2017年09月27日

電話

 作家の赤川次郎氏は、時代設定をしないで書くことを常としていました。そんな氏の筆を泣かせたのが、時代とともに移り変わる「電話」だったそうです。
 10円硬貨でかけるダイヤル式の公衆電話は、ほとんど姿を消し、電話はとうに持ち歩く時代。氏は言う。「携帯電話っていうのは、本当に小説を変えてしまいました。携帯電話があれば、『すれ違い』なんてないですから」(阿刀田高編『作家の決断』文春新書)
 電話ボックスも、めっきり存在感がなくなりました。だが、震災被災地の岩手県大槌町を訪れると、小高い丘の上にある、白いそれが目に留まることでしょう。中には、線のつながっていないダイヤル式の黒電話が。「もう会えないけれど、今も心の中にいる大切な人に、あなたの気持ちを伝えてください」との思いで、同町に住む男性が設置したものでした。
 どんな気持ちで、訪れた人は受話器を手にしたのでしょう。電話の横に、訪問者が書き残したノートがあります。「ケンカしたまま別れた父と話しました。やっぱり、ありがとうしか言えないものですね」。実に多くの人が「ありがとう」と記しています。
 人の心に残した感謝は、良き人生を生きた証しであり、感謝は、生死を超えて人の心を温かく結ぶ。時代は変われど、この道理が変わることはないのです。  

Posted by mc1460 at 11:41Comments(169)TrackBack(0)つぶやき