2016年09月30日

「七人の侍」の舞台

 黒澤明監督の映画「七人の侍」の舞台は、戦国時代の農村です。秋の収穫時に野武士が襲ってくると知った農民たちは、防衛のため浪人の侍を雇う。侍たちは農民を訓練し、共に戦い、村を守り抜きました。
 名作中の名作だが、映画評論家の佐藤忠男氏は違和感を覚えたそうです。映画の中の農民は右往左往するばかりで、武器の扱い一つ知らない。農民は本当に愚かで卑屈だったのか、と。
 後に氏も知るのだが、戦国当時、自衛組織を持つ村は少なくなかった。江戸期も、村は強力な自治機能を持ち、農民に告発され代官が失脚した例もあるという(『独学でよかった』中日映画社)。名もなき民衆は、歴史の主役として描かれることは少ないが、実は歴史の底流をつくっている。一人一人は無力のようでも、結束し、粘り強く生き抜く力は侮れないのです。  

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2016年09月29日

探求をやめなかったからこそ

 ホタルミミズは、日本では80年くらい前に発見された発光生物です。見つかるのは、ほとんどが冬らしいとの事です。5年前、発光生物が専門の大場裕一博士が、勤める名古屋大学の自転車置き場で発見した時は、話題になりました。しかし、そのあと次々と見つかり、特段珍しいミミズではないことも分かったそうです。
 では、なぜ珍種と思われていたのか、簡単な話でした。「冬の寒いときにミミズを掘り、それを暗い部屋でつついてみようと思う人がめったにいなくて、だれも足もとにいることに気がつかなかったからです」(大場裕一著『ホタルの光は、なぞだらけ』くもん出版)。
 発光生物を毎日研究し、探求をやめなかったからこそ、ホタルミミズに出あえた。博士は、近代細菌学の祖パスツールの「チャンスは準備ができている心に訪れる」という言葉を引いています。  

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2016年09月28日

本採用とはどういうことか

 大手ビール会社で見習期間を終えた新入社員が、社長に呼ばれ、こう問われたそうです。「本採用とはどういうことか」。返答に窮していると、“きょうから社長代理として仕事をすることだよ”と激励されたそうです。
 これは後年、有名な中華料理チェーンの社長を務めた、望月邦彦氏の若き日の話です。志の高さ、仕事に取り組む真剣さが増せば、業績や評価だけでなく、その先の人生そのものも違ってくるでしょう。  

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2016年09月27日

稲穂のじゅうたん

 今、東北新幹線に乗ると窓から入る光が、明るく感じます。外を見ると、黄金の稲穂のじゅうたんが一面に敷き詰められていました。
 実りの秋です。農家の方々の笑顔が一番輝く季節です。都会暮らしでは季節感を失いがちですが、米などの穀物が「あきみちる(飽き満ちる=豊かに実る)」時期が、「あき(秋)」の語源という説もあるようです。  

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2016年09月26日

「心」にあふれた言葉

 「平和」と聞いて何色をイメージするでしょう? ある人は「黄色」と、「明るいイメージだから」。ある人は「空色。戦争が終わって飛行機が飛ばなくなったというか、空襲警報が鳴らなくなった。その時の青空」と。「グリーン」と答えた人も。「世界で初めて広島に原爆が投下されて、何もなくなってしまったところから、草木もなかったのに、緑が生えてきて、今、このように素晴らしい広島に復興して、たくさんの町にも緑があるので……」
  “漠然とした遠いもの”を“誰もが分かる言葉”に置き換える――この努力の先に平和が見えてきます。仏法を説いた釈尊は、自らの言葉を書き残さなかったそうですが、弟子たちが記録し、それを民衆に分かりやすく、伝えやすい詩句の形式(偈)にしました。仏法は、こうして弘まっていったのです。
 聞く人、読む人に届いてこそ、意味があります。そんな、やさしくて、「心」にあふれた言葉を紡いでいきたいものです。
   

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2016年09月25日

今の挑戦が・・・

 秋分が過ぎ、食べ物が一段とおいしくなる時季となりました。脂が乗ったサンマやサバ、ナスなどの野菜にキノコ類、ナシやブドウなどの果物。美味を味わえるのも、農漁業に携わる皆さんの苦労あればこそです。
 日蓮大聖人の御書に「悦しきかなや・楽かなや不肖の身として今度心田に仏種をうえたる」(創価学会版御書・286㌻)と。大地に立ち、日々、命と向き合う農村の友には、人の心に仏の種を植え、さまざまな苦難を越えて育て、自他共に成仏の醍醐味を味わう喜びが、ひしひしと感じられるに違いありません。
 今の挑戦が、未来の幸福の大輪を咲かせる。われらもそう決めて、日々、新たに、心田を耕す信行の実践に励みたいものです。  

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2016年09月24日

イグ・ノーベル賞

 きょうは池田SGI会長が、2度目の米ハーバード大学講演を行った日です(1993年)。
 同大学への評価は随一ですが、それは8人の米大統領、70人を超えるノーベル賞受賞者を輩出したからだけではありません。進取と自由を尊ぶ気風、知性の多様性に負っているのです。
 同大学では毎年9月、「イグ・ノーベル賞」の授賞式が行われます。ノーベル賞に対抗し(あやかり?)、「人を笑わせ、考えさせる業績」に贈られる賞で、今年も受賞者が発表されました。
 日本人も毎年のように受賞し、〝バナナの皮が滑りやすいことを証明〟(物理学賞)など、受賞理由だけで笑わせます。今年は「股のぞき」研究で知覚賞を受賞しました。
 一方、水爆の父E・テラーの〝「平和」の意味を変えることへの生涯にわたる努力〟に「平和賞」を贈るなど、風刺も効いています。  

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2016年09月23日

国旗

 月をモチーフにした国旗は中近東に多くみられます。月が好まれたのは、砂漠などの厳しい気象条件が理由だそうです。灼熱の太陽に対して、月は、夜の心地よい安息の時間を象徴 するからだという(『徹底図解 世界の国旗』新星出版社)。四季のある日本でも、暑い夏の後だからこそ、秋の月が、ひときわ、いとおしくなります。
 一方、太陽 を描いた国旗には、日本やバングラデシュ、アルゼンチンなどがあります。闇を照らし生命を育む太陽への畏敬を表すのでしょう。
 そして、星をデザインした国旗は、 61カ国にもなるそうです。太陽や月の旗より、はるかに多い。星は、独立主権や国民統合の象徴とされます。小さい星が、それぞれの輝きを放ちながら、全体として美しい調和を形作っているからなのでしょうか。  

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2016年09月22日

老後は、わかき時より月日の早き事・・・

 日本人の4人に1人が65歳以上という時代になりました。いかに老境をどう価値的に過ごすか。これこそ長寿社会の一番の焦点でしょう。
 没後302年となる福岡藩の学者・貝原益軒はつづっています。「老後は、わかき時より月日の早き事、十ばいなれば、一日を十日とし、十日を百日とし、一月を一年とし、喜楽して、あだに、日をくらすべからず」(養生訓)。人生は早い。だからこそ、一日一日を大切に生きたいものです。  

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2016年09月21日

マブヤー(魂)落とすなスピード落とせ

 沖縄県・那覇市の西方約32キロの海上に浮かぶ渡嘉敷島。ここの道端に、子どもたちの書いた文が張られています。その中の一つに「マブヤー(魂)落とすなスピード落とせ」とあります。
 人口710人余の小さな島に、信号機はたった一つ、学校の前にあるだけ。交通事故の発生も、ごくわずかな島で、なぜこの言葉が生まれたのか。それは、島の安全が長続きするよう、島民だけでなく、観光客にも“無事故の運転”を呼び掛ける思いからだという。納得。  

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2016年09月20日

いぶし銀

 棋士・羽生善治さんが好んで使う将棋の駒は、「銀」だそうです。「つなぎの糊のような働き」が自分の棋風にあっている、と。さまざまな局面で、他の駒を生かす存在という意味でしょう。それは「縁の下の力持ち」の役割にも似ています。
 「いぶし銀」という言葉を連想します。渋くて味わいのあるものの例えで、芸能やスポーツ界などのベテランを称することが多い。華やかさはなくとも、その確かな実力で、欠かせない存在として光るのです。  

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2016年09月19日

人間は、木の存在に人生を重ねるものらしい

 向田邦子さんのエッセーは、何げないエピソードの中に味わい深い人生の機微がにじみ出ていて、引き込まれてしまいます。
 彼女が脚本家の駆け出しだった時の話。山道のセットで使う植木代が、自身の脚本料と同額だった。以来、「私の書くものには、滅多に木が出てこない」と書いています(『夜中の薔薇』講談社)。だが、木を書かない理由は、本当は費用の問題ではなかったのです。
 父が転勤族だった向田さんは、子ども時代、家の庭で木が育っていく過程を見る機会がなかった。自分と一緒に成長し、悩みにつぶされそうな時に抱きついて泣く、”心の故郷”となるような大木がない、と真の理由をつづっています。
 人間は、木の存在に人生を重ねるものらしい。  

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2016年09月18日

シラカンバ(白樺)の種

 陽光が注ぐ机の上に、チョウのような形をした粒が散らばっています。何粒かを手に取り、図鑑を開いて見比べてみます。シラカンバ(白樺)の種だと分かりました。夏の終わり、風に乗り、たくさんの種を飛散させるそうです。
 窓の外で、白い樹皮の白樺が、風に葉を揺らしていました。白樺は生命力がとても強く、寒さが厳しいほど、樹皮はより白く輝きます。荒れ地にも真っ先に自生し、自身の落ち葉で森林の蘇生を助けるともいわれています。  

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2016年09月17日

民衆発の祝日

 明日は「敬老の日」です。現在は、9月の第3月曜日ですが、2002年までは15日でした。
 祝日の由来は、暦の節目、国家的記念日がほとんどです。しかし、この敬老の日の慣習は年配者の貢献に感謝し、知識や経験を伝授してもらう「としよりの日」として、戦後まもなく兵庫・野間谷村(現・多可町)で始まった。いわば“民衆発の祝日”なのです。  

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2016年09月16日

竹の春

 「一むらの 竹の春ある 山家かな」(高浜虚子)。「竹の春」は秋の季語。春は、地中のタケノコに栄養を送るため、竹の葉は黄色く染まる。竹にとっては今の秋の季節が、緑の色を濃くしていく「春」にあたるのです。
 植物の中で、竹は最も速く成長するといわれています。細く、頼りないと思っていた竹が、少し見ぬ間に伸びている様には驚かされます。  

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2016年09月15日

壮大な水の循環の中

 地球は水の星です。人間の体のおよそ6割も、水なのです。生命は、壮大な水の循環の中で育まれています。だが、その水の循環が、自然界では人間の予想を超えた展開を見せる時があるのです。
 先の台風で、北海道・東北をはじめ、各地に甚大な被害が出てしまったことに心が痛みます。きょうも、復旧に向けた関係者の懸命な努力が続いていることでしょう。被災者の方々に心からお見舞い申し上げるとともに、一日も早い生活再建を願わずにはいられない。
   

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2016年09月14日

固定観念が消える

 「1」から「10」まで数えます。次に「10」から逆に数えてみます。すると、読み方が異なる数字があることに気づかれると思います。「4」と「7」。正順では「4」だったのが、逆順 では「ヨン」と読む人が多いのでは。同じように「7」は「ナナ」と。
 「1」から「10」の正順の読み方は、一種の成句として伝統的に定着しているといえます。 それに対し逆順の時は、一つ一つの数字を別個に考える傾向があるようです(窪薗晴夫著『数字とことばの不思議な話』岩波ジュニア新書)
 なぜ一つずつ意識した場 合、読み方が変わるのか。「シ」は「死」を嫌って「ヨン」に、「シチ」は「イチ」との混同を避けて「ナナ」に置き換えるようといわれています。”まとまり”としてではな く”それぞれ”に光を当てる時、固定観念が消え、別の側面が浮かび上がってくるようですね。  

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2016年09月13日

何物にも替え難い充実感

 自身の経験が誰かに必要とされ、前進の力へと変わる。そこには、何物にも替え難い充実感があります。「妙法は活の法門である。全ての体験を活かしていけるのだ。何ひとつ、塵も残さず、無駄なことはない。これが信心の大功徳です」と創価学会の戸田第2代会長は述べています。  

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2016年09月12日

広布後継の師子吼

 創価学会の音楽隊は、池田SGI会長の手作りです。友は師の期待を胸に、仕事や学業の合間を縫って練習を重ねます。このような、自分を強く鍛える忍耐と努力があるからこそ、聴く人の心を鼓舞するのです。
 結成から62周年を迎え、今、音楽隊は“日本一の楽団”となり、世界に広がる“オンガクタイ”となりました。
 音楽に国境はない。心に国境はない。「楽器」は「人間の声の代理」――こう語った音楽家がいましたが、音楽隊の友の楽器から流れる“声”とは、師弟共戦の誓願であり、広布後継の師子吼なのです。  

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2016年09月11日

チリの9・11

 「9・11」を南米チリの人々は忘れません。1973年のこの日、軍事クーデターによって民主政治が葬られた日なのです。チリSGIのチネン理事長(当時)の家も機銃掃射を浴びました。以来、15年以上の恐怖政治の間、SGIの活動は管理下に置かれ、座談会も自由に開けなかったのです。
 エイルウィン元大統領らの闘いで、民政移管が成ったのは90年。その3年後、同志に春が訪れました。白銀のアンデスを越えて池田SGI会長がやって来たのです。チリは「50番目」の訪問国でした。そして、チリから初の名誉学位が贈られました。学位を贈ったペドロ・デ・バルディビア大学のマウレン総長も、元大統領らと共に闘い、投獄された一人。元大統領との対談集を通してSGI会長を知った総長は「二人の偉人が、互いの人間主義と連帯の思想に共感し、友情を育むことは、決して不思議ではない」と語っています。
 チリの民主化の価値は、それを非暴力で、歌やダンスや絵、“主婦が一斉に鍋を叩いて抗議する”といった文化の力で成し遂げた点にあります。これは東欧の民主化につながっていったとも評価されています。  

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