2018年05月25日

詩集『炎える母』

 その青年は東京の信濃町駅で空襲警報を聞いたそうです。母の手を握り、火の海を走った。だが混乱の中で手が離れてしまう。次の瞬間、母は炎に包まれてしまいました。
 この日、昭和20年5月25日は、数度にわたる東京大空襲の中でも「山の手大空襲」と呼ばれています。悔恨と贖罪の念がその青年・宗左近氏を詩人に変えました。詩集『炎える母』を編んだのは空襲の22年後。詩は幾たびも「母よ」と繰り返されます。「母よ/いない/母がいない/走っている走っていた走っている/母がいない」「母よ呪ってください息子であるわたしを」
 あの戦争で親やきょうだいを救えず、自らを責めた子は無数にいただ事でしょう。愛するわが子を失い、天を仰ぎ慟哭した母も数えきれないほどいたはずです。戦争は二度と起こしてはいけません。

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