2013年05月11日

喜びを分かち合う能力

 人間は情緒を発達させる初期である乳児期に、他者と喜びを分かち合う能力をすでに持っているそうです。「赤ちゃんは自分一人で喜んでいるのでは、あまりうれしくありません。お母さんと一緒に、喜び合いたいのです」「大切な相手と一緒に喜びを分かち合うことに、大きな喜びを感じることができるようになっています」。と、児童精神科医の佐々木正美氏は述べています。
 共感し、喜び合うことが人間に、より大きな幸福感を与えます。それは一人ではできないことです。人と会い、人と語り、心を通わせる中から生まれます。  

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2013年05月10日

視点が変われば

 円錐を横から見れば、三角に見えます。それと同じように人生における出来事も視点によって異なります。一つの面から見れば正しいことも、ほかの面から見ると違う場合があります。視点が変われば生き方も変わってきます。だが、一人でそれに気付くことは難しい事です。
 フランスの哲学者・パスカルは指摘しています。「彼がその物事をどの方面から眺めているかに注意しなければならない。彼が見る方面からは真である。それを認めた上で、誤っているほかの面を見せることだ」と。(前田陽一・由木康訳)  

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2013年05月09日

黒糖

 あす5月10日は「黒糖の日」です。これは沖縄で、2010年に県産黒糖の振興のため、5(こく)と10(とう)の語呂に合わせ、制定されました。
 沖縄で黒糖が作られるようになったのは、1623年の琉球王朝時代です。当時の琉球は、海外交易の衰退、薩摩の侵攻などにより、王国は存亡の危機にあり、住民の生活は困窮を極めていました。「産業を興し、人々の生活を豊かにしたい」。当時、琉球王府の要職にあった儀間真常は、サトウキビに着目し、中国から製糖法を学び、普及させました。その後、黒糖は琉球の一大輸出品として経済を潤す生産品となったのです。390年を経た現在でもサトウキビ栽培は沖縄の主要な産業の一つです。黒糖は、沖縄の民衆の命を守り続けてきたのです。  

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2013年05月08日

うま味

 和食の基本は「うま味」にあります。煮物や汁物に欠かせない出汁は、コンブやカツオブシのうま味を抽出したものです。古来、日本人は、食材の持ち味をそのまま生かしつつ、塩味、甘味等とともに「うま味」を上手に使った食生活を営んできました。
 一方、西洋のうま味の代表といえばチーズでしょう。こちらは、ミルクを発酵・熟成させて、うま味を濃縮します。ミルクのタンパク質が分解され、うま味成分の固まりが出来上がるのです。
   

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2013年05月07日

今いる場所

 メジャーリーグ機構の傘下にあるマイナーリーグは、3A、2A、1Aなどに約180チームもあります。その中から実力でメジャーにはい上がってくるのです。たとえメジャーにいても、あすはマイナー行きを通告される厳しい競争の世界です。
 勝負の世界の過酷さは、日本のプロ野球とて同じ。甲子園や社会人などで活躍した大物ルーキーが、非凡な素質を惜しまれながら活躍できずに去っていくケースも多いのはご承知のとおりです。
 日々、背水の陣――それは、どんな分野でも言えることです。新年度がスタートして1カ月余。現実の厳しさに戸惑い、清新な息吹を、ともすれば失いかけてしまう時期でもあります。ある意味で、今こそが将来の自身の勝利を決める分岐点と言っても過言ではありません。好むと好まざるとにかかわらず自らが立つ、〝今いる場所″で、全力を尽くさねばならない。才能におぼれていたり、反対に力不足を嘆いても仕方ないのです。  

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2013年05月06日

雑談力

 なぜ女性がよくしゃべるのか。会話術の専門家・野口敏さんの答えはこれです。おいしかった食事の体験を5人にしゃべれば、幸せを5回再体験できる。女性は、そのことを本能的に分かっている。つまり「女性は幸せを味わうコツを知っている」と。
 男性は、雑談を意味のない会話として切り捨てがちです。「で、話の結論は?」とつい言って、女性を怒らせてしまう事が多々あります。しかし、会話はただの「情報のやりとり」ではありません。友人同士であれ商談であれ、心を通わせなければ、実りある話は不可能です。「雑談力」も、おろそかにできないのです。  

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2013年05月05日

3000人の子どもたちが参加

 1963年の5月5日、米・バーミングハムでのことです。公民権運動の行進に3000人の子どもたちが参加しました。その前進を阻止しようと「放水開始」の命令が下りました。しかし、消防士は動きません。その脇を通って、子どもたちは、歌を歌いながら行進を続けました。まさに、正義が現実を変えた瞬間でした。
 公民権運動の指導者キング博士は当初、この子どもたちを運動に巻き込むことに逡巡しました。非難もされました。しかし博士は、新しい力に期待し、彼らもそれに応えたのです。この勇気の行進は、世論を喚起し、同年8月の20万人を超えるワシントン大行進につながります。
 キング博士には夢がありました。その夢が人々を動かしたのです。「ジョージア州の赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫と、かつての奴隷主の子孫とが、きょうだいとして同じテーブルに腰をおろすことだ」と語った演説しかり。目に浮かぶように未来像を示し、その実現の先頭に立ちました。夢を共有することで、皆が勇気とパワーを得たのです。  

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2013年05月04日

ジョサイア・コンドル

 幕末明治期の画家、河鍋暁斎。日本ではあまり知られていませんが海外では安藤広重、葛飾北斎と並ぶほど評価が高い画家です。河鍋暁斎は庶民精神あふれる画風です。偉ぶった権威が嫌いで、明治政府を批判し、投獄されたこともあります。
 弟子が一人いました。彼に暁斎は「暁英」の号を与えました。「英」は「英吉利」の「英」。弟子は日本人でなく英国人、ジョサイア・コンドルです。
 コンドルは建築家で、上野博物館、鹿鳴館などを設計しました。野原だった丸の内をビル街へと変えたのも彼の計画です。弟子コンドルの日本画が展覧会で高い評価を受けた時、暁斎は我がことのように喜び、半年がかりで日本画を描き贈りました。その作品には自らが習得したすべての技を傾注した。日本絵画の至宝「大和美人図屏風」です。
 コンドルは、師の画法すべてを残そうと、その半年の間、制作過程の一部始終を膨大なメモに記録しました。今日、暁斎が高い評価を得ているのも、弟子が残したこの記録によるところがあります。その記録はやがて、日本画の画法を学ぶ者にとって、最重要の資料の一つとなりました。師弟の真心の交流が、師の絵と弟子の資料という二つの「人類の宝」を生み出したのです。

河鍋暁斎 http://kyosai-museum.jp/hp/top_page.htm  

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2013年05月03日

母の恩に報いる

 260余年続いた江戸幕府を支えた存在の一つに、柳生家が挙げられます。柳生新陰流の兵法は、将軍家の思想の支柱でもありました。
 歴史小説家の山岡荘八氏は、兵法について登場人物にこう語らせています。「母の嘆きのわからぬような兵法に、何の値打ちがあるものか」(『柳生宗矩』山岡荘八歴史文庫)。社会と人生の万般において、「母が喜ぶかどうか」は、根本の基準といえるかもしれません。
 桜か梅か桃か李か、人生の花の開き方は、人によりさまざまです。しかし、母の恩を受けずに生まれ、成長した人はいません。「報恩」――なかんずく「母の恩に報いる」生き方は、全ての人に共通する人生の鉄則です。  

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2013年05月02日

ミラーニューロン

 脳には、ミラーニューロンと呼ばれる神経細胞があります。脳科学者の茂木健一郎氏は、この細胞のおかげで、「相手のことを自分に置き換えて理解することができます」と述べています。 
 また、茂木氏は「何気なく交わしている私たちの言葉は、きわめて高度な脳の働きに支えられている」とも。立場や年齢を超えて、人は他者との会話の中で、自身を成長させているのでしょう。会って話す「会話」。一対一で話す「対話」――。メールや電話と違い、相手の顔を見ながら話すことにポイントがあります。  

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2013年05月01日

大小の根

 日本列島各地に連なる山々が、風雨にも動ぜず、山容を保っているのは、温暖な気候で多様な木々に覆われていることが大きいそうです。それはなぜか? 一本一本の木の下には大小の根が張り巡らされている。この根の力で、山地をしっかりと支えているから、雨にさらされても山は崩れないのです。
 この山地を支える効果は「大きさの異なる多くの根が偏りなく深くまで張りめぐらされているほど高い」と体系付けられています(『究極の森林』梶原幹弘著)。  

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