2017年01月11日

縦書きなら自然とうなずくようになる

 作詞家の阿久悠さんの文章は、自筆で、縦書きが多かったそうです。縦書きにこだわったのには訳があります。届けた相手が文面を読む。その時、横書きでは否定するかのように首を左右に振ってしまうが、縦書きなら自然とうなずくようになる。それが、理由だったらしい。
 星の数ほどヒット曲を世に送った指先には、天賦の才能だけでなく、人と人との”心の共鳴”を何よりも大切にする思いが宿っていました。だからこそ、多彩かつ複雑な人間模様を、あれほどに味わい深く、聴き手の心に届けることができたのでしょう。  

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2017年01月10日

大人になったと

 作家の吉本ばななさんが、初めて大人になったと思えたのは中学生の時だった、と書いています(『おとなになるってどんなこと?』筑摩書房)
 その上で、〝ただ、子ども時代に体験したことの価値などが、本当に意味をなすのは大人になってから〟とも。「大人」には人それぞれの解釈があっていい。だが、過去の経験を、自身の成長に生かす人を「大人」と呼んでもいいでしょう。  

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2017年01月09日

描く人を選ぶ

 昨年から、国民の祝日に「山の日」(8月11日)が加わりました。
 日本の山の代表といえば富士山ですね。年初のこの時期、箱根駅伝の中継をはじめ、何かと目にすします。富士の姿を描いた絵は多いが、名画は少ない――そう語ったのは横山大観でした。「それは形ばかりうつすから」「富士を描くということは、つまり己れを描くことである。己れが貧しければ、そこに描かれた富士も貧しい」(『横山大観展』大塚巧藝社)。富士ほどの名山ともなれば、描く人を選ぶということなのでしょう。
  

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2017年01月08日

事の始めの種

 よく「新聞記事は“ねた”が勝負」などといわれます。辞書には「ねた」とは“たね(種)を逆さ読みした隠語”との記述も(「広辞苑」)。また「言葉」「文節」など、植物に関連した文字が入る文章用語も少なくありません。
 吉行淳之介さんの言い回しが振るっています。「地面の下に根があって、茎が出て、それから花が咲くようなもので、その花を文章にたとえれば、根と茎の問題が片付かなくては、花は存在できないわけである」(『私の文章修業』朝日選書)
 人はとかく“花”に目が行きがちです。葉の裏や、茎の根元を注視することは多くありません。ましてや、目に見えない地中の根っこや、事の始めの種に想像が及ぶことは、まれであります。  

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2017年01月07日

七草粥

 家族・親族の集まり、旧友との再会の席などが続き、そろそろ、あっさりした食が恋しくなるころですね。年齢を重ねるにつれ、1月7日の朝に食べる「七草粥」の慣習にも、なるほど意味があると思えてくるようになりました。
 お粥は見た目が簡素で、ごちそうとはいえないかもしれない。しかし、食べる人の体調を考える心配りと、ひと手間が効いた味わい深い料理です。中国では、約6000年前から食されているそうです。(あまつかじゅんこ著『あったかおかゆ』日東書院)  

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2017年01月06日

今年も良いことがますます重なってほしい

 万葉集に大伴家持が詠んだ歌があります。「新しき年の始の初春の今日ふる雪のいや重け吉事」。
〝新春のきょうの雪が降り積むように、今年も良いことがますます重なってほしい〟との願いは、古今、変わりはありません。  

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2017年01月05日

チャレンジ精神

 沖縄・南風原町で2日に開催された「新春飛び安里凧上げ大会」。大会名の「飛び安里」とは、200年以上前の琉球で、〝空を飛んだ男〟といわれる安里周当のことだそうです。
 彼は、若いころに抱いた〝大空を飛びたい〟との夢を、失敗を繰り返しながらも、ついに成功させた、と伝えられています。同町では、その偉業をたたえ、弓の弾力を活用した、彼の飛行機のレプリカを製作し、展示しています。
 「飛び安里」が実際に飛行に成功したという文献は少なく、伝承によるものが多いそうですが、今後、研究が進み、検証されれば、ライト兄弟より100年以上も早く、空を飛んだ人物ということになります。
 彼は当時、飛行実験で世間を騒がせたとして逮捕されたこともありました。それでも、夢を叶えようとしたチャレンジ精神は、時代を超えて大切なことを教えています。  

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2017年01月04日

日記

 「初日記 書くたのしさに 炭をつぐ」(『俳句歳時記』)。初春を迎え、新しい日記帳に記す喜びを詠んだ句です。「日記帳」が輸入されたのは約156年前、遣欧使節としてパリを訪れた福沢諭吉が購入し、持ち帰ったといわれています。
 その後、人々に広がりました。トルストイが日記を始めたのは18歳。72歳の日記には「私の生涯の幸福な時期は、私がすべての生活を人々への奉仕に捧げた時であった」(中村融訳)と。日記は自己の修養の手段であったのです。  

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2017年01月03日

太陽が昇ると

 ここは夜明け前の仙台市の青葉城址。凜とした空気の中、東天がオレンジ色に染まりだします。やがて、赫々たる旭日が昇り、一日の開幕を告げる。眼下に街並みが姿を現し、朝日を浴びたビル群や川面がキラキラと輝きだす。陽光に包まれた街全体が力強く律動を開始する朝の情景は、息をのむほどに美しいそうです。
 太陽が昇ると、目に映る世界は一変する。人類の歴史も同じです。世界を変え、時代を開くのは、旭日のごとく、民衆を希望で照らす偉大な人間が“一人立つ”ところに端を発するのです。  

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2017年01月02日

世界の平和と民衆の幸福

 「雲の井に 月こそ見んと 願いてし アジアの民に 日をぞ送らん」。61年前の1956年(昭和31年)元旦、創価学会の戸田城聖先生は詠みました。
 さらにその時の聖教新聞・新年号を、中国の周恩来総理、インドのネルー首相ら東洋の指導者10人に送ったのです。「本紙を通じて仏教の何たるかの理解を一層深められ、以て東洋文明の為に尚一層の力を尽されます様」との書簡を添えて。
 その5年後、池田先生はアジアへの第一歩をしるしました。のちに日中国交正常化提言を発表し、周総理と会見。ネルー首相の孫ラジブ・ガンジー首相をはじめ、インド各界のリーダーと深い親交を結んだのです。
 世界の平和と民衆の幸福を開く、壮大なる師弟の旅路――その後に続いて今、世界広布新時代の足音が高まっています。  

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2017年01月01日

黎明

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
 スタート時点では名前はまだ明かされていませんでした。「ひとりの、やせ細った中年の男」が獄門を出た事実だけが描かれます。52年前の元日、聖教新聞で始まった小説『人間革命』の「黎明一」です。
 その「男」戸田城聖第2代会長先生が出獄したのは東京・中野の豊多摩刑務所。昭和20年、この門を見つめながらの恩師の一歩から、創価の世界平和への大道が開かれたかと思うと、粛然たる思いがします。  

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