2017年02月28日

小学生日本

 「冬来りなば春遠からじ、その春はもう眼の前までやつて来ました」これは1940年(昭和15年)に創価学会の戸田第2代会長が創刊した月刊学習雑誌「小学生日本」の一節です(第3号巻頭言)
 「春は長い冬の霜雪に耐へた万物の甦る時、競つて成長する時です。春は希望です。春は私達少年少女のものです」(同)。当時の雑誌が戦争賛美に傾斜し、軍国主義教育の説教調に満ちていた中、同誌の巻頭言は「子どもと共に在り子どもと共に喜ぶ姿勢を示す」ものでした(高崎隆治著『戸田城聖 1940年の決断』第三文明社)。
 伸びゆく子どもたちの生命を守りたいという、熱い思いにあふれています。  

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2017年02月27日

最初から飛ばした

 五輪3連覇を果たした柔道の野村忠宏選手が大学2年のころ。7分間の練習(乱取り)を10本行うことを日課としていたが、恩師から叱咤を受けました。「君は70分間を乗り切ることを計算して練習している」と。「これからは時間を気にするな」「自分の限界までとことん追い込め。途中でバテたら、そこで休んでいいから」と。(『戦う理由』学研パブリッシング)
 それからは最初から飛ばした。限界と感じたところから「なにくそ」と再チャレンジ。あと5分、もう5分と稽古ができるようになり、壁を破ることができたそうです。  

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2017年02月26日

横線1本で

 「運命はわれわれに幸福も不幸も与えない。ただその素材と種子を提供するだけだ」(原二郎訳)とはフランスの思想家モンテーニュの言です。
 人の幸・不幸を決めるのは他人ではありません。自身の「心」です。心が弱ければ、苦難は重荷ですが、強ければ、幸福への発条になります。心次第で一切が百八十度変わって見えるのです。
 思えば、「辛」という字は横線1本で「幸」になります。その1本の線を書いていく中に、人生の価値創造があるのです。  

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2017年02月25日

教育の「質的転換」

 「アクティブ・ラーニング」という言葉をご存じだろうか。文部科学省の用語集によれば「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称」であるそうです。
 教育の世界では定着した言葉だそうですが、訳すと「能動的学習」。「受け身」ではなく「主体的」に学ぶ教育環境をつくることです。
 創価教育の父・牧口初代会長が半世紀以上前に警鐘を鳴らした「知識を詰め込むだけの教育」から、「知識を活用して新しい価値を生み出す教育」へ――まさに教育の「質的転換」が図られようとしています。  

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2017年02月24日

超高齢社会

 「1人の若者が3人の高齢者を支えなければならない超高齢社会」という言い方があります。カルチャースタディーズ研究所の三浦展氏は、これを「3人の高齢者が1人の若者を支える社会」と考えれば少し明るくなる、と述べていた。2階に空き部屋のある家に独りで暮らすおばあさんが、若者に安く貸し出すなど、「シェア(共有)」の価値観の広がりによる社会の活性化を提案している。視点を変えれば、発想は広がります。  

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2017年02月23日

“病”と“病魔”とは、まったく別もの

 進行性の筋ジストロフィーと闘う仙台の歌人・岩崎航さんの新エッセー集『日付の大きいカレンダー』(ナナロク社)をご存知ですか。
 そこには「“病”と“病魔”とは、まったく別もの」と書いてあります。「闘病」とは、「病」でなく、内心に立ち現れる「病魔」と闘うことだと、岩崎さんは言っています。「自分の人生を生ききることを妨げようとする何ものかと闘い続けていくことが、僕にとっての“闘病”です」と。  

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2017年02月22日

羅針盤

 優れた外科医を、よく「神の手を持つ」と表現します。だが、全国にその名を知られる脳動脈瘤治療の第一人者、脳神経外科医の上山博康氏は「『神の手』よりも『匠の手』『職人の手』を持ちたい」と語っています。職人なら弟子に伝えられる。選ばれた人だけの「神の手」では困るんです――と。
 上山氏は29歳の時、生涯の師と仰ぐ故・伊藤善太郎医師と出会った。「患者の思いに応えるのが医者の仕事だ」。それが師の口癖でした。生き方にもそれを貫いた師であった。「神の手」よりも「職人の手」――上山氏の言葉には、根本は師匠から学んだという謙虚さ、自負がにじんでいます。
 氏は、迷った時、いつも「伊藤先生ならどうしたかな」と考えてきたという。そうして「自らを鼓舞していたんでしょうね」と(『プロフェッショナル 仕事の流儀9』NHK出版)▼師匠を持つことは、〝羅針盤〟を得るということである。  

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2017年02月21日

伝わる思いの深さは

 落語の基本は「おい、八つぁん」「何だい、熊さん」という“対話”にあります。その上で――落語芸術協会会長の桂歌丸師匠が語っています。落語家の腕の良しあしは、せりふの間に余韻を残す「間」が上手に作れるかどうかで決まる、と。
 文にも「行間を読む」味わい方がありますが、対話の「間」によって伝わる思いの深さは、文を超えるでしょう。  

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2017年02月20日

記憶とはそういうものでしょう

 つらかったことは消え去り、甘美な思い出だけが残る――記憶とはそういうものでしょう。ところが、物心ついたころから現在までの人生を、映像を巻き戻すように、全て思い出せる人が、世界にはまれにいるそうです。
 その記憶力を人はうらやむかもしれないが、当人にとっては、何十年も前の思い出したくない出来事まで突然、克明に再現され、苦しみにさいなまれるという。「忘れる」ことは、人間の自己防衛の本能なのです。  

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2017年02月19日

軍事政権時代の初等教育

 ブラジルでは、1964年から21年間にわたって軍事政権が続き、言論・思想の統制などが行われました。教育に関しても“質の低下を招いた”と総括されています。
 軍事政権時代の初等教育は、「机も椅子もボロボロ。照明器具も壊れていた。教員も、教育を愛しているから、辛うじて教壇に立っているという感じだった。権力は、教育の質を下げ、人々を支配しようとしたのです」と。
 教育が「国家のための手段」におとしめられるのは、珍しいことではありません。日本も、70年前まで、それ一色でした。創価教育の父・牧口初代会長と戸田第2代会長は軍国主義に抗し、投獄されました。牧口会長は獄死。しかし、創価教育の種は戸田先生から池田先生に受け継がれ、日本、ブラジルをはじめ、世界7カ国で花開き、学舎が開かれています。  

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2017年02月18日

シートーヤー

 農家が丹精込めて育てたサトウキビを圧搾して、そのしぼり汁を煮詰めて作る「黒糖」。10キロのサトウキビからできる黒糖は1キロ程度。ひとかけらの黒糖に、多くの人々の労苦が凝縮しています。
 「沖縄・宮古島伝統の黒糖を作ろう」。と、宮古伝統文化保存委員会が、昔ながらのシートーヤー(製糖小屋)を再現しました。この再現の模様を記録して出版した、教育者の宮国猛さんは「戦後の宮古伝統の黒糖作りの原点」と高く評価しています。事実、再現後、島の各地でシートーヤーによる黒糖作りが盛んに行われたそうです。  

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2017年02月17日

あえて

 俳優の仲代達矢さんが、まだ無名のころ、黒澤明監督の映画「七人の侍」に出演しました。せりふがなく、数秒だけ登場する浪人役でした。だが、監督から何度もげきが飛ぶ。歩くだけの撮影に6時間も要し、その間、他の役者らを待たせた。屈辱を感じ、〝うまくなってやる〟と誓ったそうです。
 7年後、「用心棒」の出演依頼が届いた。黒澤監督は、仲代さんに役者として光るものを感じていたのです。だから「七人の侍」のとき、あえて演技の厳しさをたたき込んだのだ(高橋豊著『幻を追って』毎日新聞社)  

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2017年02月16日

勝負師

 将棋界に名を残す棋士・升田幸三氏が、著書(『勝負』中央公論新社)に幼少時の思い出を書いています。力自慢の父親がまき割りをしていると、年配の「じいさん」がやってきた。「じいさん」の動きはゆっくりなのに、父親よりも多く割る。どんな木にもペースが落ちない。よく見ると父親は、割りにくい節を避け、ペースを乱していた。「じいさん」は常に節の上に斧を打ち下ろしていました、と。
 伸びる人は、いつも自分を向上させるような暗示を自分にかけている”というのも勝負師・升田氏の言です。「必ず勝つ」と自分を信じることから、勝負は始まるのです。  

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2017年02月15日

人生という舞台

 親孝行とはプレイ(演技)である」。親子だからこそ「誰よりも気を遣い、誰よりもサービス精神を持ち、誰よりも接待感覚を忘れてはならない」と、みうらじゅん氏は語っています。行動してこそ心は育つ。氏は、そう考えるのだ(『親孝行プレイ』角川文庫)
 これを偽善というなかれ。哲学者のハンナ・アレントも“演じること”の大切さを指摘しています。人はそれぞれ多様な社会的役割を担っています。人生という舞台の上で、その“配役”をしっかり演じ抜くことは、「人間」として欠かせないのです。  

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2017年02月14日

大阪取引所

 大阪市中央公会堂の近くにある大阪取引所。白亜の建物の前にある像が今、人気の観光スポットになっています。大阪の経済発展に功績を残した五代友厚の像で、昨年ブレークした、NHKの朝の連続テレビ小説の影響です。
 「東の渋沢、西の五代」といわれ、日本資本主義の父・渋沢栄一と並び称される五代は、数多くの事業を起こしますが、その多くは共同事業でした。明治初期はまだ、商売や事業が「家業」として行われていた時代。さまざまな人々と手を結び事業を展開する手法は、当時としては斬新でした。
 「商社合力」。五代は、自らの事業の進め方をそう表現しました。渋沢もまた、自らの事業に対する考え方を「合本主義」と語っています。多くの人と団結して事業を進めていくことを、2人は信念としたのです(『商都大阪をつくった男 五代友厚』NHK出版)  

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2017年02月13日

人間は『斃(たお)れてのち、はじまる

 「人間は『斃(たお)れてのち、はじまる』と思っています」。これは社会学者の故・鶴見和子氏の言葉です。
 彼女は脳出血で倒れた時、医師から〝身体の左側の麻痺は治りません〟と告げられたそうです。元に戻らないなら、前へ向かって進むしかない。新しい人生を切り開く、と覚悟を決めました。リハビリに励み、精力的に仕事も続けた。自身の可能性を生命ある限り、発掘し、創造し続けていきたい――その思いを歌に詠んでいます。「我がうちの/埋蔵資源発掘し/新しき象/創りてゆかむ」(『花道』藤原書店)

 ※「斃(たお)れる」とは 「斃れる」(「殪れる」とも書き)は、<病気・事故などで(急に)患ったり、死ぬ、殺される>場合に使われます。
  

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2017年02月12日

必ずや結論するであろう

 1996年2月11日。戸田第2代会長の生誕日に、池田先生は「戸田記念国際平和研究所」を創立しました。
 戸田会長がよく語っていたという話です。もし仮に釈尊、キリスト、マホメットなどの宗教の創始者が一堂に会して話し合ったら――。戸田会長は語ったそうです。「大きい慈愛の心の語り合いは、譲り合い、尊重し合い、反省し合うであろう」「人間の真の平和と真の繁栄の目標へと、完全な一致を見いだすことに、必ずや結論するであろう」と。
 「人間のため」「平和のため」。宗教には本来、この共通の土台があるはずです。方法論は違っても、目的は同じであり、その一点で協力できるはずです。  

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2017年02月11日

緑茶も紅茶も

 大雪が降った朝、ペットボトルの熱い紅茶を買いました。見るとパッケージに「おにぎりにも合う」という趣旨の表記があります。試してみると、意外にその通り。緑茶も紅茶も、葉自体は同じなので、不思議はないのかもしれない。「米には緑茶」というイメージが、少し変わりませんか。  

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2017年02月10日

氷点下

 冷蔵庫は、物を冷やしたり、凍らせるだけのものではありません。「凍らせないため」にも使われるのです。
 氷点下が続く厳寒の北海道では、本州では想像できない生活常識や自然現象が存在します。「凍裂」もその一つです。雷に打たれたわけでもないのに、大木が突然、弾けるように裂けることがあります。木が凍結することで起こる現象だそうです。  

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2017年02月09日

あの姿に憧れました

 宮城県気仙沼市の造船所。戦前から続く老舗企業です。年配の作業員が、もくもくと仕事をしていました。手元を見て驚いた。「鐃鉄」という作業でした。手にするのは、水が出るパイプとアセチレンガスの火が出るパイプだけ。一切、力を加えず、加熱と冷却だけで、何センチもの厚さの鋼板を少しずつ、船首や船尾、胴など、複雑な形へと曲げていくのです。
 高度な職人技。恐る恐る「写真を撮ったらいけませんよね」と尋ねたら「いくらでも、いいよ」と。「今、写真見て分かっても、一人前になるまでに30年はかかるからなぁ」。屈託のない笑顔が返ってきました。
 自らも先輩の仕事を長く見続け、会得した技です。案内してくれた若い従業員が言いました。「入社した最初の日に、あの姿に憧れました。今でも、時間があれば、見てますよ」。このようにして、伝統は受け継がれていくのです。  

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