2019年01月04日

駅伝の誕生

 駅伝の誕生は1917年、箱根駅伝が始まる3年前の事です。首都が東京に移されて半世紀となる慶祝行事として、京都から東京を目指す全23区の競走でした。この時の走者の一人が、後に箱根駅伝を創設する金栗四三がいます。
 金栗は日本が五輪に初めて代表を送ったストックホルム大会(1912年)にマラソン選手で出場しました。だが途中棄権という無念の結果に終ったのです。彼は日記に悔しさを記しつつ、こう続けました。「しかれども失敗は成功の基にして、また他日その恥をすすぐの時あるべく、雨降って地固まるの日を待つのみ」と(読売新聞運動部『箱根駅伝』中公新書ラクレ)。
 この経験が箱根駅伝を生み出し、日本長距離界の礎を築いたのです。6日からのNHKの大河で詳しく知ることができるでしょう。

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