2015年07月27日

歴史が証明

 幕末・維新は日本史上、まれにみる激動期でした。そして、その主役は「青年」でした。とともに、多く犠牲となったのも「青年」でした。
 この時、血気にはやり、いかにあまたの若者が命を散らしたことか。が、他方、はるか離れたフランスの地で勉学に励む、27歳の青年もいました。後に“日本資本主義の父”と呼ばれた渋沢栄一です。
 栄一は、パリ万博参加の一行に加わり、渡仏。同輩が祖国の激震に浮足立つなか、「専心修学」に徹しました。近代国家形成の基礎となる政治・経済・法学などを学びに学びました。欧州滞在は維新前後の2年に及んでいます。
 「向後(=これから)外国の学問がますます必用(=必要)になって来るに相違ない」「禍乱を避けてその間に学問の修業が出来るというもので、実に天来の僥倖」(『雨夜譚』岩波文庫)と、後に彼は語っている。心血を注いでの刻苦勉励の日々は、やがて日本社会を支える「民業」育成への大きな力となったのは歴史が証明しています。  

Posted by mc1460 at 11:32Comments(0)TrackBack(0)つぶやき