2016年02月29日

簡単な血液検査で発見

 医学は日進月歩しています。脳梗塞を簡単な血液検査で発見できるそうです。負担も軽く、早期治療につながれば、喜ぶ人も多い事でしょう。この脳梗塞マーカー検査は、臨床応用されたばかりで実施施設が限られています。また保険未収載のため、費用は1回につき7000~1万円ほどかかります。検査結果がよければ3年に1回、境界例以上なら年に1回は検査するといいとされています。
 個々の遺伝子情報をもとに、最適の薬の種類、投与量を決めたり、副作用の少ない治療が可能となる「オーダーメード医療」の研究も、文部科学省のプロジェクトとなっています。個人情報の保護、遺伝子による差別の危険性など、検討すべき課題は多くありますが、あらかじめ身体の状態や傾向性を知ることは、健康の大きな助けとなるには違いありません。

  

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2016年02月28日

人生の喜び

 今日みたいに晴れた日は、降り注ぐ陽光にも近づく春が感じられてほっとします。こんな日は厚着をやめて、身も心も軽くして友に会いに行きましょう。友人、知人と心を通わせることは、人生の喜びの一つです。  

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2016年02月27日

詩情が湧き上がるようです

 「未名湖」という人造湖が中国の北京大学内にあります。湖名の由来は“未だ名も付けられない神秘的な湖”。思わず詩情が湧き上がるようです。早朝の湖畔には、学生が詩を口ずさむ光景が見られるそうです。
 かって池田SGI会長も湖面を望んだことがあり、「日中友好の前途は洋々と広がり/未名湖畔の青き柳の如く輝きわたる」と詠いました。
 「どうして詩(詩経)を学ばないのか」。孔子はある時、弟子たちにこう問い掛け、語ったそうです。詩は心を奮い立たせ、観察眼を養い、友情を結ぶ。親孝行にもなり、博識を得られる――と。  

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2016年02月26日

写真をも“武器”

 文豪ユゴーは1802年のきょう生まれました。ヒューマニズムのペンで権力と戦った彼は、写真をも“武器”にしていました。19年にわたる亡命中、肖像写真を撮らせては本国に送ったのです。
 “私はここにいる”と示し、権力者に恐れを、民衆には勇気を吹き込むためだったのです。  

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2016年02月25日

励ましにつながる

 相手を「助ける」ことは大変でも、相手に「関心を持つ」ことは誰にでもできるはずです。関心は英語でinterestと言いますが、同語はラテン語のinter(内に)―esse(存在する)に由来しています。”自分の内に相手を入れる”ということでしょう。
 関心を持つ、つまり、”あなたを、私の心の中に入れています”と伝えることが、励ましにつながるのです。  

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2016年02月24日

がん哲学

 日本人の2人に1人がかかるというがん。発症をきっかけに生きる意味を掘り下げる「がん哲学」が今、注目を集めています。
 提唱者は順天堂大学教授の樋野興夫氏。11年前、アスベスト・中皮腫の専門外来を立ち上げました。待ち時間を使い、患者との対話に励む中で、患者の人間性や尊厳にふれることの大事さに気付きました。
 教授の言葉を借りれば、「人生に期待ばかりしている」のではなく「人生から期待されている」使命を見いだし、人に尽くす。そこから人間的成長が生まれ、病気であっても「病人」ではない、病にとらわれない、その人らしさが発動するという(『いい覚悟で生きる』小学館)。自分に与えられた「人生の時間」を受け入れつつ、その生を自分らしく完全燃焼するということでしょう。  

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2016年02月23日

草莽崛起

 幕末の志士たちに影響を与えた吉田松陰には、「草莽崛起」という思想がありました。草むら(草莽)のようにどこにでもいる庶民が、決然と立ち上がる(崛起)。「名もない庶民の決起、いまやそれだけしかない」(奈良本辰也・真田幸隆訳編『吉田松陰』角川文庫)との訴えは、高杉晋作の奇兵隊などに受け継がれ、維新の思想的潮流になったのです。
 この発想の淵源は日蓮大聖人にあると、松陰は述べています。「思いついた理由は、日蓮は鎌倉幕府の威勢が盛んなときに、よくその教えを天下に広めたが、幕府の執権北条時頼はその権力をもってしても、日蓮を制することができなかった、というところにある」「苦労に苦労を重ねながら事を行なうのは、大いに尊敬すべきことである。肝心なのはここである」(同)と。  

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2016年02月22日

「ピクトグラム」という絵文字

 半世紀前の東京五輪で注目された画期的な試みに、「ピクトグラム」という絵文字があります。これは日本語の分からない外国の人々のため、公共空間の案内として考案されました。トイレの男女マークといえばお判りでしょう。
 その後、海外にも広がりました。よく見掛ける車いすのマークは、世界共通のシンボルマークとなっています。単に車いす利用者だけでなく、障がいのある全ての人への配慮を促しているのです。
 国内の新しい図案に、ベビーカーマークがあります。バスや電車でベビーカーを折り畳まずに乗車できるよう提案されました。デザインは、子どもが乗ったベビーカーと、それを押す大人。押す人は女性を想定した案もあったそうですが、男性の育児参加を踏まえ、最終的に中性のイメージになったそうです。納得!!  

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2016年02月21日

豊かさとは何か

 ドイツのある住宅地で、住人たちが決め事を作りました。ベランダに花を植えることと、カーテンの色を白にすること。理由は「通行人が気持ちよく町を歩けるように」だそうです。
 生活経済学者の暉峻淑子氏が、インタビューで語っています。『豊かさとは何か』等を著し、豊かさの意味を問い続ける氏は、インタビューで、人に尽くすことを喜びとする感情は、本来、誰にでもあるものであり、「豊かさ」は、他者や社会とのつながりの中で見いだされる、と言う。ゆえに「地域に行動の拠点を持つこと」が大切、と。  

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2016年02月20日

「健康」と「不健康」の差

 他国に例のないスピードで進む日本の高齢化。65歳以上の人口は26・2%(2015年1月推計)。既に4人に1人の割合だ。それと比例して、認知症を患う高齢者の数も増加しています。
 一方、日本人の70歳代の体力は過去最高を記録しています。しかし、70代の体力年齢は15年前に比べ5歳以上も若返っているものの、「健康」と「不健康」の差は広がっているのです。  

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2016年02月19日

息子の成長を見た

 大工の名棟梁が若かりし日を語っています。曰く、大工の親方だった父のもとで働いていたが、全国の腕自慢が集まる東京にあこがれ、家を飛び出した。修業を重ね、腕を上げた彼は、鉋の削りくずを故郷に送り、これまでの不孝を詫びたそうです。
 添え書きはなかったが、「あいつも大した大工になった」と父は涙しました。“くず”とは言うが、その1枚の鉋くずに、父は息子の成長を見たのです。これは、建築史家・村松貞次郎さんの『大工道具の歴史』(岩波新書)にあるエピソードです。  

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2016年02月18日

画竜点睛

 「画竜点睛」といえば、物事を立派に完成させる最後の仕上げ、を意味すします。その由来。
 昔、中国の名画家が竜の絵を描いた際、「飛び去らないように」と、瞳を入れなかった。その話を信じない人々の求めに応じて瞳を加えたところ、たちまち竜は天に昇った――との伝説に由来しています。
 2月17日に打ち上げられたX線天文衛星「ASTRO-H」の名称は「ひとみ」とされました。これは画竜点睛の故事において、ひとみを描きこんだ途端に、竜が天に昇ったことから示されるように、「ひとみ」(ASTRO-H) が、X線天文学において、物事を知るのに最も肝要なミッションになってほしいという願いが込められているそうです。  

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2016年02月17日

育児は育自

 時々刻々、子どもは成長しています。伸びようとするのが、子どもの本性といえるのです。教え込もうとしてしまうと、子どもの粗ばかりが気になり、その素晴らしい可能性を見失いがち。しかし、少し俯瞰する目をもって、できたこと、挑戦したことを「ほめる」、自立を願ってじっと「見守る」ことを心掛ければ、子どもの成長は“発見”できます。その時、親としての幸福も実感できる事でしょう。
 人は、人とかかわることで成長できます。育児はその最たるものと捉えたいものです。「育児は育自」。共に成長を目指し、喜び合う“創造家族”でありたいものですね。  

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2016年02月16日

監督の五感

 日本映画の鬼才・溝口健二監督は名作「山椒大夫」を撮る際、安寿と厨子王の母親役を演じる田中絹代さんに“やせ衰えた感じがほしい”と伝えました。田中さんは食を減らし、撮影に臨んだそうです。
 全場面を撮り終え、あとはセリフの吹き込みだけ。田中さんは安心したのか、こっそりステーキを食べてしまいました。その声に監督が苦言を呈したそうです。「肉を食べましたね」。声の響きの変化をも見逃さない監督の五感は、作品への執念が磨き上げたものでしょう。  

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2016年02月15日

タイムマシンの発見

 生命科学の分野で人間の変革能力が明らかにされつつあります。ノーベル医学生理学賞の山中伸弥教授らが開発したiPS細胞も、その一つです。さまざまな組織や臓器に分化した細胞は、長い間、決して元の状態に戻ることはないとされてきました。だが、四つの遺伝子を入れることで、細胞が真っさらな初期状態にリセットされ、受精卵のようにあらゆる細胞に分かれていくiPS細胞に生まれ変わったのです。
 評論家の立花隆氏は「これはいわば、タイムマシンの発見と同じ」(『生命の未来を変えた男』文藝春秋)と語っています。究極の若返り法との期待も大きい。ただし、なぜ四つの遺伝子で細胞が初期化されるのかは今も謎。その複雑な働きの解明はこれからです。  

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2016年02月14日

松の雪吊り

 北国の冬の風物詩「松の雪吊り」を知って見えますか。雪吊りとは、雪の重みで木の枝が折れるのを防ぐ作業の事です。松の木よりも背の高い支柱を立て、頂点から円すい状に垂らした何十本もの縄で、枝をつっています。金沢の兼六園といえば有名ですね。
 松が春を迎えられるのは、厳しい冬の間、じっと支え続ける存在があるからなのです。
  

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2016年02月13日

地方の言葉

 仏教を顕した釈尊は、マガダ語というインドの一地方の言葉で教えを説いたといわれています。経典に、ある弟子が、仏の言葉をヴェーダ語(サンスクリット語)に改めたいと申し出た話があります。同語は支配階級のバラモンの言葉。釈尊の答えは”改めてはならない””自分の言葉によって仏の言葉を習うことを許します”だった(『南伝大蔵経4・律蔵4』)
 「但いなかことばにてあるべし」(創価学会版・御書1268ページ)――日本の日蓮大聖人も、民衆に寄り添い、民衆のために説くことを厳しく教えられました。京に上り、貴族の前で講義したことを自慢げに報告した弟子・三位房を「日蓮をいやしみてかけるか」(同ページ)とまで叱責されています。  

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2016年02月12日

電話嫌いでした

 作家の城山三郎さんは電話嫌いでした。ある日、友人から電話がかかってきました。新聞で見た城山さんの随筆が何となく寂しそうだ。励ましに行きたいが、多忙でそれもかなわない。だから、連絡をしたとのことでした。
 城山さんは電話にいたく感動し、こうした友がいる限り、強く生きていけると思ったという。  

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2016年02月11日

苦楽を共にする仲間

 学問は人を救うためにある。そう訴えた明治の思想家に田中正造がいます。
 彼は、公害問題で苦しむ人々に寄り添い、生涯、権力悪と闘い続けました。彼は「己れ一人の身の上」のことよりも、「衆と共に同胞と共に喜憂を共にする」ことの喜びがいかに大きいかを説いています(小松裕著『真の文明は人を殺さず』小学館) 苦楽を共にする仲間を持った人生は幸福です。正造は言っています。他者に寄り添い、尽くしていく行動は難しいが、味わい深い。またその精神を後世に継承しなければ、人類は未来永遠に栄えていくことはできないと。  

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2016年02月10日

社交辞令

 日本の会社で働く、外国人の話です。「近くにお越しの際は、ぜひ寄ってください」と職場の仲間に言われたので、後日、用事を済ませた彼は、その足で同僚宅に足を運んだ。すると、「えっ、本当に来たの?」と驚かれつつも、歓待を受けたそうです。
 日本人なら聞き流してしまう、人付き合いの潤滑油でもある社交辞令を、異文化に育った彼が真に受けたのも、無理のないことでしょう。日本の文化は不思議なもので、実際、口には出しても、その実現を想定していないことがあるのです。  

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