2014年06月07日
高杉晋作
「有志の者、相集まり候」――151年前の6月7日、23歳の青年が長州藩に提出した意見書は、常識破りでした。 「藩士、陪臣、軽卒を選ばず、同様に交わり、力量を蓄え、堅固の隊に調え申す」。幕末志士・高杉晋作による「奇兵隊結成綱領」の一節です(一坂太郎著『高杉晋作の手紙』講談社、現代表記に改めた)。
戦は武士の仕事という常識を否定。身分を問わず倒幕の勢力を糾合しました。晋作は奇兵隊を「有志隊」とも呼びました。作家の山岡荘八氏は、小説『高杉晋作』で考察しています。「平等にも二つの種類がある。われらはみな凡人である……と称して平均化すると(中略)士気はあがるわけがなかった」「われらもまた国難をになう武士であり得るのだ……となると、誰も彼もが昂然として気風のたかぶりを見せてくれる」
戦は武士の仕事という常識を否定。身分を問わず倒幕の勢力を糾合しました。晋作は奇兵隊を「有志隊」とも呼びました。作家の山岡荘八氏は、小説『高杉晋作』で考察しています。「平等にも二つの種類がある。われらはみな凡人である……と称して平均化すると(中略)士気はあがるわけがなかった」「われらもまた国難をになう武士であり得るのだ……となると、誰も彼もが昂然として気風のたかぶりを見せてくれる」