2012年09月22日
「業(ごう)」
仏教で説く「業(ごう)」は、一般的に、変えられない、固定的なものと考えられています。そのような意味から「業が深い」「自業自得」など、いずれも悪い意味で用いられることが多い(中村元編『仏教語源散策』)。そこから、宿業といえば、「あきらめ」というイメージがつきまとっています。
だが、本来の「業」という言葉は、「行為」という意味なのです。身体と言葉と心の三つによる行為(身口意の三業)で、これから未来を、どう築きあげていくかに力点が置かれています。過去を振り返り、過去に縛られるのではなく、「現在」という確かな一点から未来を開いていくのが「業」なのです。
だが、本来の「業」という言葉は、「行為」という意味なのです。身体と言葉と心の三つによる行為(身口意の三業)で、これから未来を、どう築きあげていくかに力点が置かれています。過去を振り返り、過去に縛られるのではなく、「現在」という確かな一点から未来を開いていくのが「業」なのです。