2018年06月30日

ゴールテープ

 過去のオリンピックの映像を見ていて、ふと思いました。マラソン競技の優勝者はゴールテープを切るのに、100メートルや400メートルリレーなどの競技にはテープがありません。短距離走はレースの最終盤までもつれ、僅差で勝負がつくため、ゴールの瞬間の写真判定に、より正確を期すためらしいようです。
 さらに興味深い話を、陸上競技経験者は語ります。短距離選手はゴール地点ではなく、ゴールの少し先を見据えて疾走するという。ゴールそのものを目指すと、“あそこで終わりだ”と、ゴール寸前でわずかに速度が落ちてしまう。彼いわく「ゴールは通過地点。加速しながら駆け抜けるんです」と。へーそうなんだ。  

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2018年06月29日

どうすれば持続できるのか

 どうすれば持続できるのか。卓球の福原愛選手のメダル獲得や青山学院大学駅伝チームの箱根制覇の“陰の立役者”となったフィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一氏は、皆が陥りがちな“ゼロイチ思考”を否定しています。ゼロイチ思考とは、物事をやらない(ゼロ)か、やる(イチ)かで分けるもの。例えば“1日10キロ走ると決めたら、その間は完璧に10キロ走らないと自分の努力を認めない”という考え方です。
 これだと、できなかった日が“失敗体験”になり、いつしか嫌になってしまう。反対に5キロでも3キロでも“続ける”ことを重視すれば、やる気は失われず、自信や達成感につながるという(『結果を出し続ける』光文社新書)そうですね!!  

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2018年06月28日

将棋に学ぶ“勝利の鉄則

 将棋は日本が誇る文化で、愛好者はたくさんいます。創価学会の第2代会長の戸田先生もまた、将棋を愛した一人でした。かつて池田先生は「師弟二人で将棋を指しながら勝負の哲学を語りあった」と述懐しつつ、将棋に学ぶ“勝利の鉄則”を後継の友に述べたことがあります。
 ①「攻めあいは、ひるんだら負け」。激戦の時こそ強気で攻め抜いていくこと。②「攻めるは守りなり」。攻撃こそ最大の防御である。そして③「終盤はスピード」。最後の最後で勝負を決するのはスピードである、と。納得!!  

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2018年06月27日

静かなブーム

 「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」――短歌ブームの火付け役になった、歌人・俵万智さんの『サラダ記念日』(河出書房新社)の出版から31年たちました。最近でも、インターネット上での投稿や「歌合」が注目を浴びるなど、短歌が静かなブームです。
 日本最古の歌集「万葉集」には、皇族から一般庶民まで幅広い階層の歌が収められています。古今東西、歌とは人間のやむにやまれぬ思いの昇華なのでしょう。  

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2018年06月26日

安積疎水

 日本三大疎水の一つである福島県郡山市の安積疎水。この開拓の物語が一昨年、文化庁の「日本遺産」に認定されました。これは山脈に隔てられた湖と平野を水路でつなぐという、明治政府初の国営農業水利事業です。
 推進したのは“維新三傑”の一人・大久保利通でした。窮乏した武士の救済と近代化のモデルを安積開拓に託しました。しかし彼は道半ばで凶刃に倒れ、計画は頓挫しかけたのです。
 この時、当時の福島県令・山吉盛典が立ち上がりました。安積開拓を「内国開墾の第一着手にして、則ち他日の標準雛形とも称すべし」と語った大久保の言々句々を『済世遺言』としてまとめ、彼の遺志を説いて回ったのです。その後、旧士族の入植者をはじめ、のべ85万人が開拓に加わり、構想から11年後の明治15年に完成。不毛といわれた土地には多様な食文化と新産業が興ったのです。
 歴史に「もし」は禁物ですが、山吉県令の尽力がなければ、現在の郡山の発展はなかったかもしれません。いかなる難事業も、その成否は、大情熱を燃やした先駆者と共に、同じ心を持つ後継者がいるかどうかで決まるといえましょう。  

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2018年06月25日

人によって・・・・

 梅雨です。うっとうしい雨が続。だが、大地を潤し、実りをもたらす雨は喜びの源でもあるのです。甘雨、慈雨、瑞雨……辞書には「喜雨」という言葉もありました。
 レオナルドダビンチはこんな寓話を書いています。――水は海にいるうち、ふと大気へ昇りたくなった。火に誘われ水蒸気となって空高く昇り、薄く冷たい空気の間に到着する。だが、そこで火に見捨てられる。縮み上がって一塊になり、天から墜落する。乾燥した土に飲まれ、高慢にも天に昇りたいと思った己の罪を悔いた(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』杉浦民平訳、岩波文庫)
 科学者であり哲学者であった天才ダビンチにかかると、雨は分析の対象にも、物語の題材にもなるのです。同じ現象や風景も、人によって見え方は異なり、何を学び、導き出すかは違ってくるようですね。  

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2018年06月24日

一本たりとも同じ打ち方をしたことはない

 王貞治氏が756号ホームランを放ち、「世界記録」を更新してから今年ではや41周年を迎えました。
 現役時代の王氏が「真剣」を振り、練習に生かしていたことは有名な話です。打撃の際には、バットが球の中心に向かって切り進んでいき、球の向こうまで通り抜けるイメージを持っていたという。この鍛錬が球を捉える精度を上げ、一本足打法に磨きをかけました。
 その上で、数々のホームランを振り返り「一本たりとも同じ打ち方をしたことはない」と述べています。打撃とは、対する投手も違えば球種もコースも違う一期一会の世界。「初めて出会う球に、ひと振り、ひと振り、新たな気持ちで立ち向かってきた。残った数字はその結果である」と(『もっと遠くへ』日本経済新聞出版社)  

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2018年06月23日

強き一念の大切さ

 強き一念の大切さを伝える、豊臣秀吉の“三日普請”の故事があります。吉川英治が『新書太閤記(二)』(講談社)に描きました。
 主君・織田信長の居城・清洲城の壁が、暴風雨で崩れた時のこと。藤吉郎(秀吉)が修復工事を行う普請奉行になりました。が、前任の奉行が横やりを入れ、棟梁らは怠けてばかり。工事は遅々として進みません。
 そんな中、藤吉郎は職人たちに、国が滅びる惨めさを語り、切々と訴えました。「国の興亡は、実はお城にあるわけじゃない(中略)お前らの中にあるのだ」。そして、自ら泥まみれになり、死に物狂いで働いた。彼の熱誠が、皆を総立ちにさせる。と。その結果、わずか3日で城壁を修復しました。  

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2018年06月22日

ひめゆりの心

 「戦争のない時代に生まれたかったということを生き残ったらのちの人々に伝えてほしい」――沖縄戦に出陣する鉄血勤皇隊の壮行会で男子学生が語った言葉です。学生は戦地に散り、帰ることはなかったのです。
 その言葉を聞いた一人に、ひめゆり学徒隊の生存者・宮良ルリさんがいます。沖縄戦末期、避難先の壕で米軍のガス弾攻撃から奇跡的に助かりました。戦後は、この学生の言葉を胸に、ひめゆり平和祈念資料館の証言員として、凄惨な沖縄戦と命の尊さを、語り伝えてきました。
 戦後70年が経過した3年前の3月、同資料館では、戦争を体験した証言員による講話を、高齢化などの理由で終了しました。一方で、若い世代の「説明員」を養成し、“ひめゆりの心”を伝え続けています。  

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2018年06月21日

顔面フィードバック仮説

 ペンを「唇」でくわえると口がすぼむ。だが「歯」でくわえると口角が上がり、笑顔になる――。ドイツの心理学者ストラックは、この二つの条件のもと、いろいろな漫画を見せる実験を行いました。その結果、被験者は笑顔を“つくった”場合の方が面白く感じると答えたそうです。
 これは、顔の筋肉運動が感情を左右する「顔面フィードバック仮説」と呼ばれるもの。「うれしいから笑顔になる」のは分かるが、その一方、人には「笑顔になるからうれしくなる」という心身の仕組みが備わっているのです。
 さらには、顔に限らず、骨格筋の収縮によって気持ちが変化するという。医学博士の三村芳和氏は、「骨格筋はキモチより上位にある」「背筋をのばし、前を向いて堂々とするから自信をもって文字どおり前向きになれる」と指摘する(『カラダの知恵』中公新書)そうなんだ。知らなかった。  

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2018年06月20日

目に見えないもの

 明年、没後500年を迎える画家レオナルド・ダ・ヴィンチは、“目に見えないもの”を描く天才でもあったそうです。例えば戦争画では、兵士の「心の内面」をどう表現するかにこだわりました。
 勝者を描く際は、「砂埃りのため両眼から流れ出た涙とまざって泥だらけになった頰や眼を両手でぬぐい」「身をかがめて、これ(敵)に止めの一撃を与えようと力をふるって」「頭髪その他の軽いものを風に吹き靡かせながら疾駆する」様子を表現すべき、などと事細かくメモしています。
 「心の情熱を表現する動作が人物にあらわれないかぎり、その人物画は賞讃に値しない」(杉浦明平訳『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)』岩波文庫)。そうですね!!  

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2018年06月19日

ある壮年の信仰体験

 70代の壮年が転倒し、複雑骨折しました。以来、出歩くのが怖くなり、家に閉じこもるように。1人暮らしで悩みを抱え込みがちな彼だが、周囲の励ましを力に再起を誓ったそうです。
 人工関節にする手術は成功。懸命のリハビリに挑む。手術に臨む前、彼が語っていました。数年前、がんに侵された時、親身になってくれた先輩の言葉を思い起こしたという。「同じ病の体験者として言うよ。『担当する医師が名医の働きをするように』と強く祈ることだ」と。
 悩みや困難に直面すると、絶望して諦めるか、何とかなると甘く考えてしまうのが人間のさがです。だが、それでは何一つ変わらない。環境に委ねる受け身の心を排し、「必ず打開してみせる」と決め、自ら行動を開始することだ。過去は変えられないが、現在の行動で未来を変え、過去の意味を変えることができる。強き祈りは、その偉大な一歩であるのです。  

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2018年06月18日

ゲゲゲの鬼太郎

 東京・調布駅前の商店街に「妖怪」がいます。一反木綿、ねこ娘、目玉おやじを頭に乗せた鬼太郎……ご存じ、「ゲゲゲの鬼太郎」の像なのです。なぜか、作者の故・水木しげるさんは調布市民だったからです。
 水木さんの自宅の仕事部屋には、ドイツの文豪ゲーテの格言を紙に書いて張っていたそうです。太平洋戦争勃発後、水木青年が“人生とは何か”と悩み、答えを求めた相手がゲーテだったのです。兵隊に召集され、『ゲーテとの対話』の文庫本を雑囊に忍ばせて戦地に赴いたとの逸話も残っています(『ゲゲゲのゲーテ』双葉新書)
 思えば「ゲゲゲの鬼太郎」も、個性豊かな仲間と協力して悪い妖怪と戦い、平和な世界を築こうとする物語ですね。  

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2018年06月17日

他人日記

 小学4年生の子が、宿題で日記を付けていた話です。父親が偶然、見てみると、どうもおかしい。一緒に出掛けたはずの日に、自分の知らない、全く別の行動が書いてあるのです。
 不思議に思って尋ねると、これは「他人日記」だという。つまり“自分ではなく友達の日記を、友達になったつもりで書く”という宿題なのだそうです。
 例えば友達が公園に行ったとする。その子がどんな遊具が好きで、誰と遊んで、何を思ったかなどを、自分なりに想像を膨らませながらつづっていく。日記には直接、友達に聞いたことも含まれていたりします。その中で友達の長所に気付いたり、自分と共通する部分を発見したりするという。
 他者の気持ちを想像することは、子らの心の成長に欠かせないばかりでなく、大人にも大切な姿勢でしょう。人の気持ちは常に動いているもの。“相手は分かってくれている”と決め付けず、人情の機微を理解し、念には念を入れ、誠意をもって思いを伝えることが必要な時もあるのですね。  

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2018年06月16日

松の盆栽

 創価学会の池田先生は、作家・井上靖氏との交流をつづっています。
 出会いは1975年(昭和50年)3月。明治生まれの氏と池田先生とは、20歳以上も年の差がありましたが、話は大いにはずみ、3時間半に及んだそうです。その後、往復書簡で対話は続き、『四季の雁書』として発刊されました。
 井上氏の長女・浦城いくよさんが『父 井上靖と私』(ユーフォーブックス)で、その交流の一端に触れています。文化勲章を受章した氏に、池田先生は松の盆栽を贈りました。氏は東京・世田谷にあった邸宅の庭の、居間から見えるところに築山を造って、その松を植え、一生守ったそうです。
 夫妻ともに亡くなり、7年前に家をたたむまで、大切にされたというエピソードです。松は今、知人の家に託され、余生を送っているという事です。  

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2018年06月15日

パラ言語

 「声を発する」という過程には喉と口だけでなく鼻や顎、さらに肺・気管など胴体の4分の3が携わっており、実は体のほとんどの部分と関連しているそうです。そのため、足首をくじいても声に影響するといわれています。体中の器官の驚異的な連携によって声は生まれているのです。人は“全身”でしゃべっているのです。
 加えて、声の高さや大きさ、速さによって伝わり方が変わります。このような発話に伴う言葉以外の特徴を「パラ言語」と呼ぶそうです。このパラ言語によって、言葉に“生命”が吹き込まれ、思いが相手に届くのです(アン・カープ著『「声」の秘密』草思社)  

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2018年06月14日

そこに尽きるのです

 釈尊が初説法の地・鹿野苑へ向かう途中のこと。ウパカという修行者に出会い、対話が始まりました。
 “仏様”の言葉だからすぐに納得した――わけではなかったそうです。ウパカは「そうかもしれないね」と皮肉交じりに頭を振り、去ってしまったという。仏教学者の中村元氏は、仏でさえも「伝道に関してやはり失敗があったということは、興味ある事実」と(『中村元選集決定版第11巻』春秋社)
 鹿野苑に着いた釈尊は、かつての修行仲間5人のもとへ。数日がかりの対話の末、ついに最初の一人、コンダンニャが教えを理解しました。釈尊は感嘆の声を2度も上げました。「ああ、コンダンニャは悟ったのだ!」。やがて他の4人も続いた。なお、先述のウパカも後に釈尊に帰依したとされています。
 仏典が伝える釈尊の、なんと人間らしい姿か。「仏」だから、何か特別な力を持っているわけではないのです。正道を広めたいという誓いの強さ、友に幸福になってほしいという慈悲の深さ、心を通わせようとする誠実と忍耐。仏の「力」といっても、そこに尽きるのです。  

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2018年06月13日

シアトル・フリーズ

 米国は“人種のるつぼ”といわれています。西海岸のシアトルにも多様なルーツを持つ人々が存在し、街は異なる価値観を受け入れる雰囲気にあふれています。
 シアトルの人々は友好的な一方で、親しい友人になりにくいという。それを表す言葉が「シアトル・フリーズ」。「フリーズ」は「凍結」「固まる」等の意味。自分とは違う他者の考えにも理解は示すが、自分の“本音”はなかなか語らない。心の奥を知ろうとする相手には、拒否反応を示す傾向があるそうです。  

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2018年06月12日

植物の特性から、学べることがあります

 動物であれば、吹き付ける風や、暑さ寒さをしのごうと、移動することもできる。だが、大地に根を張る植物は、試練から自力では逃れられない。その分、環境に適応し、生き延びるために培った”知恵”があるのです。
 暑さに弱い植物は夏を、寒さに弱い植物は冬を、種子の形で乗り切り、温暖な秋や春に花を咲かせます。それには本格的な夏や冬が、いつなのかを事前に知る必要があります。その役割を果たすのは葉だそうです。毎晩、夜の長さを測る役割を担っているのです。
 今月21日は夏至で、夜の時間が最短となります。この日から夜が長くなるのを察知することで、植物は本格的な夏の到来を知るのです。反対に、冬至から、だんだんと短くなる夜を感じ、寒い冬に備えます。
 こうした植物の特性から、学べることがあります。苦難のない人生などない以上、それを受け止め、乗り越えるための知恵を磨くことです。  

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2018年06月11日

五月雨

 例年より早く、各地で梅雨入りし、「五月雨」が降り続いています――こう書くと“もう6月なのに、なぜ五月雨?”と思われる方もいるかもしれませんね。
 五月雨は、旧暦5月に降る長雨のことです。今の6月に当たり、本来は梅雨を指すのです。「五月晴れ」も同じく、元は梅雨のさなかの晴れ間のことだったのです。端午の節句も、古くは梅雨時の行事。菖蒲の香りは、じめじめした長雨の毒消しになったのです。
 五月雨は、歌にも数多く詠まれてきました。例えば「日の道や葵傾くさ月あめ」(芭蕉)――梅雨にぬれて、葵の花が傾いて咲いている。その傾く方向は、太陽の通る道筋。日は出ていないが、葵も日の光を慕っているのだ、と。  

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