2011年11月09日

自分の代わりに相手のところを訪問する代理人

 はがきのことを「自分の代わりに相手のところを訪問する代理人」(清川妙著『葉書はサッと書く』講談社)と名付けた作家がいます。

 今年も「お年玉付き年賀はがき」の販売が始まっています。近年は少なくなってきているようですが、それでも新春には約40億枚ほどの年賀状が列島を行き交うそうです。国民一人当たりに換算すると、30枚にもなるそうです。

 書簡のマナーを記した室町時代の文献『書札作法抄』によると、年末の12月20日以後の書状には、新年を慶賀する言葉を書くように、とあります。

 新しい年に思いを馳せ、年内に祝賀の気持ちを書に託すのは、古くからの伝統のようです。一枚のはがきが、人の心と心を結ぶ新年の風物詩は、日本が世界に誇る庶民の文化です。
 メールも良いですが、この時期お世話になったあの方、この方、交流をさらに深めたいあの人、この人に年賀状という自らの“代理人”がお邪魔するのも良いものです。相手先に思いを寄せながら、一枚一枚、心を込めて綴りたいものです。


  

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2011年11月08日

よき種は よき苗となり よき花が咲く

「よき種は よき苗となり よき花が咲く/よき少年は よき青年となる/よき青年は よき社会の 指導者と育つ」

 物心がついた時には、削った菜箸が指揮棒代わりとなり、レコードに合わせて指揮者のまねをしていた――。仙台フィルハーモニー管弦楽団の指揮者・山下一史氏の幼いころの話です。
 彼は会社員の父と専業主婦の母の下に生まれました。音楽一家ではありませんでしたが、息子のほほ笑ましい姿を見て、親がピアノを習わせてくれたそうです。「自分のことを本当によく理解してくれたことが、音楽の道に進むきっかけになった」と両親に心から感謝しています。
 どんなに優れた才能だろうと、それを認め、はぐくむ環境がなければ成長はしません。

 ドイツの著名なクラリネット奏者の指導に、だれもが興味津々でした。相手は楽器を持って3カ月という、日本の中学生です。どのような指導をしたのでしょうか?
 彼が生徒に課したのは音階練習でした。その際、こう教えたそうです。「何の考えもなく、ただ音を出すという瞬間を君の人生に作ってはいけない。たとえ音階練習であっても、そこに音楽があると信じ、音楽を作りなさい」(藤野栄介著『指揮者の知恵』学研新書)と。
 初々しい生徒の、必死な姿が目に浮かびます。彼が伝えたかったのは、基本の練習にも常に全力で取り組む姿勢でした。基本の大切さを知り、徹し切れるか。そこに一流へと至る道があることを五体にしみこませるために。

 地道な努力で決まる――分かっていることと片付けがちだが、どんな分野であれ、ひとかどの人物になるには、この“法則”から逃れることはできないのです。努力の達人に、開けない道はない。

「よき種は よき苗となり よき花が咲く/よき少年は よき青年となる/よき青年は よき社会の 指導者と育つ」
  

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2011年11月07日

綱引き

 綱引きは、個人の力を合わせて団体の力を競いますが、人数が増えるほど一人の出す力は減少します。これを「リンゲルマン効果」というそうです。

 一人の時に出す力を100とすると、8人では50以下になるという。このように綱引きは、集団になると、個人の力が発揮されにくい一例です。

http://secretary.blog.ocn.ne.jp/secret/2005/04/post_714e.html

 アメリカのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートでは、客をゲスト、従業員をキャストと呼びます。5万5000人を超えるキャストが、1年間でゲストに接する機会は25億回以上に上ります。キャストは、常にディズニーを代表する使命と責任を持ち、ゲストに応対します。与えられた仕事の範囲を超えることも多々あるようです。これも、すべてゲストを満足させるためです。

この姿勢は、日本の、東京ディズニー・リゾートでも受け継がれています。

http://www.castingline.net/disney_episode/  

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2011年11月06日

「縁の下の」と来たら続くのは?

 「縁の下の」と来たら続くのは? 「力持ち」でしょうか。この「縁の下の力持ち」は“褒め言葉”として使われることが多いですね。それは強そうなイメージだからかでしょうか。皆さんが思い浮かべる「力持ち」とは、どういう人をイメージされますか?

 ロシアの寓話作家・クルイロフが、こんなことを言っています。「華やかな舞台で活躍する人は幸福である。全世界が彼の働きの目撃者であることが彼を勇気づけてくれるから。しかし、栄誉も敬意も望まず、みんなの利益のために働いているのだという一念に勇気づけられている人もまた立派である」(内海周平訳『完訳クルイロフ寓話集』)と。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%82%A3%E3%83%AD%E3%83%95

 人に喜ばれ、感謝される人は魅力的に違いないですね。しかし、人のために働くことを喜び、感謝できる人は、もっと輝いていると思います。ブラジルのことわざに、「最も幸福な人とは、最も多くの人に幸福をもたらす人」とあります。「縁の下の力持ち」とは、そういう人だと思いますが、いかがでしょうか。
  

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2011年11月05日

「松下村塾」が発足

 154年前(1857年)のこの日、明治維新を成し遂げたと言っても良い、吉田松陰の「松下村塾」が発足しています。

 塾といっても、物置小屋を改造した八畳一間の質素な講義室だったそうです。月謝は無料で、家格は不問学びたい若者を全て受け入れました。そうした吉田松陰の元に藩士、足軽、商人から無頼少年まで集まったそうです。
 驚くことに、ここで松陰が教えたのは、わずか1年余しかありませんでした。しかし、なぜ、この塾舎から、明治維新の原動力となった英傑が陸続と育っていったのか・・・・・・

 文献によると、普段は「まるで婦人のよう」と言われた松陰ですが、「松下村塾」で、信念に殉じた者を語る時、声を震わせ、感涙を滴らせたそうです。又、こと背信者の話に及べば、まなじりを裂き、髪を逆立て、怒声を発した(古川薫著『松下村塾』)と。心の焔は「金も熔すなり、石も熔すなり、瓦も熔すなり」(徳富蘇峰著『吉田松陰』)と凄まじかった。と歴史は伝えています。その熱誠が、弟子たちの魂を揺さぶりました。松陰の志を次いだ無名の若者たちが、明治を創りだしました。

 21世紀の平成を築き、造り出す若者はどこにいるのでしょう。  

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2011年11月04日

人間の生命力

 「あなたの病気は重い。残念ですが非常に厳しい状況です」。医師からの衝撃的な宣告に接した時、人間はどう反応するのでしょうか
 「もう駄目だ」と打ちひしがれてしまえば、人の体は本当に急速に衰えてしまいます。反対に「絶対に治す!」と決意した人は実際に回復する可能性が高い――これは“米国の良心”と呼ばれたノーマン・カズンズ氏の主張です。
 彼自身、50歳で膠原病(こうげんびょう)に、そして65歳で心筋梗塞(しんきんこうそく)に倒れました。しかし、彼はいずれも医師の予測を覆して全快しました。なぜか? 彼は断言しますー「生きようという強い意志がからだのなかの製薬工場を活発に働かせる」(上野圭一ほか訳『ヘッド・ファースト』)と。
 人間の体には本来、病気と闘う力が備わっています、自然治癒力です。それを引き出す原動力こそ希望であり信念です。これが医科大学院教授を務めたノーマン・カズンズ氏の結論でした。

 仏法ではこのような生命状態を「色心不二」と説いています。すなわち、心と体は一体であると。
わが心に「希望の太陽」が輝いてこそ病魔の闇を打ち払うことができます。高度な医療や薬を生かすのも根本は人間の生命力なのです。

ノーマン・カズンズ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%BA%E3%83%B3%E3%82%BA
  

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2011年11月03日

地上の天宮 北京・故宮博物院展

 「文化の日」です。28年前「東京富士美術館」が八王子市に開館しました。http://www.fujibi.or.jp/

 今、九州・福岡で「日中国交正常化40周年記念 ・ 地上の天宮 北京・故宮博物院展」が同美術館の企画で開かれています。この展覧会は当初、東京からスタートの予定でしたが、東日本大震災のため東京展は明年に順延されました。
 しかし、これまで「北海道」「兵庫」そして現在の「福岡」で開催。来る12月9日からは「愛知」で開かれます。愛知での会場は名古屋・栄にある「松坂屋美術館」です。明年の1月22日まで開催されます。

 古代ローマの公衆浴場には、素晴らしい美術品が数多く飾ってあったそうです。あるとき、皇帝が、気に入った彫像を皇宮に移動させました。“どうせ庶民には、この傑作は理解できないだろう”――と。
 すると、どうだろう? 入浴客の猛抗議が殺到しました。皇帝は彫像を元の場所に戻さざるを得なくなったという。
 美術品と日常生活が深く結びついているイタリアらしいエピソードです。この逸話は作家の塩野七生さんが『ローマ人の物語』で紹介しています。
 芸術は「単なる装飾品」でもなければ「金持ちの贅沢品」でもありません。万人に開かれたものでなければならない。そもそも美術館の誕生自体、特権階級の独占物であった美術品を、革命を起こしてまで万人が楽しめるようにした、民主主義闘争の賜であるからです。

 日本は古来から中国から恩恵を受けています。12月9日が楽しみです。


  

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2011年11月02日

「人生の先輩」から学ぶこと

 年配者と暮らす家庭には苦労もありますが、家族が学ぶことも多いのではないでしょうか。それは、その生き様から、人生や生活の知恵の深さ、生老病死を経て知る命の重さなど、有形無形の宝に触れられます。苦労以上に、「人生の先輩」から学ぶことは多いと思います。

 「人類史の中で、近親者が近隣に住むことが親しい社会関係と相互援助の基礎であった」(西田利貞著『人間性はどこから来たか』)との指摘があります。本来、子は幼いころから複数の近親者の大人の子育てを観察し、その姿を見て社会行動を練習してきました。だが、近年の日本ではそうした関係の基礎が崩れ、家庭の問題を起こしている可能性が高い、と著者は警鐘を鳴らしています。

 若者の都会志向 就職事情を考えると、都市型の社会構造や住宅事情による核家族化はやむを得ないとは思いますが、多くの親族と触れ合って暮らす意義も再考したいものです。

 「心の強さ」には二つあります。勇気と寛容です。勇気とは、己心の衝動を抑えて、方向を転ずる能力。寛容とは、人々を助け、友情の絆によって結びつこうとする努力。哲学者スピノザは主著『エチカ』で、そう語っています。  

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2011年11月01日

人を想う優しさ

 今日から11月です。旧暦名では「霜月」と11月を呼びます。天文観察により、人類は「暦」を発明しました。努力と英知の結晶といってよいでしょう。しかし、それに頼るあまり、時の流れを心で味わい、人を想う優しさを、現代人は失っていないでしょうか。

 江戸中期の文人・本居宣長は自身が書いた「真暦考」(しんれきこう)において、季節と結びついた「心の記憶」の豊かさを語っています。それは、親しい人の忌日についても、何月何日という覚え方より、例えば「此樹の黄葉のちりそめし日」を迎えて故人を偲ぶ……と。確かに、そこには季節と人間との、みずみずしい交感があります。


 法華経では一切衆生に仏性があると、すべての人々を礼拝し、軽んじなかった不軽菩薩の実践が説かれています。これは、目の前にいる人の可能性を尊敬し、ありのままを受け入れることが、実は自身の成長にもつながっていく。相手を受容する方向に心が向くと、それまで短所だと思っていたことも、批判的ではなく温かな目で見守る感性がわいてくることを示唆しています。

 このような考えによって、一面的に判断していた時には分からなかった長所さえ見えてきます。この気づきにこそ、境涯革命の第一歩があると考えます。
 相手ではありません。自分が変わることです。そうすることにより、自分しか出会うことのできない“一人”がいます。その気持ちを忘れずにいたいものです。
  

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