2016年06月30日

3週間あまりで一気に書き上げた

 76年前の6月、戦時下に一冊の本が出版されました。本の名前は『学生に与う』でした。この本は、非合理・反知性の軍国主義に染まりゆく世相の中で、学生に支持され、瞬く間に十数版を重ねました。戦後もロングセラーを続け、学生、青年の必読書の一つとなりました。
 著者の河合栄治郎は、軍国主義に抗して論陣を張り、軍部に立ち向かいました。そのことで、最終的に東大教授の職を追われたのです。こうした弾圧の中、3週間あまりで一気に書き上げたのが『学生に与う』でした。
 同書で河合は学問、教育の目的を「人格の陶冶」と位置づけ、「人格」を成長させる学生生活の在り方の一つとして「師弟」を説いています。「弟子はあくまで誠実をもち続け、最後まで師の跡を追う愛着と執拗さがなければならない」と。納得!!  

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2016年06月29日

ロック

 「僕には才能がありませんから」「力はございませんが……」。これは、謙遜を美徳とする日本人が、言いがちなせりふです。
 思想家で、武道家でもある内田樹氏は、自分も若いころにはよくそう言ったそうですが、教える立場になった時、それは禁句であることが分かったと語っています。氏の同門に昔、いくら勧められても初段の審査を受けない人がいました。自分にはまだ黒帯の実力がない、と。そのうち後輩にもどんどん抜かれ、不思議なことに、10年以上稽古しても、さっぱり彼の技能は進歩しなかった。「何か」が能力の開花に「ロック」をかけていたのです。(『街場の戦争論』ミシマ社)  

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2016年06月28日

ロベルト・クレメンテ賞

 男子小学生が将来なりたい職業の1位は、昔も今も変わらず「スポーツ選手」だそうです。海外で活躍する一流選手らの姿に触発を受け、汗を流す子どもたちも少なありません。
 現役選手には必ずといっていいほど、幼いころに憧れた選手がいます。その姿を見て、いつの間にか自分も頑張るようになった――と。憧れの選手は、何にも勝る成長の目標となるのです。
 米大リーグのシアトル・マリナーズが行っている地域貢献活動「DREAM」には①薬物防止②自他共への尊敬③高い教育④態度・振る舞い⑤やる気――を触発する意味が込められています。単に夢を語るのではなく、人生で大切なことを、自らの存在を通して子どもたちに伝えていくのです。
 特筆されるのは、この取り組みが、年間162試合という過密スケジュールのシーズン中に行われている点です。また大リーグには、毎年、社会貢献に尽くした選手に贈られ、高い権威を持つ「ロベルト・クレメンテ賞」があります。一流の選手は、社会に尽くす〝一流の人格者〟でもあるべきだ、という考えが根付いているのです。  

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2016年06月27日

科挙(かきょ)

 宋の時代の中国に『文章軌範』という、作文の技法を教える書があります。これは難関の「科挙 ※」試験のための参考書で、そこには「初めは胆の大なるを要し、終りは心の小なるを要す」とあります。初めは思い切って、大胆に書き、その後に、細かいところに心を配ればよいという。外山滋比古さんが紹介しています(『文章力 かくチカラ』展望社)

 ※ 科挙(かきょ) 科挙という語は「(試験)科目による選挙」を意味します。選挙とは郷挙里選や九品官人法などもそう呼ばれたように、伝統的に官僚へ登用するための手続きをそう呼んでいます。「科目」とは現代の国語や数学などといった教科ではなく、後述する「進士科」や「明経科」などと呼ばれる受験に必要とされる学識の課程です。北宋朝からはこれらの科目は進士科一本に絞られたが、試験自体はその後も“科挙”と呼ばれ続けました。  

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2016年06月26日

千年希望の丘

 震災で発生したがれきを活用して丘を造る。そこに土地本来の木を植え、避難場所や震災の教訓を次代へ引き継ぐ場所にする――これが、宮城県岩沼市の「千年希望の丘」です。
 植樹を指導した宮脇昭・横浜国立大学名誉教授は著書『森の力』(講談社現代新書)に、「木を植えることで、大人も子供もその生長を見守り育てたいという意識が芽生えてくる」と。木を植えることは、人の〝心の大地〟に植樹することでもあるのです。  

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2016年06月25日

何を学び、導き出すか

 梅雨ですから仕方がありませんが、うっとうしい雨が続きますね。しかし、大地を潤し、実りをもたらす雨は喜びの源でもあります。甘雨、慈雨、瑞雨……辞書には「喜雨」という言葉もあるように。
 レオナルド・ダビンチはこんな寓話を書いています。――水は海にいるうち、ふと大気へ昇りたくなった。火に誘われ水蒸気となって空高く昇り、薄く冷たい空気の間に到着する。だが、そこで火に見捨てられる。縮み上がって一塊になり、天から墜落する。乾燥した土に飲まれ、高慢にも天に昇りたいと思った己の罪を悔いた(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』杉浦民平訳、岩波文庫)
 科学者であり哲学者であった天才ダビンチにかかると、雨は分析の対象にも、物語の題材にもなります。同じ現象や風景も、人によって見え方は異なり、何を学び、導き出すかは違ってくるのですね。  

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2016年06月24日

さらなる高みを目指した

 富士山をテーマにした詩歌や絵画はたくさんあります。中でも葛飾北斎の『富嶽百景』はおなじみですね。なんと、完成は70歳代の時でした。奥付に北斎は「八十才にしては益々進み九十才にして猶其奥意を極め」とつづっています。北斎がさらなる高みを目指したのも、富士と格闘した日々あったればこそでしょうか。  

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2016年06月23日

沖縄慰霊の日

 今日、6月23日「慰霊の日」は沖縄県民にとって忘れることのできない特別な一日です。沖縄県民を対象にした地元紙などの共同調査では、86%の人が、沖縄戦の記憶を次世代に伝えたいと意欲を示しています。だが、県民の4人に1人の命が奪われた凄惨な沖縄戦は、体験者にとって、血が逆流するような、思い出したくない記憶です。語るのを拒む人、悲しみを心にしまったまま亡くなった人も多いのです。
 戦争は命を奪い、生き残った命にも、一生消えない傷を残します。その痛みに耐えながら、勇気を振り絞って語り残してくれた人々に応えて、平和を誓う「沖縄慰霊の日」としたいものです。  

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2016年06月22日

「実り多き人生」へのヒント

 たくさんの実を結んだ植物の姿に、人は豊かな人生でありたいとの願いを重ねてきました。そうした思いを込めて、「実り多き人生を」と、祝いの席などでよく耳にするフレーズです。 
 植物の多くは、自分の花のめしべに同種の他の花の花粉が付くことで、実(種子)をつくります。そこで、同じ季節の、同じ月日に、一斉に花を咲かせるのです。時刻まで、開花を合わせる花もあるそうです。例えば月下美人は、夏の夜の午後8時ごろから10時ごろにかけて、次々と幻想的な白い花を咲かせます。植物たちの「仲間とのつながり」を大切にする生き方には、「実り多き人生」へのヒントが詰まっていますね(田中修著『植物のあっぱれな生き方』幻冬舎新書)  

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2016年06月21日

最高の親孝行

 第35代横綱の双葉山が幕下時代、地方巡業で九州へ行き、実家に1泊しました。夜中に目が覚めると、父親が自分の体をさすっている。10歳で母を亡くし、家業も失敗。何かと苦労をさせたわが子がこんな立派になって、と感慨深かったのだろう。
 ここで起きると、父もばつが悪かろうと、双葉山はずっと寝たふりをしたという。親と子が互いを思いやり、無言にして心通い合う、美しい情景が目に浮かび、胸が熱くなります。
 双葉山は引退後、「時津風」を襲名し、部屋を持ちました。後年、最もうれしかった出来事は、わが子のように育てた弟子が優勝し、横綱になったことだと話しています。
 親にとって、子の成長こそ喜び。人として大きくなった姿を見せることが、最高の親孝行となるのです。  

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2016年06月20日

手にした塩

 娘は塩子といいます。命名の由来をサラリーマンの父が語っています。「娘にも塩のように地味でいい、地道に、人間としてまっすぐな道を……そういう父親の願いを……」。これは、向田邦子さんの『蛇蠍のごとく』にある一シーンです。
 サラリーとは、昔、働いた分、手にした塩を意味しました。華やかではない。しかし、信念の道を自分らしく、堂々と進んでほしい。偉くなるよりも、幸せになってほしい。そんな心情が迫ってきます。  

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2016年06月19日

人生いつも「今」が本舞台

 オーストリアの文部次官も務めた声楽家のサイフェルトさんが、池田SGI会長との対談集『生命の光 母の歌』(本社刊)でユニークな話を紹介しています。
 人生の「始まり」はいつなのか。オギャーと生まれた時なのか。いやそれよりも前か、後なのか。2人の新米の聖職者が議論したが分からない。そこで近くのベンチにいた老婦人に聞いた。人生は一体、いつ始まるのでしょうか。婦人いわく。「そりゃあ、子どもが成長して巣立っていって、夫と飼い犬が亡くなった時さ」と。
 子が育ち、連れ添った夫や愛犬がいなくなって、まさに、ここからが私の本当の人生と破顔一笑した婦人。人生いつも「今」が本舞台ということなのでしょう。  

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2016年06月18日

チャップリン

 チャップリンが名画「独裁者」でヒトラーと闘ったのは、ナチスの全盛期だった。その点、日本チャップリン協会の大野裕之会長は、数ある反戦映画の中でも「類を見ない作品」と評価しています(『チャップリン再入門』)
   

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2016年06月17日

一字の中に思いを凝縮する

 直木賞作家の田中小実昌さんの作品には、平仮名が、ふんだんに使われています。だが、単に多用しているのではなく、例えば、意味の違いで、「前」と「まえ」に表記を使い分け、編集者にも、原稿の平仮名を漢字に直さないよう注文を付けていました。
 たった一字でさえ、それを記すのに苦慮を重ね、たった一字の中に思いを凝縮する。それが「表現する」ということだろう。納得!!  

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2016年06月16日

気位が高い人間

 「貧乏、ということは、気位が高い人間のことだと思いこんでいた」。と、作家の石牟礼道子さんが、『父』(藤原書店)の中で書いています。石牟礼さんのお父さんは石工で、学校には小学校4年までしか行かなかったという。
 「親の背を見て子は育つ」とも、「子は親を映す鏡」とも言います。石牟礼道子さんは「わたしは極貧の中で育ったが、いじけるということは無かった。人間的プライドを、無学な父から教わったように思う」。と語っています。  

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2016年06月15日

アフリカの子どもの日

 歴史には常に転換点があります。南アフリカ共和国では1976年6月16日、アパルトヘイト(人種隔離)に対する国内外の怒りが爆発しました。
 それは、黒人学生らのデモ行進(ソウェト蜂起)がきっかけでした。一方的な当局の教育方針に抗議した際、13歳の男子生徒をはじめ子どもたちが、警官隊の発砲の犠牲となったのです。
 この事件以降、正義の行動が加速し、あしき政策は91年に完全撤廃されました。この日は現在、南アの祝日「青年の日」となり、アフリカ統一機構(現・アフリカ連合)によって「アフリカの子どもの日」と定められています。  

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2016年06月14日

皇帝を裏切った人間たち

 ナポレオン最後の決戦「ワーテルローの戦い」から18日で201年になります。ユゴーはこの古戦場を訪れ、『レ・ミゼラブル』の一編を費やして、戦の結末を描きました。皇帝の敗北を歴史の必然としながらも、文豪は、英国のウェリントン将軍でもプロイセンのブリュッヘル元帥でもなく、負けた皇帝の一近衛兵カンブローヌこそ勝者と書いたのです。ユゴーならではの民衆史観である。
 戦いの大勢が決した時、勇戦の近衛兵に敬意を表し、連合軍が降服を呼び掛けます。するとカンブローヌはただ一言、こう答えるのだ。「くそっ!」と。皇帝と共に落日の運命を引き受け、その積年の恩顧に報い、殉じようとする無名の兵・カンブローヌ。そこにユゴーは極限の勇気、精神の高貴さ、すなわち「人間としての勝利」を見たのです。ユゴーは、それを描くことによって、すばやく時流におもねり、皇帝を裏切った人間たちを見下ろしたのでしょう。  

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2016年06月13日

このストーリーの素材

 演劇の中心地ブロードウェーには幾多の名作がありますが、6000回以上にわたって公演された名作中の名作に「コーラスライン」があります。
 舞台はブロードウェーの出演ダンサーを決めるオーディション会場。“自分が何者なのかを話してくれ。履歴書にないことを”との型破りな質問に答えて、無名のダンサー一人一人が、誰にも話したことのなかった来歴や悩みなどを赤裸々に語り始める……
 このストーリーの素材となったのが、アメリカSGIのメンバーが開いた集いだ。悩みや夢などを語り合う集いに感動した脚本家が、その体験をそのまま生かして書き上げたという。  

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2016年06月12日

今月21日は夏至

 暑さに弱い植物は夏を、寒さに弱い植物は冬を、種子の形で乗り切り、温暖な秋や春に花を咲かせるそうです。
 それには本格的な夏や冬が、いつなのかを事前に知る必要があります。その役割を果たすのは葉だそうです。さらに、毎晩、夜の長さを測る役割を担っているそうです。
 今月21日は夏至で、夜の時間が最短となります。この日から夜が長くなるのを察知することで、植物は本格的な夏の到来を知るのです。反対に、冬至から、だんだんと短くなる夜を感じ、寒い冬に備えます。
 こうした植物の特性から、学べることがあります。苦難のない人生などない以上、それを受け止め、乗り越えるための知恵を磨くことです。  

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2016年06月11日

喜びを戻してあげたい

 第2次世界大戦終結71年の今年は、ユダヤ人の少女アンネ・フランクの没後71年でもあります。アンネ・フランクはナチスに追われ、死と隣り合わせの日々でも、希望に生きたアンネ。その日記は、今も人々の胸を打ち続けます。
 この日記を守ったのは、食料や外の情報などを届け、彼女たちの隠れ家生活を支えた一婦人でした。アンネが秘密警察に連行された後、ナチスの手に落ちる前に隠れ家から日記を持ち帰り、少女の帰りを待ったのです。
 婦人は語っています。「アンネが帰ってきた時、またこの書くという喜びを戻してあげたい、そう思っただけです」(小川洋子著『アンネ・フランクの記憶』角川文庫)。婦人の希望はかなわなかったが、この小さな、しかし毅然たる行動があってこそ、『アンネの日記』を世界が知ることになったのです。  

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