2016年12月04日

表現する姿

 慶應義塾大学の塾長を務めた小泉信三氏は、歌舞伎が好きでした。だが関東大震災で大きな劇場は皆、焼けてしまい、“もう、東京で芝居は見られない”と諦めていると、思いがけず、小さな劇場で成駒屋5代目・中村福助の歌舞伎を観劇できました。見せ場のシーンで一斉に三味線が鳴りだす。氏は、涙を抑えられなかったそうです(『小泉信三伝』文春文庫)。
 このとき、氏の心眼が捉えたものは、狭い劇場で演じる福助ではなかったのです。形あるものは灰と化した東京の中で、人間の美と気高さを表現する姿であったに違いありません。

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