2012年09月30日

気象の変化が健康に及ぼす

 「非常に強い台風17号は次第にスピードを上げ、今日の午後には四国から関東地方にかけてかなり接近、上陸する可能性があります。」と報道されていました。私の住む北名古屋市地域も心配する範囲に入っています。被害が内容に祈るばかりです。
 さて、「台風の来る前日は呼吸器病の病状が悪化する」など、古来、気象の変化が健康に及ぼす影響を教える言い伝えは沢山あります。。これらを科学的に研究する学問を生気候学とか生気象学というそうです。そして、この知識を基にした健康や疾病に関する予報を「医学気象予報」と呼びます。ドイツでは80年の歴史があり、日本でも花粉症、紫外線などの注意情報が天気予報に組み込まれるようになりました(『医学気象予報』角川書店)。
 時あたかも初秋の頃、“秋の魚は要注意”という訓戒が各地に残っています。それは、夏の終わりから秋にかけてのこの時期、腸炎ビブリオという細菌による食中毒が多くなることへの警鐘と言われています。
 その根拠として、海水温がピークになる9月に海の中の同菌が増殖し、魚介に付着して人の口まで至って中毒をもたらす為だそうです。さすれば腸炎ビブリオの多発は、一種の季節病ともいえましょう。注意としては調理の際、魚介を真水でよく洗うことで感染予防できますが、夏バテで体力が弱っている時だけに注意が必要です。  

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2012年09月29日

 山の文学者・深田久弥氏は、人に人格があるように、山には“山格”があるといっています。氏の著書である『日本百名山』を批評家の小林秀雄氏は、こう評しています。山を人間なみに扱えるようになるには、どれほどたくさんの山々と、実地に付き合わなくてはならなかったか。「(氏の)文章の秀逸は、そこからきている。私に山の美しさを教えたのは著者であった」(『小林秀雄全作品25』)と。                                                    
 遠くから眺めるだけでも、確かに山は美しいものです。しかし、山の本当の魅力は、登る人が知っています。それは、山道に咲く草花や景色を眺め、時には山の怖さも味わう。そして、登りきった時の喜びを知っているからです。
 人生の険難も、よく山にたとえられます。それは、苦難は決して行き止まりなのではなく、出あうたびに登り越えて、何かを得るものとの意味をもつのではないでしょうか。  

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2012年09月28日

「聴く」

 漢字の「聞」「聴」は、きく側の態度によって使い分けます。自分からきく場合は後者の「聴」、自分に音声が入ってくる場合は前者の「聞」です。だから「きこえる」は「聴こえる」とは書きません。
 昨今は「聴く」という行為が減っている感があります。話を聴かない、聴こうともしない人も少なくありません。また親密な間柄の人に限って「もう分かっているから聴く必要はない」と決めつけてしまいがちです。「聴」の字は、本来の字義とは別に字形から「『十四の心に耳を向ける』と読むことができます」と。
 子どもの虐待防止プログラムを提唱し、その専門職を育成する森田ゆりさんは語っています。「聴く作業は、相手の心を素直に受け止めること。それは子どもだけでなく、人間社会に不可欠である」と。  

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2012年09月27日

“壁”

 日々を懸命に生きれば、必ず“壁”にぶつかります。その時、その壁とどう向き合うか。それによって、人生が決まってしまうといっても過言ではありません。
 独創的な作品が高く評価されている作曲家・野村誠氏(第1回アサヒビール芸術賞受賞)。彼はあるインタビューに、「壁を探すのが最初の作業」と答えています。“壁にぶつからないと何も創れない”“どうやっても越えられない壁に出あえればチャンス”と(『クリエーター50人が語る創造の原点』論創社)
 「壁を探す」という行動には、自分の可能性を追求し続けるなかでの、強く、謙虚な姿勢がうかがえます。自分は今、必死に壁を探しているか? やすやすと乗り越えられるような“起伏”に満足して、本当の“壁”には目をつぶっているのでは?――そんな思いにかられます。  

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2012年09月26日

新しい人材

 1830年、ユゴーの劇「エルナニ」が上演されました。この「エルナニ」は文学史上、17世紀以来の古典主義に終止符を打ち、ロマン主義の新時代を開いた出来事とされています。
 そのため、これまでの常識を覆す作品ゆえに、旧勢力からの妨害があったそうです。しかし、28歳のユゴーを中心に青年が結束し、それらを抑えての上演でした。その一人、作家ゴーティエは、この青年集団を、20代のナポレオンの指揮で連戦連勝した「イタリア遠征軍」になぞらえ、生涯の誇りとしました。
 師のユゴーと共に戦った彼は晩年、「エルナニ」の上演は、古臭い因習の廃虚の上で行われた「自由で、若々しく、新しい『思想』の除幕式」だったと意義づけています(渡辺一夫訳『青春の回想』)
 新しい時代の幕が開ける時、そこには新しい人材が必ずいるものです。  

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2012年09月25日

手書きの効力

 就職して3年以内に退職する若者が増えているそうです。『国民生活白書』によると、2002年の大学卒で3人に1人、高校卒では2人に1人に上るそうです。現在はもっと増加していることは必死です。
 こうした退職を食い止めるため、“手書き”のメッセージを送る動きが広がっています。この実践のおかげで8割を超える退職率をゼロにした会社もあるそうです。
 ある企業は、名刺大のカードに部下や同僚への感謝の言葉を書いて渡す「サンクスカード」を導入しました。実例の一つとして、仕事に慣れず、帰りが遅くなりがちだった女性に「サンクスカード」が届きました。女性は退職しようかと悩んでいたところに、社長から「いつも遅くまでありがとう」との手書きのカードが。心が温まり、退職を勧めていた家族の態度も変わったそうです。
 近年は電子メールの普及もあって、手書きの手紙を目にすることが減りました。それだけに、手書きの効力は増しているそうです。  

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2012年09月24日

絶好のチャンス

 「今までは、こうだったから」。と、過去の成功例にこだわっていては、次の勝利はありません。現実は、刻一刻と変わっているのです。
 “経営の神様”といわれた松下幸之助氏は、「人は自ら作った窮屈な枠の中でものを考えがちだが、枠にとらわれるな」と語り、更にこう続けています。「ものにはいろいろな見方がある。時と場合に応じて自在に変えねばならない。そこにこそ発展が生まれるのである」(『一日一話』)と。
 時間がない、人がいない、お金がない――悪条件を数えればきりがありません。そんな時、取り巻く状況が厳しいほど、順調な時には思いつかない知恵や力がわくものです。そんな悪条件もまた、前例を塗り替える絶好のチャンスになるのです。  

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2012年09月23日

勇気の源泉

 世界的な勇気の指導者の一人に、黒人の権利のために戦った米のマーティン・ルーサー・キング・ジュニア博士がいます。博士は叫びました。「われわれの強力な武器は、正しい目標に向かって休みなく歩み続ける、団結した、献身的な人々の声と足と身体だ」(W・R・ミラー著・高橋正訳『マーチン・ルーサー・キングの生涯』)と。
 しかし、そんな博士にも、正義の運動を阻もうとする反対勢力の脅迫に怯え、自信を失い、運動から身を引こうとしたことがあったそうです。その絶体絶命の時、博士を再び立ち上がらせたのが、信仰の力でした。信仰こそ勇気の源泉です。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2  

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2012年09月22日

「業(ごう)」

 仏教で説く「業(ごう)」は、一般的に、変えられない、固定的なものと考えられています。そのような意味から「業が深い」「自業自得」など、いずれも悪い意味で用いられることが多い(中村元編『仏教語源散策』)。そこから、宿業といえば、「あきらめ」というイメージがつきまとっています。
 だが、本来の「業」という言葉は、「行為」という意味なのです。身体と言葉と心の三つによる行為(身口意の三業)で、これから未来を、どう築きあげていくかに力点が置かれています。過去を振り返り、過去に縛られるのではなく、「現在」という確かな一点から未来を開いていくのが「業」なのです。  

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2012年09月21日

丈夫な根

 実りの秋です。田んぼに目をやると、黄金色に輝く稲穂が秋風に揺れています。私たちの地域はこれからですが、所によってはすでに稲刈りを終えている田もあります。
 なぜ稲は、垂れ下がるほどの重い稲穂を支えられるのでしょうか? その秘密は、根にあるそうです。田に水が張られている間は、根はそれほど発達しません。理由は簡単、そうしなくても容易に水を得られるからです。
 その稲に“転機”が訪れるのは夏です。農家が水田の水を抜き、表面の土にひびが入るくらいに乾かすため、稲は水を求めて急速に根を伸ばす。いわば、“水を失う”という試練を経て、重い稲穂を支えられる丈夫な根を張り巡らせるのです。
 “試練”によって磨かれるのは、人間も同様です。  

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2012年09月20日

百折千磨(ひゃくせつせんま)

 「百折千磨(ひゃくせつせんま)」という言葉があります。さまざまな苦労を重ねるとの意味です(『大辞林』)。
将棋棋士の大山康晴氏が、タイトルを失った時の思いを、この言葉に託して語りました。「自己を磨くこと、それが『百折千磨』であり、負けても負けても立ち上がるのが『七転八起』」と。
 大山氏は「名人」18期をはじめ、通算80ものタイトルを獲得しています。50歳を超えてからのタイトル奪還もあった。棋上の激戦を幾度も経験した氏は「最後まで勝ちをあきらめない。いつしか、習性みたいになっている」と述べています(『勝負のこころ』) 負けた時にどう行動するかで、その人の真価が分かります。負けた時に勝つ原因をつくる人もいれば、勝った時に次の敗因をつくる人もいます。最初からずっと勝ち続ける人も偉いし、凄い事です。だが、一度負けても、めげずに挑戦して次に勝つ。そのほうが、苦労も大きい分、偉大になれるのではないでしょうか。  

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2012年09月19日

ちょっと負荷のかかる行動

 10月4日で満101歳となる現役医師の日野原重明氏が「楽を嫌う健康法」を提唱しています。例えば、エレベーターより階段を。買い物も近くなら徒歩で。という具合 に、日常生活で、ちょっと負荷のかかる行動を選択するという、その気になれば実行できる健康法です。
 人生のさまざまな局面でも、安易な道でなく、あえて困難な道に挑んでみる。「楽な道を選んだばかり に『苦』を招いてしまう」のが人生の真理と氏は言う(『長生きすりゃいいってもんじゃない』幻冬舎、共著)  

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2012年09月18日

前人未到

 スポーツ界に「前人未到」と呼ばれる記録があります。史上最も有名な例に、陸上の「1マイル(1609メートル)4分の壁」がありました。20世紀前半、この壁に挑むことは“エベレスト単独登頂より困難”とされ、命にも関わると考えられていました。この「1マイル4分の壁」は「人類の努力の限界」の象徴でした。
 しかし1954年、遂に壁を破る若者が現れました。英国のバニスター選手です。医学生の彼は、科学的トレーニングを導入し、レースに二人のペースメーカーを使い4分の壁を破りました。すると、どうでしょう続々と4分を切る選手が現れました。「1マイル(1609メートル)4分の壁」を破っている選手は今では1000人以上いるそうです。
 この英国の伝説的選手、バニスターは今、83歳。過日大成功で終わったロンドンオリンピックの聖火ランナーの一人として、58年前に快挙を成し遂げた英国オックスフォードの競技場で走者を務めました。

  

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2012年09月17日

新たな歴史

 「身はたとひ/武蔵の野辺に/朽ちぬとも/留め置かまし/大和魂」。これは獄中で、吉田松陰が門下生に綴った『留魂録』の冒頭に掲げられた辞世の句です。
 その中で彼は、お互いが「志」を同じくする大切さを訴えています。「天下の大事を成功させるためには、天下の有志の士と互いに志を通じなければならない」。そして、わが理想の実現を愛弟子に託しました。「同志諸君、切に頼む。頼むぞ」と。
 この『留魂録』を書き終えた翌日、松陰は30歳の生涯を閉じました。だが、彼の「魂」は消えませんでした。『留魂録』を読んだ高杉晋作、久坂玄瑞など、後事の一切を託された松陰の弟子たちが、師の魂の叫びを胸に陸続と立ち上がり、新たな歴史を切り開く原動力となった事は歴史が証明しています。  

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2012年09月16日

15歳の時

 点字を発明したのはフランスのルイ・ブライユです。盲目の彼が点字を考案した当初、周囲には「盲目の子たちに難しい勉強は不要」「特別な文字を使えば孤立する」との声もありました。しかし、彼の点字で生き生きと読み書きに挑戦する子どもたちの姿が、やがて周囲の認識を変えていった(『ブライユ』偕成社)
 彼自身も少年時代から挑戦の連続でした。教室では常に一番前の席に座り、教師の話を聞き漏らすまいと人一倍、真剣に耳を傾けました。この勉学への挑戦が自信になりました。寝る間も惜しんで研究し、15歳の時に点字を発明したのです。

ルイ・ブライユ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%A6  

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2012年09月15日

大楽天

 彼女は底抜けに明るく、中国の周恩来総理に「大楽天」と呼ばれ、最も頼りにされた存在でした。それが、夫人のトウ<登におおざと>穎超女史です。
 彼女は中国革命の「長征」でも、たくましかった。病や飢えと闘い、銃弾の雨をかいくぐる過酷な行軍。その中で、冗談を飛ばし、大好きな草花の話にも興じたそうです。その快活さが、周囲に希望を与え続けました。過酷な「長征」でしたが彼女の部隊から、落後者はほとんど出なかった(西園寺一晃著『トウ<登におおざと>穎超』)  

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2012年09月14日

希望の未来を信じて

 日本ユニセフ協会の大使を務める歌手のアグネス・チャンさんは、世界中の子どもたちの過酷な状況を訴え続けています。
 8歳の時、自ら反政府軍に加わったスーダンの少年。不自由になった片足は「銃で撃たれた」と。イラクの母子病院には治療の薬さえない。涙を流しながら痛みに耐える子どもたちが、何人も横たわっていました。彼女は現状を知るほど無力感に襲われました。だが、あきらめない。現地に赴き、歌い、子どもたちを抱き締める。何もしないより、一生懸命、行動する人であり続けたい。そう誓う彼女は自分らしく挑戦しています。希望の未来を信じて(『みんな地球に生きるひと Part3』岩波ジュニア新書)  

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2012年09月13日

面白い・つまらない

 「面白い」とは、本来、目の前が明るくなる感じを表す(広辞苑)。「面白い」とは、気持ちが晴れて、愉快になるのです。感動、意欲、創造力が、躍動するときの気分でもありましょう。
 心底から「面白い」を実感するには、少々飛躍的ですが「苦闘」が欠かせません。要するに安易な姿勢では、本当の面白さを味わうことはできないのです。
 さて、近ごろ「コピペ」が、はやっています。これはコピー・アンド・ペーストの略で、インターネット上の文章を切り張りすることです。私物の文章なら良いのですが、近年は学生のリポートなどに見られ、深刻な問題になっているようです。「コピペ」は情報を手っ取り早く所得し、自身の研鑽として片付きますが、そこには学ぶ喜び、ひらめきの感動がありません。それでは、つまらないでしょう。  

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2012年09月12日

破天荒(はてんこう)

 「破天荒(はてんこう)」という言葉を「豪快で大胆な様子」と誤解している人が64・2%に上ることが、文化庁の国語世論調査で分かったそうです。正しくは「誰も成し得なかったことをする」という意味の故事成語です。
 この言葉の淵源は中国は唐の時代にあります。荊州(現在の湖南・湖北省の大部分)は長年、科挙(官吏の登用試験)で合格者が出なかったため「天荒(未開の地)」と呼ばれていました。あるとき、一人の荊州出身者が初めて合格を勝ち取りました。「天荒」を破ったことから、人々が驚いて「破天荒」と言ったそうです。
 「日蓮大聖人の御書の英訳が出たということは、破天荒なことでありまして」と語ったのは、仏教学者の故・中村元氏です。1990年、米国で『英文御書選集』が発刊されたとき、「これによって大聖人の思想とその精神が、広く世界に広がる」と期待を寄せました。  

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2012年09月11日

フランスきっての日本通

 「フランスきっての日本通」と評される社会学者、ジャン=フランソワ・サブレ氏を知って見えますか。彼の著作には特徴があります。彼自身の言葉を借りれば、「相撲力士」も「有名政治家」も登場しない。「ぼくの英雄はマスコミに騒がれることはない」(『日本、ぼくが愛するその理由は』七つ森書館)と。
 彼は大衆食堂で食を共にし、差別された人たちとも、長く暮らしてきた。そこで、サブレさんは発見しました。マスメディアや人気の本には出てこない「英雄たち」を。それは、つつましく暮らす下町の人々、日雇い労働者、いわれなき差別に苦しむ人々です。彼らは逆境に負けず、励まし合い、時として立ち上がり、自らの権利のために闘う。その生き方こそ「ぼくにとって貴重なもの」と語っています。
 同じく、21年間日本に暮らしたフランス人社会活動家、アンドレ・レノレ氏も、「(日本社会から)見捨てられた部分」「底辺」にこそ希望があると言っています。困っている時は助け合い、道を切り開く、「庶民」という「闘士たち」こそ、希望と(『出る杭は打たれる』岩波現代文庫)  

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