2013年04月30日

京都・嵐山

 京都・嵐山に中国・周総理の詩碑が立っています。碑に刻まれている 詩「雨中嵐山」は1919年4月5日、21歳の周青年が雨の中、桜咲く嵐山を訪れた折のものです。その一節には「この世のあらゆる真理は/求めれば求めるほど曖昧である/――その曖昧さのなかにたまたま一点の光明が見えると/ほんとうにますますあでやかで美しい」と。列強に脅かされている祖国・中国。その祖国のため学びに学べども、一向に救国の道筋は見えてこない――周青年の苦悩が伝わってきます。
 その中で見いだした「一点の光明」。それを王永祥・高橋強氏は『周恩来と日本』(白帝社)で「みずからの覚悟」と指摘しています。いかなる艱難辛苦の連続であろうとも、決して戦いをやめない。その「覚悟」なくして、時代の闇を切り開くことなどできない。それが、周青年の確信だったのです。  

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2013年04月29日

生誕99年前

 今年は〝生誕99年前〟です。さて誰のことかわりますか?。答えは人気キャラクターのドラえもんです。原作では、2112年に誕生する設定になっているからです。
 気弱な少年・のび太の苦悩に応えて、ドラえもんが、ひみつ道具を提供。危機を切り抜けるが調子に乗って、最後は失敗に終わるというのが基本のあらすじです。一方、最初は道具に頼るが、自分の努力で困難を切り開くことを学ぶ「のび太の成長」が描かれ、物語に深みを与えています。
 「ドラえもん学」を提唱する漫画評論家の横山泰行氏は、「生涯夢に憧れ続ける心を失うな」が、作品のメッセージであるという(『「のび太」という生きかた』アスコム)。「道具」は夢をかなえてくれるものですが、自分の足で、未来の夢に向かって歩き続けるための「きっかけ」でもあるのです。  

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2013年04月28日

760年前

 760年前の建長5年(1253年)のきょう、日蓮大聖人は南無妙法蓮華経の題目を示され、民衆救済の大闘争を開始されました。題目を弘めることで、万人の胸中に大いな る生命力を呼び起こし、永遠にわたる幸福の道を開く戦いを開始されたのです。
 その誓願を創価学会の三代会長が受け継ぎ、題目は世界に流布されました。題目を唱える実践に よって一人一人の生命を変革し、ひいては生活、人生、家庭、社会を変えていく人間革命運動。それが今、大聖人の仏法は創価の三代会長の不惜身命の闘争によって世界192カ国・地域に広がり、人々と社会に価値をもたらしています。この事実に触れる時、あらためて仏法の力を感じます。
 一遍の題目でも、偉大な力を秘めています。その題目を唱えられる幸せは例えようがありません。天空から投げた小さな けし粒が、大地に立てた一本の針の先に刺さることよりも、題目に巡りあうことの方が難しい、とまで大聖人は述べています(創価学会版・御書941ページ)。  

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2013年04月27日

ダンデライオン

タンポポのたくましい生命力の秘密は、大地深く懸命に伸ばした根っこにあります。中には、地下1メートルになるものもあるそうです。この人の目に見えないところで の支えが〝成長〟の源になるのは、人間も同じです。
 花を咲かせた後、タンポポの茎は一度、地面に倒れます。種ができると、再び立ち上がります。これは、種をつけた綿毛が風 を受けて、より遠くに飛べるようにするためです。自分が勝つために、そして次は、未来を託す世代のために、花は全力で生きています。人間もまた、こうありたいものです。
タンポポの英語名は「ダンデライオン」。〝獅子の歯〟の意味。ギザギザの葉が、それに似ていることから呼び名が付きました。  

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2013年04月26日

老年期に入っても・・・・・

 ミケランジェロが壁画「最後の審判」を完成させたのは66歳。89歳で他界するまで建築にも挑み続けました。哲学者ラッセルは90歳を過ぎて国際法廷を設置し、戦争犯罪を告発。反戦書も刊行しました。ピカソは90歳でなお新たな技法を開発したそうです。さらに、ガリレオは77歳の晩年まで失明後も思索を重ねたそうです。
 彼らに共通するのは、老年期に入っても社会貢献、勇気、創造性において際立っていることです。  

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2013年04月25日

他者への励ましとなる

 一線級で活躍するベテランには、おしなべて気取りがありません。淡々としてみえます。“成功したい”“認められたい”という「他者の目」を基準とした自己評価を卒業し、“もっと上達したい”“楽しみたい”という内面的価値を動機付けにしているからでしょう。
 『徒然草』に「万の事、外に向きて求むべからず。ただ、ここもと(自分の手もと)を正しくすべし」(第171段)とあります。目下の課題を見つめ、自分の信じた道をひたすらに、真剣に貫く。その姿がそのまま、他者への励ましとなることを忘れ無いでいたいものです。  

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2013年04月24日

三助

 内村鑑三が『代表的日本人』の一人に挙げた江戸時代の米沢藩主・上杉鷹山。「民は国の宝」を信念とした彼は、藩政改革の方針を「三助」として示しました。
 (1)自ら助ける「自助」(2)(互いに近隣が助け合う「互助」(3)藩政府が手を伸ばす「扶助」である。この三位一体の改革を次々と断行し、窮乏に沈む藩を見事に再建しました。今も通じますね。  

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2013年04月23日

方程式

 ホテルに到着し、チェックインを済ませ、スタッフが部屋まで荷物を運ぶ。そのわずか数分間が、「そのホテルのすべての印象を決定する」。大手商社の創業者を祖父に持つ洋画家の益田義信氏が、自著『さよなら巴里』(三修社)に記していました。
 ならば、ホテルに着いた客が最初に出会うドアマンは、ことのほか、その印象を左右することになることでしょう。創業120年余のある東京のホテルでは、ドアマンが30分ごとに白手袋を交換するそうです。客の荷物を汚さないため、などが理由のようですが、人は見ていないようで見ています。指先に宿った信念を。今日の伝統と信頼を築いたのは、この「30分への執念」の積み重ねでもあることでしょう。
 ともすれば、「次々と訪れる客への対応に忙しい」などと、手袋交換の「マニュアル」をなし崩しにする理由はいくらでもあります。だが、時々の判断で安易に変わるものを信念とは言いません。状況の変化を理由にしない「変わらないことへの誇り」こそが、偉大なものを作り上げる。これは、万般に共通する方程式です。  

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2013年04月22日

子ども読書の日

 あす23日は「子ども読書の日」です。これはユネスコが宣言した「世界本の日」にちなみ、2001年12月に制定されました。この日は『ドン・キホーテ』の著者セルバンテスなど、大作家たちの命日にも重なっています。
 〝子どもの時に、自分の一冊に巡り合うこと〟を訴える一人に、映画監督の宮崎駿氏がいます。氏は『床下の小人たち』(ノートン著)を読んだ感銘を、約50年の時を経て『借りぐらしのアリエッティ』という映像作品に結実させました。良き一冊は想像の翼を大きく伸ばし、人生を彩ってくれます。

子ども読書の日
http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/dokusyo/shuppan/030301.htm  

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2013年04月21日

休眠打破

 桜は前年の夏に花芽を作ると、一度、眠りに入ります。その後、厳しい寒さという”試練”を体験することで眠りから覚め、ぐんぐんと開花に向かいます。これを「休眠打破」というそうです。あの桜花爛漫の絶景は、試練があったからこその美しさなのです。
 桜は「今は時!」と知るや、開花に全力を注ぐそうです。今を精いっぱいに咲く桜の木々のけなげさ。その姿に学び、わが人生も自分らしく、忍耐強く、花開かせたいものです。  

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2013年04月20日

一冊の本

 「活字離れ」が叫ばれて久しいですが、一冊の本が人生を決めることもあります。朝の読書推進協議会の大塚笑子理事長のエピソードです。
 家庭環境に恵まれない生徒がいた。孤独、不信から心は荒み、優しく語りかけても、響かない。小説『次郎物語』を渡した。物語には家族愛に悩み、自我に目覚めていく少年の姿が。読み終えた生徒は「先生、この本の中に私がいるよ」と。その瞳は生きる希望で輝いていたそうです。
 たった一冊の本が社会の行く手を変えることがあります。たった一行の文が子どもの心に光を送ることがあります。それほど〝活字″には力があるのです。いかにIT(情報技術)化が進もうとも、それは将来にわたって不変でしょう。
  

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2013年04月19日

ガリ版

 滋賀・東近江市に「ガリ版伝承館」があります。私たちの年代には、「ガリ版」と聞くと……懐かしい響きです。鉄筆で原紙をガリガリと切る。部屋に立ち込めるインクのにおい等々。「ガリ版」すなわち「謄写版」は、簡便で手軽な印刷機として、明治から昭和にかけて、庶民の活字文化を支えました。
 「謄写版」誕生の陰には、その開発に情熱を燃やした親子がいます。滋賀出身の堀井新治郎です。養父が開発に専念するため官職を辞し、息子も商社を退社。赤貧のなか、父子一体で研究に没頭し、ついに謄写版を完成させました(1894年)
 養父の引退後、息子は新治郎の名を継ぎ、謄写版の改良・普及に努めました。初代の新治郎名義の発明登録数は60件、2代目名義は488件にのぼります。二人の新治郎の生涯は、まさに志を「謄写」(=そのまま書き写す)したような人生でした。

ガリ版伝承館 http://geijyutsu.shigabunka.net/e778186.html  

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2013年04月18日

「旗立て松」の逸話

 松の木は、その生命力の強さから、時代を超えて尊ばれてきています。たとえば、武門の旗を松の木に立てた「旗立て松」の逸話が、今も各地に伝わっています。
 一例を挙げれば、関西では、楠木正成が嫡男・正行との別れの際、桜井の宿の松に旗を立てかけ、後継の誓いを促した。その南には、天王山がある。豊臣秀吉は、決戦の「山崎の戦い」を前に、山中の松に登って旗を掲げ、自軍を鼓舞しました。
 片や、関東では、武田信玄の「三増峠の戦い」(神奈川・愛川町)が有名です。信玄は、松に大将旗をはためかせ、勝利への士気を高めました。  

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2013年04月17日

聞き書きボランティア

 「聞き書きボランティア」というのがあります。内容はお年寄りから、人生の来し方を聞いて、書き起こす。それを冊子にして贈呈する活動です。〝世界に一冊だけの自分史〟を手にした年配者は皆、笑顔満開となります。
 併せて語る側、聞く側の双方に喜びが広がっていきます。語る側は、経験した出来事を話すことで、その意味を再発見したり、〝まだ、やることがある〟と気付いたりします。聞く側も、先人の苦労や知恵を学ぶ楽しさで満たされます。あらためて、対話の勘所は〝まず聞くこと〟から始まります。  

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2013年04月16日

人格の力

 「最新の流行」を聞かれると、ファッションや音楽、言葉、お笑い芸人に至るまで、思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。心動かされることを伝えるから、共感が広がります。
 この連鎖が拡大すれば流行となります。「流行」について、電通の調査結果が興味深いものがあります。流行を拡大させる人は「影響を取り入れ うまく反応し、発信する」人という。その割合は20代、30代の青年が多く、男性よりも女性が多いことが分かりました。
 はやり廃りの激しい現代社会。世間の流行を追い求め、華やかさに浴しても、はかないことだ。むしろ、変化変化の世の中だからこそ、時勢に流されない、確固たる自分を築くことが肝要でしょう。
 「流行」の語源をたどると『孟子』にある。人徳は、急使で命令を伝えるよりも、速く浸透するという意。なるほど、人格の力は偉大です。  

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2013年04月15日

語りの森

 日本各地を丹念に調査した研究が高く評価され、2003年にサントリー学芸賞を受賞した若手民俗学者の六車由実さん。六車さんは将来を期待されていましたが、大学の仕事は事務作業に追われ、「民俗調査の現場」とかけ離れていました。
 彼女は各地の調査先で、親切にしてくれた古老たちの顔が浮かびました。少しでも恩返しをと、大学を辞め、ヘルパーの資格をとり、高齢者施設の介護の職になったのです。介護の現場で彼女は驚きました。サトウキビから製糖する工程を、専門書以上に詳しく教えてくれる人。蚕の雌雄、日本種・中国種を鑑別するため、日本国中を旅した元「鑑別嬢」。高齢者施設は、民俗学、歴史学の宝のような「語りの森」でした。  

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2013年04月14日

ある実験

 成長し続ける人とは、どんな人だろう。ある人が少々、変わった〝実験″をしました。実験の内容は、教え子の学生に雑用を頼むという簡単なことでした。「はい」と速やかにやる人。しぶしぶやる人。「なんで私が」と食ってかかり、やらない人。反応は様々に判れました。
 実験の後、その後の教え子の人生を追いました。快く引き受けた学生は、概して自分が望む企業に就職し、いい仕事をし、満ち足りた人生を送っている。逆の反応をした学生は、仕事を転々とし、あまり幸せそうではない結果が出ました。
 この実験を通して判ったことは、用事を頼んだ時の対応にその人の他者に対する優しさが表れる。それが成長度を測る一つの指標になる。と、実験を行った、佐賀大学の上原春男前学長が著作『成長するものだけが生き残る』(サンマーク出版)で書いています。
  

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2013年04月13日

縄文時代

 縄文時代は1万年間、戦争がなかった時代として知られています。E・H・カーは、歴史とは「現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話」(清水幾太郎訳『歴史とは何か』岩波新書)と述べました。
 紛争と分断の近現代史を生きる私たちは、「祈り」と「座談」という太古のメッセージから、平和を願い、助け合って生きる人間の原点を学び取りたいものです。  

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2013年04月12日

名文には人間を鍛える力があります

 古にさかのぼれば、学ぶとは素読することでした。「読書百遍意自ら通ず」と言うように、口に出し、覚えるほどに読み込むなか、文章の深い意味へと理解が及ぶのです。福沢諭吉は若き日、古典の大著『春秋左氏伝』を11度も読み返し、面白い部分は暗記したという。
 名文には人間を鍛える力があります。しかも、人生の経験を重ねると、心に刻んだ一文は時に通途の解釈を超える。その人独自の指標として新しい輝きを放ちゆくのです。  

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2013年04月11日

没後103年

 最初は農民のようにも見えたが、すぐに分かった。「ああ、あなたは先生」。彼が握った、その手は大きく、温かかった。作家の徳富蘆花がロシアで文豪トルストイと出会った情景だ(『蘆花全集7』)
 舞台は日露戦争後の激動期です。執筆活動に行き詰まった蘆花は、トルストイの思想に共感を深め、“ひと目、会いたい”と単身ロシアに。決して反戦論者ではなかった蘆花を、文豪は歓迎しました。トルストイとの平和、宗教、文学など多岐にわたった語らいは、蘆花の生涯で、最も幸せな思い出に。帰国した彼は非暴力主義を表明し、新たな言論戦を開始しました。
 彼、徳富蘆花だけではない。トルストイのもとには世界中から友が訪れ、皆、語らいの中で勇気を奮い起こした。友情の対話が人間を結び、平和の連帯を拡大していったのです。
 19世紀には夢物語と嘲笑された、文豪トルストイの非暴力主義。その精神を謳った著作は、没後103年を迎える現在も読み継がれ、混迷の21世紀を生きる民衆に希望の光を放っています。  

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