2017年07月10日

わずか100分の1秒

 オリンピックの話です。1896年の第1回アテネ大会以来、続いている競技の一つに重量挙げがあります。
 重量挙げは体重制の競技で、バーベルを一気に頭上に引き上げ、立ち上がる「スナッチ」と、一度肩まで上げて立ち上がり、反動を使い頭上に差し上げる「クリーン&ジャーク」の2種目を、それぞれ3回ずつ行います。挙げた重さが同じ場合、体重の軽い選手の勝ちになるので、体重を10グラム単位で調整するという。己との極限の戦いでもあるのです。
 重量挙げ女子日本代表の監督の三宅義行氏は語っています。「特に重要なのは、スナッチ一回目の最初の一・五秒です」と。1回目を失敗すると、それ以降、相手との駆け引きができず、勝負にならないからだそうです。4年間の苦労が、わずか1・5秒で決まる。勝負の厳しさを垣間見る思いがします。
 陸上競技や競泳など、五輪で、わずか100分の1秒で勝敗が分かれる競技は多くあります。その一瞬のために、精神面も肉体面も、あらゆる準備を重ねて臨む。だからこそ、喜びも感動も大きいりです。  

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2017年07月09日

キンシャサの奇跡

 “まさか”が現実になった舞台はアフリカのど真ん中でした。老いたモハメド・アリが、若き無敗の王者フォアマンを倒した、ボクシングの「キンシャサの奇跡」です。
 沢木耕太郎氏の自伝的紀行『深夜特急』に、中東の子どもたちが街頭テレビに群がり、アリの勝利に熱狂する場面が印象的に描かれています。黒人差別と戦い、ベトナム戦争の徴兵を拒んで王座を剝奪されたアリ。ふてぶてしいまでの強気の言動に眉をひそめる人もいたが、彼のそうした態度は常に、自分より強い存在に向けられました。
 権力を恐れない。権威に卑屈にならない。だから弱い者、虐げられた者ほど、アリを英雄と慕っています。  

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2017年07月08日

最後の一手

 仕事や勉強などで、“もう少しで終わる”と意識すると、効率が落ちることがあります。物事が達成できていないのに、“ゴールが見えた”と思うと、脳の血流が落ち、働きが鈍るといわれています。
 脳神経外科医の林成之氏は、北京五輪の競泳チームに、脳科学の見地から必勝法を伝授し、躍進に貢献したことで知られています。氏は、物事の達成の直前こそ、“ここからが本番だ”と意識し、「達成に向けて一気に駆け上がる」姿勢が必要で、そのために、“目標の130%を目指す”心で取り組むことが重要と指摘しています(『脳に悪い7つの習慣』幻冬舎新書)
 中国由来のことわざにも「画竜点睛を欠く」とか「九仞の功を一簣に虧く」とあり、大詰めまで来ながら“最後の一手”をおろそかにして、積み重ねた労苦を無にする愚を戒めています。  

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2017年07月07日

しんがり

 戦国武将たちの「変わり兜」が最近、静かな人気だそうです。昆虫や動物などをかたどったデザインが目を引く。それは、恩賞や出世のために、戦場で目立つことで、味方の総大将に認めてもらう工夫でした。
 そんな目立ってこその世界で、総大将のほうから、実力ある武将を頼み、仰せ付ける役があります。「しんがり」です。「しんがり」を残して味方のほとんどが退却するため、その働きを見届ける人はいません。誰が見ていなくとも、出すべき力を出す、真の実力者でなければ務まらない役目なのです。
 山登りでも、経験と判断力と体力の一番秀でた人が、隊列の「しんがり」を務めそうです。先頭に従いつつ、後ろから全員を気遣いながら、ついて行けない人や、よろけたり足を踏み外したりする人を素早く助けるのです。
 哲学者の鷲田清一氏は、そういう「フォロワーシップ」こそが、現代社会で重要なのではないかと指摘しています(『しんがりの思想』角川新書)  

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2017年07月06日

幸福な一生

 ディズニー映画「アナと雪の女王」。2人の姉妹の絆を描いた物語は、アンデルセンの童話「雪の女王」をもとにしています。
 アンデルセンには、「みにくいアヒルの子」をはじめ、不遇だった自身の半生を投影した作品が多くあります。彼は貧しい靴職人の家庭に生まれ、学校も満足に通えなかった。暇を見つけては本を読み聞かせ、文学への窓を開いてくれた父も急死。14歳で家を出て舞台役者を目指すが失敗。ラテン語学校に通うも、校長夫妻に疎まれ、退学の憂き目にあったのです。
 それでも、童話作家として成功した彼は、人生をこう振り返っています。「私の生涯は波瀾に富んだ幸福な一生であった。それはさながら一編の美しい物語である」(『アンデルセン自伝』大畑末吉訳、岩波文庫)と。  

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2017年07月05日

行動の人

 若いというだけで、いかに恵まれていることか。こんなエピソードがあります。70歳の文豪が青年に言った。「君は若い、若いということは幸せなことだ」。青年が“全てに例外はあり自分は例外です”と答えると、文豪は厳しい表情を浮かべたそうです。
 「そんないいかたを、私はだれからも聴きたくない。とくに若いひとからは絶対に」「そんないいかたは、欲ばりと無気力とを同時にしめしています。人生をみじめにし、行動する気力を弱めるものだ」。文豪とは、かのゲーテであった(ビーダーマン編、菊池栄一訳『ゲーテ対話録Ⅱ』白水社)
 人間の可能性は無限のはずですが、「自分には力がない」と決めつけると、本当に力が出せなくなってしまうものです。自分で自分の可能性を閉ざしてしまう愚かさを、ゲーテは戒めたのではないか。そして、ゲーテ自身が詩人、作家、自然科学者、政治家など多分野で活躍し、人間の無限の可能性を示した「行動の人」だったのです。  

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2017年07月04日

ぜひ聞かせたかった

 元素の周期表に、初めて日本生まれの元素名があります。原子番号113番「ニホニウム」です。
 実験のリーダーを務めたのが理化学研究所の森田浩介氏。氏は、陰で支え続けた妻・美栄子さんへの感謝を語りました。実験の成果が思うように出ないときも「女房が『そのうち出るんじゃないの』と励ましてくれました」。美栄子さんは9年前にがんで他界。「命名権授与はぜひ聞かせたかった」と氏は語る。  

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2017年07月03日

留学で日本に来た青年

 留学で日本に来た青年は、貧しく心細い生活を強いられていました。思うようにいかない学業、大国に蹂躙されていく祖国の姿に悶々としていました。
 だが、下宿先の婦人は、料理を振る舞うなど、何かと世話を焼いてくれた。「おばちゃんと言葉を交わすと、ホッとした」。帰国後、青年は婦人への感謝を何度も口にしたという。青年とは、中国の周恩来総理である(西園寺一晃著『「周恩来と池田大作」の一期一会』潮出版社)
 戦時賠償を放棄し、日本との国交正常化を決断した総理の采配は、世界の安定という大局の上に立ったものです。とはいえ、周総理の日本へのまなざしには、若き日によくしてくれた庶民の残像が重なっていたと思えます。  

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2017年07月02日

わずか5%

 米国のガルブレイス博士の真骨頂は、現実の調査から新しい「事実」を「発見」する「ファクト・ファインディング」だった――そう経済学者の伊東光晴氏は言う(『ガルブレイス』岩波新書)
 戦後の日本で、ドラマの主人公をまね、白いストールを頭から巻く「真知子巻」が流行しました。だが実際に、東京の銀座4丁目を歩く女性を調べると、「真知子巻」をしていたのは、わずか5%だったそうです。このように「5%でも時代をリードし、時代を象徴する」のが、現代資本主義の特質の一つであることを博士は示したのです(同著)
 「本当に未来の社会の動向を決定するのは、わずか5%の、活動的で献身的な人々の力です。その5%の人々が、やがて文化の総体を変革していくのです」。そう語ったのは平和学者のエリース・ボールディング博士でした。  

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2017年07月01日

7月1日を意味する方言

 早いもので今年も折り返しです。信越地方の高齢者の人々が、かつて使っていた言葉です。「キンノギツイタチから気分一新、出発だ!」。「キンノギ」とは「衣脱ぎ」の意。「ツイタチ」は「1日」。「衣替え」の7月1日を意味する方言だそうです。
 その地方では、蛇が脱皮した殻も「キンノギ」と呼ぶそうです。身も心も殻を破って、生まれ変わったような決意で進む季節にふさわしい、と印象に残りました。  

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2017年06月30日

会話と対話

 会話と対話は違います。「会話」とは、言葉を投げ合う雰囲気の中で漠然と互いを理解すること。一方、「対話」は、他者との「差異」を大切にして他者の重みをしっかり捉えること。哲学者・中島義道氏にそういう趣旨の文がありました(『「思いやり」という暴力』PHP文庫)  

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2017年06月29日

自身の殻を破ろう

 アフリカ・ソマリアの難民キャンプで食糧の配給を待つ、やせこけた少年がいた。写真家の長倉洋海氏は劇的な写真になると思い、レンズを向けました。少年は浮き出たあばら骨を両腕で隠し、人波に隠れました。やせた自分の姿を恥じた少年は〝被写体〟ではない。自分と同じ人間なんだ、と長倉氏は気付いきました。
 別の機会に、いかにも〝難民の少女〟らしい、やせ細った少女を撮ろうとした。ところがその時、少女はにっこりほほ笑んだそうです。長倉氏は「『難民らしい』写真を撮ろうとしていた私の意図は、その少女のほほえみにうちくだかれました。私は自分がたまらなくはずかしくなった」と(土方正志著『ユージン・スミス 楽園へのあゆみ』偕成社)
 取材の場面ならずとも、誰にも似たような経験がある事でしょう。「現場」に行き、人に接するということは、ある意味で、知識をもとにつくった視点、見立てを軌道修正していく作業ともいえます。足を運び、会わなければ気付かないことは、たくさんあるのです。
 「人と出会える一日は百日分の価値がある」。そんな言葉が、アフリカにはあります。手紙やメールでつながるのもいいが、「会う」ことで得る「発見」「気付き」を大事にしたいものです。それが自身の殻を破り、成長するための糧となるからです。  

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2017年06月28日

国際都市・神戸の象徴

 「東洋における居留地として最もよく設計された美しい街」――神戸市の街並みについて、明治初期の英字新聞には高い評価が記されています。
 1868年の神戸港開港とともに、外国人の居留地が造られました。今でも当時の面影を伝える建築物が多く現存しています。
 開港後、来航者の増加に伴い、居留地以外にも、外国人住宅ができました。その多くは戦火によって失われましたが、中央区北野に残る異人館街は、国際都市・神戸の象徴としてにぎわっています。  

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2017年06月27日

単独トップ

 昨日、6月26日(月)に行われた第30期竜王戦決勝トーナメントで藤井聡太四段が勝ちました。藤井聡太四段はこれでデビュー後負けなしの29連勝を達成し、歴代連勝記録の単独トップとなりました。すごいですね。
 将棋の指し手の数は、可能性としては、どのくらいあるか。米国カーネギー・メロン大学の金出武雄教授によると「十の三十乗」くらいで、地球上の空気に含まれる分子の数より多いという(羽生善治著『決断力』角川書店)
 将棋では、相手の指し手によって、こちらの指し手も変わる。過去の経験やデータは大事ですが、それでも、戦局がどう動くか、未知の部分が多い。思い切って一手を繰り出す勇気と決断が問われます。
 将棋は伝統文化の一つでもあり、様式美を味わうといった楽しみ方もありますが、羽生善治氏は手厳しい。「将棋は厳然と勝ち負けの結果が出る。『道』や『芸』の世界に走ると言い逃れができる。だが、それは甘えだ」と。
 藤井聡太四段の連勝はどこまで続くのでしょうか。楽しみです。  

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2017年06月26日

社員全員が社長

 熊本にある航空会社の「天草エアライン」は、座席数48のプロペラ機1機しかない、日本一小さな航空会社です。
 飛行機が着陸すると、台車を押して近づき、荷物を運ぶ男性がいます。機内に乗り込んで掃除もします。保安検査のうち、資格の要らない業務も手伝います。この男性とは、なんと同社の社長なのです。
 「天草エアライン」が倒産の危機に直面する中、「この人はこの会社を本当に良くしたいと思っている。自分たちも力になろう」との思いが社員に芽生えました。社長は自ら範を示しつつ、「自分の部署のことだけを考えずに会社全体のために動くこと」を訴えました。「社員全員が社長である」と(鳥海高太朗著『天草エアラインの奇跡。』集英社)  

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2017年06月25日

グローカル

 「地球規模(グローバル)で考え、地域(ローカル)に根差して行動する」大切さが叫ばれて久しいですね。近年は「グローカル」という造語も使われています。
 創価学会の牧口初代会長は110年以上前、大著『人生地理学』で、身近な郷土観察から世界へ視野を広げるよう訴えました。人間は「世界民」の自覚を持つべきだ、と。その先見性に着目する学識者が世界に広がっています。
 その遺志を継いだ、戸田第2代会長は冷戦下に「地球民族主義」を提唱しました。初代・第2代会長の世界市民育成の理念を、池田SGI会長は、創価教育の学舎を創立して具現化しました。
 開学46周年の創価大学は54カ国・地域の大学と交流。アメリカ創価大学は開学16周年。「グローカル」に平和と幸福の価値を創造しゆく人材が、陸続と躍り出る時代を迎えています。  

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2017年06月24日

匠の話

 作家の野添憲治氏がまとめた『聞き書き 知られざる東北の技』(荒蝦夷)に、銘木づくりの匠の話があります。
 要旨を紹介します。加工後の利益を見込んで丸太を買う。まれに値踏みが外れることがある。その際、反省すべきは損をした時ではなく、想定外の利益を出した時だと示されています。
 人間が生きる何倍もの時を、大地に根を張り、風雪に耐えてきた木と向き合えば、おのずと畏敬と謙虚の念が生まれます。その木から不相応な利益を得ることに、恥ずかしさを覚えると綴られています。  

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2017年06月23日

折り紙付き

 戦国時代。豊臣秀吉・徳川家康らが本阿弥光徳を、刀剣を鑑定する“刀剣極め所”に任じました。以来、本阿弥家は代々、鑑定で「正真」(本物)と認められたものに、「折り紙」を発行してきました。
 人や物の価値を保証することを意味する「折り紙付き」という言葉は、ここから来ています。折り紙が墨で書かれたことから、「お墨付き」も同じ意味です。  

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2017年06月22日

映画作りの原点

 「世界のクロサワ」と仰がれた黒澤明監督が、映画作りの原点にしていた思い出があります。自伝『蝦蟇の油』(岩波現代文庫)に詳しく紹介してありますので、興味のある人は読んでください。
 初めて監督を務めた映画「姿三四郎」の決闘シーンを撮影した時のこと。現場には猛烈な風が吹いていた。過酷な状況ゆえに、1時間が2時間にも3時間にも感じたという。もう十分に撮影したと思い、切り上げたが、それは錯覚だった。いざ編集の時に見ると、撮り足りないところが、たくさんあったそうです。
 以来、氏は、仕事に臨む姿勢を改めました。「酷しい条件下では、もう充分だと思っても、その後、それまでの三倍はねばる事にしている。やっとそれで充分なのだ」と。  

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2017年06月21日

人生には必ず・・・

 人生には必ず、越えなければならない「難所」があります。ありったけの知恵と勇気を振り絞り、岩盤に爪を立ててでも越えなければならない「難所」があります。
 イギリスの登山隊が、世界最高峰のエベレストに人類初の登頂を果たしたのは1953年。初めての挑戦から32年、9度目の遠征で成し遂げた快挙だった。彼らが登った道は、それまで不可能とされた、非常に険しいコース。だが入念な調査の結果、そこに活路を見いだし、栄冠をつかんだのです。
 近年は装備品や技術の進歩などもあってか、多くの登頂達成者が誕生します。だが、頼るのは、最後は自分の足であることに変わりはないのです。  

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