2019年03月01日

自分史

 「自分史」を書くことが静かなブームのようです。書店には関連書籍が並び、ちまたでは本人に取材し、自分史を代筆してくれるサービスもあるそうです。
 これは、人生の集大成として残すというより、過去を改めて振り返り、自分という人間を、より深く知ることが狙いらしい。さらに、“あの時の挫折には意味があった”と自己肯定できる側面も。“山あり谷ありだったが負けなかった”と自信が湧き、新しい目標に挑戦するきっかけになる……となれば、人気の理由もうなずけます。
  

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2019年02月28日

平和志向を鮮明にすること

 冬来りなば春遠からじ、その春はもう眼の前までやつて来ました」。これは1940年(昭和15年)に創価学会の戸田第2代会長が創刊した月刊学習雑誌「小学生日本」の一節です(第3号巻頭言)
 「春は長い冬の霜雪に耐へた万物の甦る時、競つて成長する時です。春は希望です。春は私達少年少女のものです」(同)。当時の雑誌が戦争賛美に傾斜し、軍国主義教育の説教調に満ちていた中、同誌の巻頭言は「子どもと共に在り子どもと共に喜ぶ姿勢を示す」ものでした(高崎隆治著『戸田城聖 1940年の決断』第三文明社)。伸びゆく子どもたちの生命を守りたいという、熱い思いにあふれています。
 言論統制の時代、平和志向を鮮明にすることに、どれほどの勇気が要ったか。戸田会長は、仏法者としてだけでなく、教育者としても、軍部政府と水面下で戦い続けていたのです。  

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2019年02月27日

壁を破ることができた

 五輪3連覇を果たした柔道の野村忠宏選手が大学2年のころ。7分間の練習(乱取り)を10本行うことを日課としていたが、恩師から叱咤を受ける。君は70分間を乗り切ることを計算して練習していると。「これからは時間を気にするな」「自分の限界までとことん追い込め。途中でバテたら、そこで休んでいいから」(『戦う理由』学研パブリッシング)
 それからは最初から飛ばした。限界と感じたところから「なにくそ」と再チャレンジ。あと5分、もう5分と稽古ができるようになり、壁を破ることができたそうです。  

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2019年02月26日

信心の功力を確信

 「青年」「挑戦」「勝」……。躍動感あふれる書の数々。書いたのは、障がいと闘う福岡県田川市の青年書家です。
 彼は、12歳の時、交通事故で重い障がいを負いました。「二度と動けないでしょう」。医師から、そう告げられました。だが、両親は「私たちを強くするための試練」と懸命に祈り、リハビリに付き添いました。すると、次々に“奇跡”が起きたのです。手が動き、首が動いた。ベッドに座れた。20歳の時、支えられながら自分の足で立てた。一家は、信心の功力を確信したのです。
 辛いことも多かったはずです。だが青年は、味わった苦悩を励ましの力に昇華させました。“悩める人を笑顔に”と筆を握り、書家として活躍するように。その姿に勇気づけられた人は数知れません。彼は語ります。「今が一番幸せ! 生きちょるだけ、もうけもんちゃ」と。
 「運命はわれわれに幸福も不幸も与えない。ただその素材と種子を提供するだけだ」(原二郎訳)とはフランスの思想家モンテーニュの言です。  

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2019年02月25日

、「和」と「同」の違い

 「男の料理教室」に参加した人の話です。メニューは豚肉のソテーでした。
 ネギとごま油を加え、さっと全体を和えましょう」と講師に言われ、ふと思う。「和える」と「混ぜる」は、どう違うのか。講師いわく「辞書で『和える』を引くと、『混ぜて調理すること』とあります。それなら『混ぜる』でもいいじゃないかと思いますよね」と。
 だが料理人には「和える」の方がしっくりくるという。「混ぜる」が食材をごちゃ混ぜにすることを指すのなら、「和える」はそれぞれの味を生かし、より深い味わいを生むイメージらしい。たしかに!!
 「和」の字には「協力し合うこと」等の意味があります。「団結」にも通じましょう。中国の古典『春秋左氏伝』には、団結のあり方を巡って、「和」と「同」の違いが記されています。「和」とはスープを作るようなもの。水と火、酢や塩や梅を用いて魚や肉を煮込み、おいしいスープを作る。「同」は水に水を足すようなもので、誰がおいしいと言って食べるのか、と。  

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2019年02月24日

夢見ること

 一年前の話ですが、平昌五輪のクロスカントリースキー男子15キロフリー。最下位の選手は約1年前までスキー板すら履いたことがなかったメキシコ代表の43歳の選手です。
 ある日、彼は雑誌で、ペルー初の冬季五輪選手を紹介する記事を目にしました。36歳でスキーを始め、練習を重ね、過酷な競技に挑戦したという。彼の胸は高鳴りました。すぐに、その選手に連絡して助言を受け、以来、毎日10時間の猛練習を。“夢見ること、信じること、戦うことをやめない”との信念で見事、メキシコ代表に。五輪本番では途中棄権の選手も出る中、彼は最後まで駆け抜け、大歓声に包まれたのです。  

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2019年02月23日

平和の発信基地

 沖縄・恩納村にある創価学会の沖縄研修道場は今月27日、開所42周年を迎えます。開所当時は核ミサイル・メースBの発射台跡とプレハブの建物が2棟あるだけ。開所前、視察に訪れた関係者が「学会はこんな荒れ地をどうするつもりだ」と首をかしげるほどでした。
 沖縄の友は手弁当で整備作業に当たりました。1983年、池田先生が初訪問。解体が検討されていたミサイル発射台跡について、こう提案したのです。「基地の跡は永遠に残そう。『人類は、かつて戦争という愚かなことをしたんだ』という、ひとつの証しとして」。翌年、冷戦の象徴は「世界平和の碑」に生まれ変わりました。以降、研修道場にはノーベル平和賞受賞者のロートブラット博士をはじめ、世界各国から100組以上の識者等が来訪。“平和の発信基地”となっています。  

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2019年02月22日

国民的ヒーロー

 世代を超えた“国民的ヒーロー”であることに異論はないだろう。テレビアニメ「それいけ! アンパンマン」が、放送開始から今年で30周年を迎えます。
 原作者のやなせたかしさんは21歳から26歳までを戦地で過ごしました。その中で、軍国主義の掲げる“正義”が、いとも簡単に覆っていくのを目の当たりにしたという。確固とした正義、信じられる正義とは何か――思索の末に行き着いた結論は「ひもじい人を助ける」ということでした。
 時代や国が変わろうと「困っている人には手を差しのべ、飢え死にしそうな人には食べものを分けてあげたいという気持ちは、共通のはず」と。この思いが、おなかをすかせた人に自分の顔をちぎって食べさせるアンパンマンの誕生につながったという(『絶望の隣は希望です!』小学館)納得!!  

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2019年02月21日

1002打席連続

 昨年、野球殿堂入りした元・阪神タイガースの金本知憲監督が、「一番の誇り」と語る日本記録があります。それは華々しい実績ではなく、1002打席連続で無併殺だったことだそうです。
 無併殺はヒットやホームランと違い、派手さもなければ、タイトルにも関係ありません。だが彼は、成績や評価のためではなく、チームのため、どんな時も一生懸命に走り、塁に生きた。いわば、技術ではなく姿勢で生み出した記録だ。だからこそ「胸を張って自慢できる」と言う(『覚悟のすすめ』角川新書)納得!!  

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2019年02月20日

心の距離もぐっと縮まる

 多くの企業で研修を担当する古谷治子さんは、若手社員へのアドバイスとして「あいさつ」の重要性を訴えています。
 あいさつのコツは、その頭文字を取って「明るく」「いつでも」「先に」「続いて」――。誰に対しても明るく、いつでも、先にあいさつするとともに、「昨日はありがとうございました、課長」など、続けて何か一言添えると効果的だといっています。さらには相手の目を見つつ、気持ちを込めてあいさつをすれば、心の距離もぐっと縮まるそうです。納得!!  

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2019年02月19日

春の雨

 久しぶりの雨です。2月の冷たい雨も、立春を過ぎた暦の上では「春の雨」と呼ばれます。万物が生き生きと躍動する季節に向け、大地を潤す雨と思えば、不思議と気持ちも軽くなりますね。
 法華経では仏を「雲」に、教えを「雨」に、一切衆生を「草木」に譬えています。雨は一切の差別なく、あまねく大地に降り注ぎ、恵みをもたらす。ただ草木の個性によって、異なる花が開き、異なる実がなる。同じように、一人一人が他人にはない“自分らしさ”を発揮することができると説いています。納得!!  

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2019年02月18日

立ち食いそば

 厳しい寒さが続きますね。通勤駅などの「立ち食いそば」は、庶民の強い味方です。最近では、女性が入りやすいよう店内を改装したり、健康志向に合わせて、つゆの味付けを工夫したりしているところもあります。
 「トルネードポテトそば」「まるごとトマトそば」……数々の斬新なメニューで売り上げを伸ばすある大手の立ち食いそばチェーン店。新メニューを開発するのは“商品企画の部署”ではなく、店長はじめ現場のスタッフだそうです。
 若者の街では、肉がたっぷり入ったメニューが人気。お年寄りの集まる街では、サッパリ系が好まれる。同社の創業者は述べています。「日ごろお客様に接していて、その需要を目の前で感じているのは現場の従業員」「『こういうメニューがあれば売れるのに』という発想が生まれてくるのは自然なこと」(丹道夫『「富士そば」は、なぜアルバイトにボーナスを出すのか』集英社新書)納得!!  

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2019年02月17日

慈悲に通じる

 ある病院に、いつもトラブルを起こす外来患者がいました。その患者は治療室に入ると、小言を言っては、看護師につえとバッグを放り投げつけます。その為、病院のスタッフから敬遠され、ある看護師は、“なるべく自分の担当にならないように”と考えていました。
 しかし、彼女は気付いたのです。その病院の外来は受診者も多く、治療までに数時間、待たされることもあります。その人が抱える病気の不安、待ち時間のストレスや疲労、治療の副作用などを思えば、「つえやバッグを投げられるくらい、どうってことない」と。
 以来、彼女は、その患者を待合室で見掛けると、長時間待たせていることを謝りつつ、笑顔で話し掛けました。1年が過ぎたころ、患者は声を荒らげなくなり、つえとバッグを横に置いて笑顔で治療を受けるように。さらに治療後は、使ったタオルケットをきれいに畳んで部屋を出るまでになったそうです。
 どんな相手にも、必ず善心がある。だが凡夫の私たちが、常に慈悲の心で接することは難しい。ゆえに創価学会の戸田第2代会長は「勇気をもって仏法を実践していくことが慈悲に通じる」と教えたのです。  

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2019年02月16日

国や人種を超える信心の絆

 海外のSGIのメンバーから「池田先生との出会いは?」「信心の体験は?」とともに、よく聞かれるのが「あなたは“フォーチュン・ベビー(福子)”?」
 学会員の家庭に生まれる子どもを「福子」とか「学会2世」「3世」と呼ぶことがあります。日本には「6世」もいるが、新会員の多い国や地域では珍しく、親の信心に包まれて育った人の話を聞いてみたいのだという素朴な疑問です。
 アメリカのある「2世」は、弘教に挑戦する中で、両親が誰の勧めで入会したのか知りたくなりました。その人の元を訪れ、誰に紹介されたのかを聞く。さらにたどると、3人目は池田先生の「大阪の戦い」で入会したことが分かったそうです。誰かの勇気のおかげで今の自分があると感じ、感謝の念が湧いたと言っていました。
 海外の友からは、外国人に信心を勧められたという話もよく聞きます。国や人種を超える信心の絆。それを図にすれば、地球を舞台にした壮大な“広布の系図”が浮かび上がるに違いありません。
  

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2019年02月15日

苦悩する庶民に手を差し伸べ続けた

 漢字の最も簡略化が進んだ書体を「草書」といいます。中華民国を樹立した辛亥革命で、孫文と共に活躍した革命家・于右任は「草聖」とたたえられる草書の達人でもありました。
 彼の書は、悠久の歴史を誇る中国書道史の中でも、極めて独創的といわれています。生前から高価な値がつきましたが、「人びとのために書くことは、さらにも増して人生の一大快事である」と言い、求められれば、惜しげもなく書き与えました(『于右任傳 金銭糞土の如し』書道芸術社)
 死後、彼の遺品の中には借金の借用書がありました。書によって自適の生活を送ることもできたはずです。だが革命家の彼は、“世界のために志を立て、民衆のために命を懸け”との信念に生きたのです。生涯、苦悩する庶民に手を差し伸べ続けたのです。
  

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2019年02月14日

五代友厚の像

 大阪市中央公会堂の近くにある大阪取引所。白亜の建物の前にある像が今、人気の観光スポットになっています。大阪の経済発展に功績を残した五代友厚の像で、NHKの朝の連続テレビ小説の影響です。
 「東の渋沢、西の五代」といわれ、日本資本主義の父・渋沢栄一と並び称される五代は、数多くの事業を起こすが、その多くは共同事業でした。明治初期はまだ、商売や事業が「家業」として行われていた時代。さまざまな人々と手を結び事業を展開する手法は、当時としては斬新だったでしょうね。
 「商社合力」。五代は、自らの事業の進め方をそう表現しました。渋沢もまた、自らの事業に対する考え方を「合本主義」と語っています。多くの人と団結して事業を進めていくことを、2人は信念としました(『商都大阪をつくった男 五代友厚』NHK出版)  

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2019年02月13日

慈悲と智慧は一体

 釈尊の教団にいた「須梨槃特」は、仲間から見れば“困った人”。でした。理由は、自分の名前すら忘れるほど物覚えが悪かったのです。その為、複雑な修行についていけず、兄弟子によって教団から追い出されてしまいました。だが釈尊は違った。涙ぐむ彼の手を優しく取り、励ました。「一緒に頑張ろう」。そして短い言葉で、ゆっくり教えを説いたのです。師の心を知り、教えを愚直に実践することにおいて、須梨槃特は誰にも負けなかった。やがて、見事に悟りを開いたのです。
 100人いれば100の個性がある。仏はその「違い」を尊重しました。全ての人に法を弘めるために、思索と工夫を重ねたのです。
 仏法では、慈悲と智慧は一体であると説いています。どうすれば困っている人、悩んでいる人に勇気と自信を送れるか。心を砕き、祈り抜く限り、智慧は必ず湧いてくるのです。  

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2019年02月12日

手入れに心を尽くす人がいるのです

 島根県の足立美術館。近現代の日本画コレクションを誇る同美術館も、49年前の開館から数年は来場者はわずかだったそうです。苦境を打開しようと、創立者の足立全康氏は敷地面積を倍増。“建物も庭も立派な美術館”を目指しました(『庭園日本一 足立美術館をつくった男』日本経済新聞出版社)
 現在、5万坪の敷地に六つの庭園があります。氏は「庭園もまた一幅の絵画である」との信念で、一木一草から白砂の一粒に至るまで心血を注ぎました。氏の逝去後も、美術館職員は毎日、落ち葉拾いや庭掃除を欠かさないそうです。
 身の回りにある多くのものは、庭に限らず、人知れぬ努力の積み重ねに支えられているものです。機能や美しさが保たれている陰には、必ず手入れに心を尽くす人がいるのです。  

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2019年02月11日

感動のドラマ

 入試のシーズンですね。中学生が行き先の違う路線バスに乗ってしまいひどく慌てていました。高校に入学願書を出す締め切り時間が迫っているという。事情を知った運転手が、とっさに判断し、タクシーで行くよう勧め、代金を用立てたそうです。その後、中学生を乗せたタクシー運転手がバス会社に、無事に送り届けたと報告。当の中学生からは、バス会社にお礼の手紙と代金が届いたという。“青年の未来がかかっている”と思った皆の献身が織りなした感動のドラマですね。
  

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2019年02月10日

日頃からの訓練や教育が重要

 駅のホームで手伝いを必要とする人がいます。「何かお困りですか?」と声を掛けようか躊躇するうちに機を逸してしまった。こんな経験はないでしょうか。
 善行をなすときには勇気が必要ですが、こうした場合は勇気のあるなしよりも、むしろ“習慣になっているかどうか”で行動が違ってくるでしょえ。ある文化人は、困っている人に自然に手を差し伸べることが「自分の人生の一部になる必要がある」と指摘しています。
 アメリカでは10代からホームレスへの炊き出しなどを重ねることで、ボランティア精神を身に付けるという地域があるそうです。やり方はさまざまあるにしても、自分の小さな世界にとどまることなく、同じ「人間として」行動する日頃からの訓練や教育が重要といえるのでしょう。
  

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