2016年02月04日

無名の32歳の青年

 明治の中期、三大文章家と称される有名人がいました。小説家の東海散士、言論人の徳富蘇峰、そして、代表作『日本風景論』を著した地理学者の志賀重昂です。
 同書から多大な影響を受けた一人に、後に創価教育学会を創設した、若き牧口初代会長がいました。彼は、自身初の著書『人生地理学』の2千ページに及ぶ元原稿を、一面識もない志賀に託し、校閲を懇請しました。志賀は牧口会長の努力と熱意に心を動かされて快諾しました。
 しかも「序」を寄せ、「今より予とともにますます発憤せられんこと」を著者に期待し、「将来かならず大成すべきことを予想するものなり」と明言しました。無名の32歳の青年に送られた、大先輩からの最大の激励である。若き牧口会長は奮起し、挑戦の心を燃やしたに違いありません。事実、27年後に大著『創価教育学体系』を発刊。後に世界が認めることになる教育学を世に問うたのです。

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