2013年02月23日
母
「母」を語る人の胸は古今東西、常に熱いものです。国民作家の吉川英治もその一人です。文壇に吉川英治とその筆名が生まれて87年になります。吉川英治の若き日は苦労の連続でした。父の事業の失敗で高等小学校を中退。母も亡くしました。
二十歳のころ、吉川英治はある人から「君は宗教をもってるか」と聞かれたそうです。「ありません」と答えると、目をむかれ素っ気ない態度をとられたと綴っています。さらに、吉川英治は言葉を続けました。「けれども、僕の胸にはいつも死んだお母さんが住んでいる」「お母さんさえあれば、僕は決して悪いことはできない。決して怠けられない。決して人をあざむけない」(『草思堂随筆』)
吉川英治が、ありし日の母を一種の〝宗教性″にまで昇華させ、生きる上での明鏡として、自身を省みつつ努力を重ねた姿が目に浮かぶようです。
二十歳のころ、吉川英治はある人から「君は宗教をもってるか」と聞かれたそうです。「ありません」と答えると、目をむかれ素っ気ない態度をとられたと綴っています。さらに、吉川英治は言葉を続けました。「けれども、僕の胸にはいつも死んだお母さんが住んでいる」「お母さんさえあれば、僕は決して悪いことはできない。決して怠けられない。決して人をあざむけない」(『草思堂随筆』)
吉川英治が、ありし日の母を一種の〝宗教性″にまで昇華させ、生きる上での明鏡として、自身を省みつつ努力を重ねた姿が目に浮かぶようです。