2013年11月30日

映画監督の小津安二郎

 戦前から戦後にかけてメガホンを取った映画監督の小津安二郎。彼は、人々の心が荒んだ戦後の混乱期にあって「長屋紳士録」「晩春」など、戦前と変わらず、一貫して庶民の美しい心を撮り続けました。
 時に懐古趣味との批評を浴びた小津監督は、“確かに今の世相が汚いのは現実”とした上で、「それと共につつましく、美しく、そして潔らかに咲いている生命もあるんです、これだって現実だ」と主張。「泥中の蓮を描きたい」と、最後まで人間の美徳を描く姿勢を貫きました(『僕はトウフ屋だからトウフしか作らない』日本図書センター)
 泥と無縁の花々にも幽玄、華麗を味わうことはできます。だが小津監督は、強くたくましく生きる「泥中の蓮」に美しさを見いだしたのでしょう。  

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2013年11月29日

 2500年以上の歴史を持ち、最も長い家系図として“ギネス”に認定されているのは、孔子家のものです。孔子は、日本では特に「仁義礼智信」等の道徳で有名です。
 その筆頭の「仁」について、作家の井上靖氏は作品中で述べています。“孔子が話をする時、必ず仁について触れた”“「人偏に二」と書く。人間が二人いれば、互いの約束事が生まれる。それが仁”“他の言葉で言うと「思いやり」”になるのです。
 現代社会はともすると、人との関係性や思いやる気持ちを軽視する風潮が強いです。孔子のように時を超えて尊敬を集める偉人が強調した徳目の重要性を、今一度、見つめ直すことも大切ですね。  

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2013年11月28日

下にむかって育っているのだ

 日に日に寒さが増し、各地で落葉の季節となりました。“木の葉が落ちてから、芽が出るのではない。下から芽が出る勢いにこらえきれず、木の葉は落ちるのだ”吉田兼好は『徒然草』に記しています。そう考えれば、哀愁漂う晩秋も、また違って見えてきます。
 チェコの作家カレル・チャペックも、「木が秋に裸になるのは、枝々に、爆音とともに躍り出る春をつくっているからだ」と言っています。そして、視線を地上でなく、根の伸びる地下へと向けました。「自然はワイシャツの袖をまくり上げて、下にむかって育っているのだ。両手に唾をつけて、いっしょうけんめい土を掘っているのだ」(小松太郎訳『園芸家12カ月』中公文庫)と。  

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2013年11月27日

「書く」ことは「掻く」こと

 書店をのぞくと、平積みされた明年の手帳や日記帳が並んでいます。今年も、あとひと月ばかりです。この1年の来し方について、手帳や日記帳をめくり、決意や反省に立ち返る人も多いのではないでしょうか。
 「書く」ことは「掻く」ことと同源なのです。彫刻と同じように紙に引っ掻くという意です。「書く」行為は人格的な格闘であり、自分の歴史を刻みつけることに通じるのです。  

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2013年11月26日

声は言葉

 「生命は力なり。力は声なり。声は言葉なり。新しき言葉はすなはち新しき生涯なり」。これは『藤村詩集』序文の有名な一節です。同じ声、同じ言葉でも、相手の心に入る深さは、それを発した人の思いによって変わってきます。力を持った声や言葉は、聞く人の人生をも変えていきます。
 日蓮大聖人は仰せです。「南無妙法蓮華経は師子吼の如し」(御書1124ページ)、「声仏事を為す」(同708ページ)と。対話の中身は大切ですが、さらに大事なのは、信仰の喜びを分かち合いたい思いがあるかどうか。その一念の力が、声となり言葉となり、友の心を揺さぶるのです。  

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2013年11月25日

聴くという姿勢

 IPPNW(核戦争防止国際医師会議)の創設者で、心臓専門医であるB・ラウン博士には、患者と向き合う時に心がけてきたことがあるそうです。それは「時計を見ない」「電話をとらない」、そして「相手の話を途中でさえぎらない」。会っている時は、全身全霊で聴くという姿勢です。
 古代中国・天台の『摩訶止観』には「上医は声を聴き、中医は色を相し、下医は脈を診る」とあります。天台が、声を聴くだけで病気を見分ける医師を“名医”としたのは、「聴く」ことに、「癒やす」という行為の核心が含まれるからでしょう。  

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2013年11月24日

祈り

 哲学者のアルフォンス・デーケン氏が生死観の研究を始める契機となったエピソードがあります(『新版 死とどう向き合うか』NHK出版)。アルフォンス・デーケン氏が学生時代、病院で末期のがん患者の付き添いを頼まれる。自分に何ができるのか。苦悶の末、氏が選んだのは、患者と共に祈ることでした。それのみが相手と自分を支える方法であったのです。
 本格的な寒さを迎えた東日本大震災の被災地で、温もりの語らいが広がっています。自ら苦しみを抱えながらも、友は、もっと大変な人のもとへと足を運ぶ。じっと話を聞くだけの時も。たとえ何もできなくても、祈ることはできる。一人一人の顔を思い浮かべて「必ず幸せに!」と。信仰者とは、不屈の希望の表現者です。被災地の皆さまの祈りに心を合わせ、私も日々の復興を祈っています。  

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2013年11月23日

「時」に耐える

 長い眠りから覚めた埋もれ木は、漆器などに生まれ変わります。職人の手で新たな命を吹き込まれ、再び深い気品を保ちながら、趣のある輝きを放つのです。
 仙台市の埋もれ木細工職人の話。埋もれ木を使った作品は、刃物で削り、つや出しに漆を塗るが、その直前の「研ぎ」という磨き作業に作り手の腕が問われるらしい。人の目ならごまかせる程の磨き残しも、漆を塗れば、粗は歴然とわかってしまうという。
 職人いわく、「手抜きを糊塗する技術を考慮した製造方法では、本物のもの作りの精神に磨きがかからない」。本物を作るうえで、寸分でもごまかしがあれば、「時」に耐えることはできないそうです。  

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2013年11月22日

りんご吊り

 “冬将軍”の到来に備え、豪雪地帯で雪囲いや雪吊りが進んでいます。樹木を守る「雪吊り」にはいくつかの方法がありますが、「りんご吊り」の場合、幹に沿って柱を立て、その先端から放射状に縄を張って、それぞれに枝を結わえる。金沢の兼六園はじめ、雪国の冬の風物詩です。

りんご吊り http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/new/ivent/yukituri.htm  

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2013年11月21日

ウォームシェア

 環境省が推進するウォームビズの取り組みの一つに「ウォームシェア」があります。これは一人一人が暖房を使わずに、家族や近所が一つの部屋に集まることを呼び掛けるものです。暖かさだけではなく、皆で語り合う楽しさもシェア(共有)できそうですね。
 三重県の答志島では、昔から他人同士が親子のように団らんを楽しむ光景が見られます。同島には「寝屋子制度」と言って、中学校を卒業した男子が週末になると、世話役である「寝屋親」の家で生活するという、ユニークな習慣があります。
 相互扶助の文化を支えるこの制度のもと、子どもは、寝屋親から島の歴史や礼儀作法等を教わります。一方で大人は、他人の子どもを預かり、教育する。まず自身が“親よりも親らしく”という自覚と姿勢を求められます。
 “育児は育自”という言葉がありますが、それは幼児教育に限りません。大人は子どもを育てる中で、先輩は後輩を励ます中で、互いにさまざまなことを考え、経験し、成長できるのです。  

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2013年11月20日

飛躍の時をじっと待つ

 女優の故・森光子さんが初主演の舞台を踏んだのは41歳の時でした。大女優としては、あまりに遅咲きです。しかし、鳴かず飛ばずの悔しい青年時代に負けなかったことが、人生の大輪を咲かせた原動力になったと思うと、「艱難汝を玉にす」と、あらためて教えられます。
 「あいつより うまいはずだが なぜ売れぬ」。森さんが下積み時代に詠んだ句という。不屈、自身の可能性を信じる強さこそ、森さんの人生を支えていました。
 「鳴かず飛ばず」は元来、“飛躍の時をじっと待つ”という意味で、中国の故事に由来します。3年間飛ばず鳴かずにいる鳥は、ひとたび飛ぶと天まで上がり、ひとたび鳴けば人を驚かすという。その“時”が来ることを信じ、人に倍するような努力を持続できるか。途中でやめてしまうか。勝負は紙一重です。  

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2013年11月19日

与えられた条件

 厚生労働省の調査によれば、2009年の新規学卒者の3年以内の離職率は中学卒でおよそ64%、高校卒で36%、大学卒で29%に上るそうです。離職が一概に悪いとはいえませんが、仕事を覚えるには一定の期間が必要なことも事実です。
 例えばプロ野球では、投手は先発、中継ぎ、抑えの分業制がとられ、試合の中で、それぞれの役割があります。対応力、忍耐力を問われるのは中継ぎ。登板の場面は、勝ち試合、敗戦処理、接戦など、さまざまです。
 「調子が悪くても、疲れていても嫌とは言えず、投げられるところまで、投げてしまう」と、ある中継ぎ投手。別の投手は「一球で流れを呼び込むこともできるし、壊してしまう怖さもある」(『中継ぎ投手』澤宮優著、河出書房新社)
 彼らは場面を選べず、与えられた条件の中で苦心して打者を封じる。それを積み重ねて、ある者は一流の中継ぎへ、ある者は先発、抑えへと成長していく。仕事とは、そういうものでしょう。  

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2013年11月18日

無名の「高貴な人々」

 「ノーベル平和賞をもらう気持ちは、どんなものですか」。1964年、受賞が決まると、米国の人権指導者・キング博士は、周囲から尋ねられました。
 その質問に答えるべく、博士はシカゴの空港での出来事を思い返しました。飛行機が離陸する直前、故障が見つかる。窓の外を見ると、地上整備員たちが、作業を始めるのが見えた。彼らの衣服は汚れており、体中、油まみれ。その後、飛行機は無事に飛び立った。
 博士は考えた――。整備員の名前は歴史に残ることはない。だが、飛行機の安全を支えるのは彼らだ。人権運動もまた、多くの無名の「高貴な人々」に支えられている。平和賞の本当の受賞者は、こうした人々なのだ、と(『マーティン・ルーサー・キング自伝』日本基督教団出版局)  

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2013年11月17日

現場

 「土俵の怪我は土俵の砂でなおすんだ」と言った大横綱がいました。又、あるJリーガーは、選手生命に及ぶ大けがで戦列を外れた間も、再びピッチに立つ自身を心に描き続けました。彼はその後、復活し、日本代表にも選出されました。
 無論、適切な治療、賢明な休養は必要です。ただ、けがの悩みに翻弄され、心まで〝現場〟から離れては、苦しみから逃れられても、勝ち越えることはできません。  

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2013年11月16日

褒めることで

 人間は、褒められた方がより記憶でき、効果的に学習できることが科学的に証明されたそうです。携わった生理学研究所(愛知県岡崎市)の定藤規弘教授は、「教育やリハビリの現場でも、褒めることが効果的な習得につながるのでは」と話しています。
 教師として「実践記録」を綴ってきた教師の話です。当初は、目につく子どもの欠点ばかりを書いていたそうですが、途中から「プラス志向の記録」を心掛けるようにしました。結果、一人一人の「よさ」に目を向け、褒めることで、互いを認め、尊敬する“学級文化”が生まれたそうです。
 では、具体的に何を褒めるのがいいのか。米国の心理学者、C・ドゥエック博士の実証研究によれば、「能力」を褒めるか、「努力」を褒めるかで、結果は異なるそうです。何にでも挑戦し、失敗にもめげないのは、「努力」を褒められた子たちだという。才能は努力次第で伸びるという“増大的知能観”を得るからです(『「やればできる!」の研究』草思社)  

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2013年11月15日

ティッピング・ポイント

 数学者の藤原正彦氏が、小学6年生の算数の授業を依頼された折のこと。氏は生徒に問いかけました。厚さ0・1ミリの新聞紙を半分に折る。その新聞紙を再び半分に折る。何回も続けると、どのくらいの高さになるか?(『この国のけじめ』)
 一瞬、たいした数字にはならないと思ってしまうが、実際に計算してみると、26回目で富士山の高さをはるかに超えてしまうのです。なんと、42回目には、地球と月の距離を超えてしまいます。
 「ティッピング・ポイント」という言葉があります。これは、小さな変化の積み重ねにより、すべてが一気に変化する「劇的な瞬間」のこと。先の例が示す通り、わずかな変化であったとしても、その連続は、やがて大きな結果へと結びつくのです。  

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2013年11月14日

青年の情熱

 設計事務所を開設したものの、仕事の依頼はなし。それでも、夢いっぱいの青年に悲愴感はなかった。腕を磨こうと、仕事を受けたつもりで図面を引く。そうめんで模型を作っては壊し、ゆでて食をつないだ。この青年はのちの世界的建築家・黒川紀章氏の青春期です。氏が『わたしの失敗』(産経新聞出版)につづる苦闘の日々は、失敗などではなく、未来に飛翔するための負けじ魂を培う軌跡だったに違いありません。
 黒川氏が初期に手がけた公共建築物の寒河江市役所(山形県)。入り口に、岡本太郎氏が制作した照明がつるされています。これは、予算がないのに、大胆にも依頼してきた青年建築家の情熱に心打たれた大芸術家が快諾したのだという。青年の情熱に勝る変革の力はないですね。  

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2013年11月13日

ここぞという時に打って出る勇気

 劣勢の時に慎重になれば、ますます追い込まれます。“攻め”の姿勢がなければ、局面は打開できません。これはスポーツに限らず、人生の試練にも通用する“勝負の鉄則”です。その姿勢を「勇気」と言い換えることもできましょう。
 しかし、勇気は蛮勇とは違います。破れかぶれに攻めれば、敗北を早めるだけです。ここぞという時に打って出る勇気は、勝機を読み、諦めずに耐え抜く「忍耐」と表裏一体なのです。その両方を持つものが勝利を得るのです。  

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2013年11月12日

人生勝利の花

 ドイツの法学者・イェーリングは、著書『権利のための闘争』に「世界中のすべての権利=法は闘い取られたものである」(村上淳一訳)と綴っています。人間は皆、幸福になる権利があります。その権利を実現するには、まず自分と戦い、勝たねばなりません。
 創価学会の池田名誉会長が綴る、小説『新・人間革命』に「日蓮仏法は人間革命の宗教である。自身の生命を磨き鍛えて、強く賢明にし、いかなる困難にも雄々しく挑戦し、勝利していくための信仰なのだ」(第22巻「潮流」の章)とあります。
 戦いのない人生はありません。信心とは、どんな壁にも挫けず、立ち上がる心の強さの異名です。“負けじ魂”の連続闘争に、人生勝利の花が咲き誇るのです。  

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2013年11月11日

木は「宇宙の真理を悟った哲学者」

 創価学会の池田名誉会長はかつて、木を「宇宙の真理を悟った哲学者」と呼びました。人間よりはるかな年月を生きる木に、古来、私たちは畏敬の念を寄せてきました。若葉に青春を、紅葉に老熟を重ねてきたのです。
 幸田露伴の次女で、作家であった幸田文さんも、木に魅せられた一人です。ある林を訪れた際に聞いた森林関係者の言葉を、自著『木』に記しています。「老樹と、中年壮年の木と、青年少年の木と、そして幼い木と、すべての階層がこの林では揃って元気なのです。将来の希望を托せる、こういう林が私たちには一番、いい気持に眺められる林なんです」と。
 人間の世界も同じです。同じタイプ、同じ世代に偏った集まりには、豊かさも永続性も感じられません。老若男女、桜梅桃李のさまざまな人材が、揃って元気でこそ、未来への希望があるのです。  

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