2013年05月12日

諸葛孔明

 中国の三国志の時代です。「孔明はつまらぬことをしたものだ、大国に仕えたらよかったのに」。曹操の魏に仕えた諸葛孔明の知人たちは、そう思っていただろう――中国史の宮川尚志博士は言う(『諸葛孔明』講談社学術文庫)
 諸葛一族には、魏や呉で高位高官に就いた者もいました。三国志時代の価値観では、家系の存続が最優先で、むしろ当然の行動といえます。だが孔明は、嫡子・嫡孫までも、小国の蜀に殉じていったのです。
 「丞相病あつかりき」――志半ばで五丈原に倒れた孔明の「悲運」を思い、詩人・土井晩翠は詠んでいます。しかし、孔明は、決して「不幸」だったのではありません。先帝・劉備と共に願った漢室の復興へ、真っすぐに生き抜いたからです。

この記事へのトラックバックURL

http://asunimukatuye.mediacat-blog.jp/t90524