2015年08月31日

汗水節

 音楽が盛んな街・沖縄市に沖縄市音楽資料館「おんがく村」があります。ここには琉球民謡やロックなどのレコードやポスター等が展示されています。会場で、昭和初期の貧しかった時代の中で生まれた「汗水節」が聴けます。
 働く喜びなどを歌い、人々を励まし続けたこの歌は、戦後は「戦争から平和への変革の中でも重要な役目を果たした」と識者が評価するように、復興への大きな〝力〟になったといわれています。
 歌詞に「公衆の為も 我が為ゆと思て 百勇みいさで 尽しみしょり」(社会のためは自分のためだと思って、積極的に尽くしましょう)とあります(JASRAC出1411571―401)。自身の食料すらままならない時代に、社会に尽くすことは並大抵ではない。だが、その困難をも乗り越える力を与えたのが「歌」だったのです。
  

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2015年08月30日

心が前に向いている時

 「『前進』が合言葉のうちは、筋肉は緊張し、心臓は鼓動し、血は血管をめぐり、頭を上げ、背も伸びているが、『後退』となると、まるで一度に弱りきった老いぼれのようになってしまう」。これは南極点到達の探検家アムンゼンが、北米大陸北方の北西航路を横断した時の隊員の日記です(長もも子訳『探検家アムンゼンのユア号航海記』フジ出版社)
 若さや生命力は、年齢で決まるものではありません。目標を明確にし、心が前に向いている時、人は若くなり、以前の何倍もの力が出せるのです。  

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2015年08月29日

レジリエンス

 東日本大震災で「レジリエンス」という言葉が注目されました。これは災害などに対する回復力といった意味ですが、心理学の用語としても知られています。ストレスに対する精神的回復力、抵抗力――分かりやすくいえば「負けない心」ということです。久世浩司氏(ポジティブサイコロジースクール代表)が、このレジリエンスを鍛える技術の一つに「こころの支えとなる『サポーター』をつくる」ことを挙げていました。
 「一人で孤独だと、どうしてもネガティブ思考に逆戻りしてしまいます」。だから「損得抜きで『叱咤激励』してくれる『サポーター』」が大切、と。納得  

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2015年08月28日

なぜ、沖縄に中華街は存在しなかったのか

 「なぜ、沖縄に中華街は存在しなかったのか」。沖縄の歴史劇作家の亀島靖氏に、よく寄せられる質問だそうです。
 14~19世紀にかけて中国との交易が盛んに 行われた琉球。当時、琉球に渡り定住するようになった中国人は、「久米三十六姓」と称され、その子孫に、琉球を動かした偉人をも生み出してきました。
 氏は、こうした歴史を踏まえ、琉球人は生活の中まで中国人を受け入れたため、華僑のような中国人どうしで結合する団体が形成されにくくなり、その結果、「中華街」 は存在しなかったのであろう、と分析しています。むしろ、琉球は異国の人々を〝開かれた心〟で包み込み、独自の豊富な文化を生み出していったといえるのです。  

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2015年08月27日

山家学生式

 伝教大師・最澄の『山家学生式』は、革新的な教育提言であったといえます。その内容です。子弟の養成期間は12年。「初めの六年間は教えを聞くことを正課とし、思索と修行を傍としています。一日を、三分してその中の二分を仏教学、一分を仏教以外の学問とする」「後半の六年間は、思索と修行を正課とし、教えを聞くことを傍とする」 (田村晃祐訳)
 これは、堕落した南都仏教の硬直性を正し、開かれた〝学びの心〟を取り戻そうとする試みであったようです。若き日、日蓮大聖人も、最澄の開いた比叡山に学 んでいます。そこは鎌倉新仏教の揺籃の地となりました。
 受け身で学ぶのみならず、自分の頭でしっかり思索し吟味する。勉学・読書は、深く掘り下げるとともに幅広 く――。この学びの姿勢は、いつの時代にも欠かせません。  

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2015年08月26日

赤ヘル

 広島カープの球団創設は原爆投下から4年後の1949年(昭和24年)の秋の事です。戦前から広島商や広陵など高校野球の名門を擁した野球どころの市民にとって、プロ野球チームの誕生は、壊滅的な破壊から立ち上がる何よりの希望となりました。
 ただし、他球団のような強固な財政基盤を持たない市民球団ゆえの苦労は続き、球場前にカンパを募る「樽募金」が置かれた時代もあったそうです。その故に、戦力補強もままならなかったが、だからこそ、才能豊かな若い選手をスカウトして、名選手に鍛え上げる人材育成が球団の伝統となり、魅力にもなっています。
 75年(同50年)、帽子とヘルメットを紺から赤に変え、「赤ヘル」旋風を巻き起こし、初のリーグ優勝を飾りました。赤は「戦う色」。苦難に屈しない広島の負けじ魂の色です。  

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2015年08月25日

兄弟がゲーム

 幼い兄弟がゲームをしています。覚えたての弟は、兄になかなか勝てない。この一戦も敗色濃厚。その表情から、「ああ、もうだめだ」と弟が言うかと兄は想像したが、実際、口にした言葉は意外だった。「ああ、まだだめだ」と。
 文字にすれば、「もう」と「まだ」のわずかな違いだが、思いは正反対です。弟は全く諦めていない。負けん気をむき出しに、再戦に挑んだ弟が、ついに勝った。大喜びする弟に、兄もほほ笑んだそうです。  

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2015年08月24日

抜苦与楽

 仏典に「毒矢の譬え」があります。これは、毒矢に射られ て苦しむ男がいた。周囲の人が矢を抜こうとした時、その男がそれを制し「矢を放った人間は誰か」「矢はどんな材質でできているのか」などと聞いているうち に死んでしまった。という話です。
 この譬えは、観念的な議論よりも眼前の苦しみを解決する行動にこそ、価値があることを教えています。仏法では「慈悲」のことを、端的に 「抜苦与楽」――苦しみを抜き、楽しみを与えること、と説いています。思うだけでなく、行動するところに「慈悲」の本義があるのです。  

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2015年08月23日

はるかに上回る失敗

 エジソンは1300もの発明をしましたが、それをはるかに上回る失敗をしました。だが、彼は失敗を恐れなかった。電球の発明に取り組んだ時のこと。1万回もの失敗に驚く友人に、「オレは一回も失敗なんかしてないよ。うまくゆかない方法を一万も見つけたんだ」(ヘンリー幸田著『天才エジソンの秘密』講談社)と。失敗にくよくよせず、意味を見いだそうとする姿勢が成功を生んだのです。
 彼の人生自体が、幼少から〝失敗〟続き。小学校を3カ月しか通わず、その期間すら、教師から心ない言葉を浴びせられました。彼の活躍は、息子を信じ抜いた母ナンシーなくして考えられません。母は言った。「いい子になったら、言うことを聞いたらというような条件をつけたことはありません。ありのままのトーマスを愛しました」(ヘンリー幸田著『天才エジソンの秘密』講談社)と。  

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2015年08月22日

正確な円

 街で見掛けるマンホールは、なぜ丸いのか。ちゃんと理由があるそうです。もし四角形だったら、対角線の長さが一辺の長さより長いため、ちょっとふたをずらすと、重い鉄の塊が穴の中に落ちてしまいます。他にも、工事中にコロコロと転がしやすいなど、円の特徴が生かされているのです。
 生活の至る所に円形は見つかりますが、どこまで正確な円になるかは、円周率を何桁まで使うかによるそうです。宇宙の旅から帰還した小惑星探査機「はやぶさ」には、16桁の円周率がプログラムされました。仮に3桁の「3・14」だったら、軌道に15万キロの誤差が生じるという。指輪の工房では3桁、砲丸の工場では10桁、陸上競技場のトラックでは5桁の円周率を使っているそうです(桜井進著『面白くて眠れなくなる数学』『面白くて眠れなくなる数学プレミアム』PHP研究所)  

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2015年08月21日

娘への手紙

 娘が14歳の誕生日を迎えた。だが父は、贈り物も、直接、声を掛けることもしてやれない。せめて手紙を書くことにしました。
 父とは、インドの初代首相・ネルーです。独立闘争に身を投じて獄中にいた時、愛娘のインディラに手紙を送りました。満足に教育を与えてあげられない娘のために、世界史をつづる。その数197通。手紙は後に、名著『父が子に語る世界歴史』となり、娘も父の心を継いで首相になったのです。  

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2015年08月20日

天才だ!

 「天才だ!」。将棋好きの大人たちを悩ませる「詰め将棋」の正解手順を小学1年生が当てると、嘆声があがった。将棋の先生にたたえられたのは、幼き日の米長邦雄永世棋聖です。「私は生まれて初めて『天才』と言われた。以後、数えきれないくらい『天才』と呼ばれたが、このときほどの重みはない」と、振り返っています。
 実は米長少年は、詰め将棋のルールすら分かっていなかったのです。“当てずっぽう”の正解である。だが、「将棋を知らなくて答えを出したのなら、なおいい。天才だ!」と、先生は繰り返しました。すっかりその気になった米長少年は、「天才」の名に恥じないよう努力を重ねたという(『人生 一手の違い』祥伝社)
 誰もが、いかようにもなれる可能性を秘めています。だが、自分ではそれを、なかなか信じ切れないもの。その“不信”を打ち破る確信の一言が、人生を大きく開いていくのです。  

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2015年08月19日

セザンヌの絵について

 フランスの巨匠セザンヌの絵について、映画監督の高畑勲氏は「腕のいいアニメーターにとっては許し難いと思えることがすべて出揃っている」と、語っています。遠近法の狂い、建物や人物のゆがみ、塗り残し。それでも「驚くべき『実感』がひしひしと伝わってくることに感嘆せざるをえない」と(『一枚の絵から 海外編』岩波書店)  

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2015年08月18日

人気者はクラゲ

 家族連れで、にぎわう水族館。近年の人気者はクラゲだそうです。ふわり、ふわりと気ままに漂う姿に何とも癒やされるからでしょうか。
 山形の加茂水族館は、世界一のクラゲの展示数を誇っています。今でこそブームの火付け役として有名ですが、十数年前までは小さな、ありふれた水族館でした。来場者が減り続け、閉鎖寸前にまでなりました。
 その危機を救ったのが、小さなサカサクラゲでした。展示したところ意外にも好評で、経営回復のきっかけになりました。同館の村上龍男館長は「もし、設備や人材に恵まれていたら、今の加茂水族館はないだろうな。問題点が出るたびに、知恵を絞りながら前進することで、力をつけてきたんだから」と語っています。  

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2015年08月17日

全国高校野球選手権の大会歌

 東北新幹線の福島駅ホームでは、発車の際、「栄冠は君に輝く」のメロディーがさわやかに鳴り響きます。この曲は今夏も熱戦が展開されている全国高校野球選手権の大会歌です。作曲した古関裕而氏が福島市出身であることから、氏の生誕100周年だった6年前から流されています。
 あの勇壮にして、伸びやかな旋律を耳にすると、野球ファンならずとも、熱気あふれる甲子園の情景が浮かびます。球児の必死なプレー、スタンドの大歓声……全力の名シーンを彩る不朽の曲といえましょう。  

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2015年08月16日

論語

 古代、中国の孔子とその門弟たちの言行録「論語」全10巻・20編は、学ぶ喜びから始まります。「学びて時にこれを習う、亦た説ばしからずや」。さらに「朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや」と続いています。「朋」には、「学習向上の結果として得られた同志の友」との注釈がある(金谷治訳注『論語』岩波文庫)  

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2015年08月15日

褒める

 ある家庭での風景です。「これパパにあげる」。5歳の息子が、自分で折った紙飛行機を差し出しました。手から放つと予想以上によく飛ぶ。「驚いたよ。すごいね」。父親の「褒め言葉」に子どもは満面の笑み。翌日、本を見ながら、アサガオやセミなど新しい折り紙に挑戦していました。
 教育において「褒める」ことの大切さは、よく強調されます。教育評論家の親野智可等氏が、子どもを褒める九つのポイントを挙げています。その一つに「『できたらほめる』から『ほめたらできる』へ」と。何かできてから褒めるという考えは順番が逆で、「子どもは先にほめれば、できるようになる」と氏は語っています。
 「教え込む」姿勢には、相手は「何もできない」存在という前提がないか。反対に「まず、褒める」行動は、相手の可能性を信じることから始まるのです。  

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2015年08月14日

創価の潮流

 創価学会の池田名誉会長が、恩師・戸田第2代会長と出会ったのは、68年前のきょう、昭和22年8月14日の事です。参加した座談会で、若き名誉会長からの「正しい人生とは」などの質問に対し、戸田会長は明快かつ誠実に答えました。この出会いが、師弟の人生を開く起点となったのです。
 それから10年後の昭和32年8月14日。恩師と訪れた軽井沢の地で、名誉会長は、師匠を永遠に顕彰しゆく生涯の仕事として、小説『人間革命』の執筆を固く心に誓いました。師の偉大さを、誰が、いかにして、永遠に残していくのか――名誉会長は、真正の弟子が、師の真実を書き綴ることで、それを実現させました。
 そもそも、11月18日「学会創立の日」は、牧口初代会長の大著『創価教育学体系』を、弟子の戸田会長が発刊したことに淵源を持ちます。創価の潮流は、弟子が真実の文章を歴史に残すことで築かれてきたのです。  

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2015年08月13日

日本人の機微

 熱戦が続く高校野球。予選参加4112校のうち、全国の頂点をつかむのは1校のみです。全てトーナメント方式だから、1試合で1校ずつ、計4111の敗者が生まれます。
 甲子園に恋い焦がれ、努力に努力を重ねて、それでもなおかなわない。涙を枯らしても、胸の奥に残る〝宝〟とは何か。大会は、一試合一試合が人生を学ぶ〝儀式〟といえなくもない。そこが、日本人の機微に触れるからでしょう。  

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2015年08月12日

淡々と自分と戦うのです

 夏の夜空に大輪を咲かせる花火。赤、青、黄色の光の輪が信濃川の上空に浮かぶ、山下清の貼り絵「長岡の花火」です。無数の見物客が丹念に描かれ、その精緻さ に驚かされます。
 天賦の才能と言ってしまえばそれまでですが、日本のゴッホと呼ばれる氏の作品が感動を呼ぶのは、細かい紙片を貼り合わせる手法の妙です。一つ一つは何の変哲もない紙ですが、微妙な色の違い、大きさと形が組み合わされて仕上がると、息をのむ作品が生まれます。
 美しい絵ができるまでの過程は決して美しい ものではありません。汗とほこりにまみれた、一心不乱の労作業です。できあがった作品をたたえても、制作の奮闘を理解し褒める人は少ない。人知れず、淡々と自分と戦うのです。  

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